第9話 裏切り者02 女盗賊クローネ
イスコンティ王国のとある都市へと続く街道。
そこからずっと離れた場所に、洞窟を利用して作られた古寺院らしき建物がある。
とはいえ、そこはすでに廃墟だった。
あたりにはなにもなく、ただ荒野が広がるだけ。
本来であれば、せいぜいが獣の遠吠えぐらいしか聞こえないであろうその場所に、粗野な笑い声が響いている。
「ぎゃはははは! 誰がはじめに可愛がってやる?」
「俺だ! 俺が一番だ!」
「お前は女護衛を最初にやったじゃねえか!」
「お、お、おでも、女、抱きたい」
「てめえのデカブツ突っ込んだら、ガバガバになんだろうがよ! 最後にしやがれ!」
母娘と思わしきふたりの女が、髪を掴まれ、引きずられていく。
「いや、いやぁ! 誰か、誰か助けてぇ!」
「お父さん! 助けて!」
「お願いだ! 助けてくれ! 金なら払う! だから、妻と娘に乱暴をするのは、やめてくれぇ!」
懇願するのは都市で商いを営む、裕福な商人の一家。
彼らは護衛をつけて、街道を馬車で走っていたところを、襲われて捕らえられたのだ。
襲撃したのは、女盗賊クローネ率いる盗賊団。
そしてここは、その盗賊団のアジトの廃墟であった。
「やめてぇ! お金なら払います! やめてぇ!」
「やだぁ……! もうやだぁ……!」
妙齢の婦人と、まだ年若い少女の服が剥ぎ取られた。
盗賊に押さえつけられた男は涙をながしながら、必死に許しを乞い続ける。
それを眺めて、赤髪の女が楽しげに微笑んだ。
「うふふ。バカだねえ。金ならちゃんと頂いたに決まってんだろう? それより護衛は殺したのに、何故あんただけ殺さなかったか、理由がわかるかい?」
問いかけたのは女盗賊クローネ。
懇願していた男が、泣き腫らした瞳を無言のまま彼女に向ける。
「ふふふ……。楽しいショーだよ! 妻と娘が陵辱されるさまを、あんたに見せつけてやるためさぁ! あっはっは!」
彼女はいま、手下の盗賊たちに手頃な娯楽を提供するべく、捕らえた女を襲わせていた。
「そんな、どうして!? 貴方様のことは知っています! 魔王討伐の英雄クローネ! 貴方様は義賊なのでしょう? なぜこんな真似を!?」
クローネはいま、世間では英雄扱いされている。
私掠免許状の交付を受けた、王国公認の義賊扱いだ。
彼女の率いる盗賊団は、悪党を相手にしか掠奪行為をしないともっぱらの噂だった。
だがもちろん、実態はそんなことはない。
クローネ一党は、襲った相手を無理やり悪党に仕立て上げ、免許状をたてに掠奪行為を正当化していたのである。
「いやぁっ、いやぁ! あなたぁ! 助けて!」
「あがぁ!? 痛いぃぃぃい! 抜いてぇぇ!」
「ぎゃはははは! やっぱりこの小娘、未通女(おぼこ)だったぜえ!」
「ちっ、こっちのババアは弛んでやがるわ」
「き、貴様らぁぁあ! 妻を! 娘を離せぇぇえ!」
宴は始まったばかりだ。
盗賊団のアジトには、馬鹿笑いする声に混じって、悲痛な叫びが響き続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
女盗賊クローネは十五歳のとき、親に売られた。
行き先は
よくある話だ。
同じ遊女の仲間も似たような境遇だったし、クローネは特に自分の身を嘆いたりはしなかった。
ただ彼女は、弟と離れ離れにされたことだけが、気掛かりだった。
クローネには六歳になったばかりの弟がいた。
名前はラルフ。
いつもクローネの後をついて回り、なにかあれば彼女の背中に隠れてばかりの気の弱い子供だった。
ラルフはクローネが花街に売られるのと時を同じくして、孤児院に捨てられた。
しかしこのことについて、クローネはむしろ安心していた。
なぜならクローネを売り、ラルフを捨てた父親は、酒びたりで毎日酔っては彼女たちを殴りつけるような、ロクデナシだったからだ。
あんな家にいるくらいなら、孤児院のほうがよっぽどいい。
クローネはそう思っていた。
だが彼女の当ては外れた。
ラルフの捨てられた孤児院は酷い場所だった。
院長が重度の、嗜虐的小児性愛者だったのだ。
この院長は特に、年端もいかぬ男子を好んだ。
毒牙にかかった子供は、幼い体を性的にいたぶられながら、死ぬまで弄ばれ続ける。
花街の客からこの話を聞き知ったとき、クローネは慌てた。
彼女はすぐに弟を救いに向かった。
幸いにもクローネがラルフを救い出したとき、彼はまだ院長の手にかかってはいなかった。
クローネは、弟のあどけない笑顔を守れたことに胸を撫でおろし、その足で別の孤児院に向かった。
そこは孤児を育てるという点では、信頼のおける院だ。
とはいえこちらの孤児院も、先の院とは別の問題を孕んでいた。
その問題とは金だ。
今度の院長は、極度の拝金主義者だったのだ。
クローネは花街で稼いだ金を全部つぎ込んで、ラルフを孤児院に預けた。
だが彼女の持ち金程度では、要求された金額には程遠い。
クローネは考えた。
たとえ院長が金の亡者であろうとも、ラルフを健やかに育てるという点では、これ以上の孤児院はない。
様々な孤児院の実態を知った彼女は、そう思うようになっていた。
要は、金さえあればいいのだ。
だが花街で客を取るだけでは、ほとんど金は貯まらない。
儲かるのは遊女屋であって、自分ではない。
クローネは金を稼ぐために、盗みに手をだした。
隙をついて、客の持ち物を盗むのだ。
しかしそんなことを続けて、バレないはずがない。
ほどなくしてクローネは花街を追われ、街にも居場所がなくなる。
行き着いた先は盗賊団だった。
金のため、クローネは悪事に手を染め始めた。
盗みに誘拐、恐喝に殺人。
なんでもやった。
クローネは優秀な盗賊だった。
戦闘技術を仕込まれれば、すぐに盗賊団随一の使い手になった。
悪事を行うにも躊躇がない。
容姿に優れていた彼女は、それを利用して盗賊団の頭領の女にもなった。
クローネは努力を惜しまなかった。
ただただ、ラルフが不自由なく孤児院で過ごす金を稼ぐため。
彼女は盗賊団において、メキメキと頭角を表していった。
やがてラルフが成長し、十五歳になって孤児院を出た頃、クローネは盗賊団の女頭領になり、その手はすっかりと血に塗れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
盗賊団のアジトに、嬌声が響く。
「あっ、あっ、あっ、あっ……。も、もぅやめ……」
「ぁあ……。ぅぅ、あなた……! あなたぁ……!」
母と娘は何人もの盗賊に犯され、ぐったりとしていた。
だが獣と化した男どもに、飽きる様子はない。
「うっほ! 気ん持ちいいー!」
「おらぁ! 反応が薄くなってきてんぞ! もっといい声で鳴きやがれ!」
両手足を縛られ、転がされた男が涙を流している。
「うおおおおおお! 殺す! 絶対に殺してやる!」
クローネは、目の前で行われる悲惨な陵辱行為を眺めながら、グラスを手のひらで転がした。
そこには赤い葡萄酒が注がれていた。
彼女はその酒を眺め、まるで自分の両手に染みこんだ、拭えない血のようだと自虐する。
「……あの子は今頃、どうしているだろうねぇ」
時折クローネは、こうしてラルフを思い出す。
孤児院を出た弟が、どこかの商会で丁稚奉公を始めたところまでは確認した。
それ以降は知らない。
もはや戻れないほど悪の道に染まってしまった自分は、もうあの子には関わらない方がいい。
彼女はそう考えていた。
目の前では、捕らわれた親娘が嬲られ続けている。
「……こんなになっちまったあたしの姿なんざぁ、綺麗なままのあの子には見せらんないからねぇ」
寂しげに呟いてから、女盗賊クローネはグラスの葡萄酒を飲み干した。
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