第34話 マーリィ10 大破壊

 魔王アベルは大陸中を彷徨い始めた。


 最初にその脅威に晒されたのは、聖スティピュラ教国だった。

 行政の中心たる聖都を完膚なきまでに破壊され、その後も主要な経済都市に魔王が出没。

 破壊と殺戮の限りを尽くした。


 動く者のなくなった廃都で、嘆きの獣は天に向かって吠え続ける。

 哭くように。

 誰かに語りかけるように。


 長きに渡り栄華を誇った西の大国、聖スティピュラ教国は、あっけなくその歴史に幕をおろした。




 魔王誕生。

 神出鬼没なその獣に、教国があえなく滅亡に追いやられた。

 凶報に大陸中が揺れた。


 魔の手は、次にイスコンティ王国へと向いた。


 前触れもなく王都に現れた魔王は、ここでも慈悲の欠片もなく暴れまわった。

 住民の半数が死亡。

 宮殿は破壊され、王城は瞬く間に陥落した。


 火の海となった都から辛くも逃げ出した王侯貴族は、王都の放棄を決断。

 王国第3の都市、港湾都市レンブラントを臨時の首都とし、魔王が去るのを指をくわえて見守った。


 獣は当て所なく彷徨い続ける。

 なにかを探して回る。

 失ってしまったものに、届かぬ手を伸ばしながら。


 イスコンティ王国は、筆舌に尽くしがたい被害を被りながらも滅亡の憂き目だけは免れた。




 被害は魔王による大破壊だけにとどまらない。

 魔王の出現と時を同じくして、世界中の魔物が凶暴化し始めた。

 魔王シグルズのときとは異なり、魔物たちはまったく統制が取れていなかった。


 手がつけられないほどに荒々しく暴れまわる魔物たちは、大国周辺の村々や集落を襲い出した。

 多くの人間が殺された。


 魔王が破壊した都には、どこからともなく現れた凶悪な魔物が居着いた。

 人類大陸カテルファーバには、もう安全と言える場所などどこにも存在しなくなった。




 次に魔王が出没したのは、東のオット・フット都市連合国だった。


 連合国は先に蹂躙された教国、王国の惨状を踏まえて、出来うる限りの防備を固めていた。

 傭兵都市グロウラインの傭兵を矢面に立たせ、物資は商業都市ユニスが中心となって都合した。


 だが彼らはなんの抵抗も出来ずにあっさりと敗北した。

 傭兵都市、商業都市、宗教都市……。

 あらゆる都市が蹂躙の限りを尽くされる。

 都市の至る所に血の海ができた。


 魔王が通った都市の数は12。

 オット・フット都市連合国18の主要都市群の実に三分の二が、死体と瓦礫の山に埋もれた。

 都市連合国は、事実上瓦解した。




 ことここに至って、ようやく人類は結束を始めた。


 まだ魔王の暴威に晒されていない北の軍事国家シグナム帝国を中心に、対魔王同盟が結成される。


 皇帝の発布により世界全土から生え抜きの戦士たちが集められ、魔王討伐の新勇者パーティーが組まれた。

 またそれとは別にシグナム帝国軍を中心に、大規模な人類軍を構築。

 人類は総力を挙げて魔王討伐に動いた。


 だが結果は大敗。

 どれだけ規模の大きな軍で当たっても、魔王の纏う瘴気の膜を貫くことすら出来ない。


 構成員の全員が、自らは人類最強の戦士であると謳う新勇者パーティーの面々も、ただの一撃も魔王に攻撃することすら叶わず、蹴散らされた。




 魔王の力は絶大だった。

 やがて魔王は、人の世に終わりをもたらす終末の獣と呼ばれるようになった。


 もはやどう抗おうとも、この獣を止めることができない。

 人類全体に重く暗い空気が蔓延する。


 だが、わずかな希望をうたう者が現れ始めた。

 その者たちは、世界は必ず救われるとうたう。


 なにがあなたたちに希望をもたらしたのか。

 尋ねたものは、こう教えられた。


 終末の獣に破壊され、凶悪な魔物の根城と化した都市。

 その廃都で魔物を駆逐して回っている存在がいる。


 自らを奴隷などとのたまうかの者は、背に一振りの白い剣を背負い、単身魔物の群れに飛び込んでは、ことごとくこれを粉砕する。

 自分はその者に、命を救われ、魔の巣窟となった都市をも取り戻してもらったのだ、と。


 最初は極少数の噂話でしかなかった。

 しかし大陸各所で、似たような話が聞こえ始める。

 やがて噂は伝播し、大きな希望となって大陸中を駆け巡りだした。


 絶望に目を覆っていた人々が、顔をあげ空を仰いだ。

 高らかに歌い上げる。


 其は神剣の奴隷勇者。

 魔を穿ち、邪悪を払う純白の劔。

 やがて終末の獣を討ち破り、人類の救済を導くものなり。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 あちらこちらに散らばった瓦礫を、蹴りわけながら歩く。


 ここは交易都市カヴェコ。

 人類大陸のほぼ中央に位置し、大国のどこにも属さない独立都市だった場所だ。


『……マーリィよ。どうやら今回は、当たりのようじゃの』

「……ん」


 濃密な魔の気配が漂っている。

 蹂躙の限りを尽くされた廃都には、瘴気が蔓延していた。


 尋常ではない瘴気の濃度だ。

 普通の人間では数回呼吸をするだけで、昏倒してしまうほどの魔素。

 それが都市全体を包み込んでいた。


「……いる。この濃い瘴気が、その証拠」

『うむ。まるで濃霧のようじゃな……』


 これまでわたしは、魔王の出現を聞きつけては急いで駆けつけ、空振りし続けてきた。

 そうして魔王のいなくなった都市で、魔物を退治してまわる。


 魔王は神出鬼没すぎるのだ。

 でも今度こそは間に合った……!


 辺りを見回す。

 ここカヴェコは大陸の交易の要。

 大勢のひとで賑わっていた都市だ。

 でもそこに数日前、魔王が現れた。


 魔王が現れた街は破壊される。

 ひとつの例外もない。

 建物は廃墟となり、通りはひび割れ陥没し、所々地面が隆起している。

 あたりには逃げ遅れた人間の死体が散乱し、どこからともなく現れた魔物の群れが、その死肉を食らっている。


 神剣を鞘から走らせ、魔物を叩き斬った。

 襲いくる魔物を蹴散らしながら、血の海を進む。

 やがてどこからともなく、獣が遠吠えする声が聞こえてきた。

 魂を震わせるような悍ましい遠吠え。

 でもわたしにはこの声が、嘆きに聞こえる。


『……なんとも、悲しい哭き声じゃなあ……』

「……ん」


 遠吠えが胸を打つ。

 わたしにはわかる。

 これは、欠けてしまった大切なものを求め続ける魂の哭き声。


「……絶対に助けてみせる」


 きゅっと下唇を結び、わたしは声のするほうに踏み出した。




 瘴気がますます濃くなってきた。

 息苦しいほどだ。

 空は分厚い雲に覆われ、大地は赤く血に染まっている。


「…………ゥオオオォォォォ…………」


 哭き声が、より鮮明に耳に届く。


『……マーリィ、心せよ。これよりは死地。獣と化したあやつは、自我を失っておる。たとえお主といえど、容赦なく殺しにかかってくるぞ』

「……わかってる」


 神剣の柄をぎゅっと握った。

 変わってしまったあのひとを見るのが怖い。


 だけど、わたしは力強く一歩を踏み出す。

 しっかりと地面を踏みしめて、自らの意思で魔王の前に立つ。


 雲の切れ間から、ひと筋の光が差し込んできた。

 暗がりが照らされる。


 瓦礫の山の頂上。

 そこに終末の獣がいた。


 漆黒を身に纏い、赤く染まった瞳から血の涙を流している。


「……アベルさま」


 獣が哭くのをやめた。

 高みからわたしを見下ろしてくる。


「……必ず助ける。……この命にかえても!」

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