第17話 アベル11 地下室の鬼
聖騎士ラーバンの別邸に着いた。
時刻は深夜。
あたりは静まり返っている。
地下室の場所や、ラーバンが訪れる日時はセーラから聞いている。
さっそく忍び込み、地下に向かって歩いていると、燕尾服を着た中年の男に呼び止められた。
「何者ですかな? そこで止まって、フードを取りなさい」
振る舞いが執事然としている。
おそらくこの男は、ラーバンの別邸を管理している執事なのだろう。
執事は下働き風の男たちを連れていた。
だがどうにもおかしい。
男たちは、全員が手に武器を持っている。
「その先には何もありませんよ?」
「地下室があるだろう。今日はラーバンが来ているはずだ」
「……どこでその話を?」
執事の様子が変わった。
指示を受けた男たちが、にやにやと笑いながら俺を取り囲んでいく。
「なるほど。通すつもりはないらしいな」
この執事は、主であるラーバンの凶行を知っている。
下働きの男どもはどうか知らないが、そんなことは俺には関係がない。
復讐を阻むのであれば、殺す。
無言で剣を抜いた。
「おいおい、こいつ! この人数を相手にやるつもりだぜ!」
「ぎゃははは! 袋叩きに――」
喋り切る前に、男の脳天に剣を落とした。
頭部がふたつに分かれ、血が噴き出す。
「て、てめえ! いきなり何しやがるんだ!」
「やっちまえ! 一斉に襲いかかるぞ!」
飛び掛かってきた男たちの首を刎ねて回る。
一人、二人、三人……。
下働きどもを全員処理し終えると、あとは執事だけとなった。
「あ、あああ、貴方はいったい……!?」
「俺はラーバンを地獄に送るもの。ただの復讐鬼だ」
剣を振り上げると、執事が土下座をした。
「お、お許し下さい! 私はただの雇われ執事なのです!」
「ただの執事? 知っているぞ。お前が生贄として、ラーバンの好みそうな女を集めていたのだろう? 女中の募集などと嘯きながらな」
「そ、それは……。お、お許しください!」
執事は額を地面に擦り付け、命乞いをする。
だがそれを聞いてやる義理もない。
無防備に晒された男の後頭部に、剣を突き刺す。
「あぎゃ!?」
切っ先が頭蓋を貫通した。
土下座した執事を、そのままの姿勢で地面に縫い付ける。
「……その剣はくれてやる。そうして土下座をしたまま、貴様が集めた犠牲者に詫び続けるがいい」
男たちの遺体から新しい剣を奪う。
俺は再び地下室へと歩き出した。
ドアを開けると、むせ返るような血の匂いがした。
地下室は吐き気を催すほど、赤く染まっている。
ラーバンは部屋の中央にいた。
「ひ、ひひ……! ひひひ、ひひひひ……!」
部屋に入ってきた俺に、見向こうともしない。
ただ夢中になって、もはや肉塊と化した女の残骸に、ナイフを突き立てている。
「ラァアアアア、バァンンンンンンーーッ!!」
殺意が全身を駆け巡る。
飛び掛かり、やつの脳天目掛けて剣を振り下ろす。
「――ッ!?」
ラーバンが跳びのき、手に持ったナイフを投げつけてきた。
「じゃ、邪魔、邪魔をすす、するなぁあああ!」
首を傾げてナイフを躱す。
血に塗れた刃が、俺の頬を掠めていく。
「ひひ! だ、だだ誰だ、お前は!?」
ラーバンは異常者の顔を隠そうともしていない。
目を血走らせて、口元に愉悦を浮かべたまま、俺を誰何(すいか)してくる。
「それがお前の本当の顔か? 下衆には似合いだな」
「この、ち、ち、地下室には、誰も通すなと、い、言っていたはずだ!」
フードを脱いだ。
見通しの悪い地下室の暗がりのなか、目の前の狂人が目を細めて俺を眺める。
「お、おお、お前は……アベル!?」
ラーバンが目を見張った。
驚きとともに愉悦の表情は鳴りを潜め、冷静沈着な聖騎士の仮面にすげ替わっていく。
「お前はたしかに、あのとき殺したはずだ!」
「残念だったなぁラーバン。俺は貴様を地獄に送るため、死の淵から蘇ってきた」
話しながらも、ずかずかと距離をつめる。
動揺したままのやつに、袈裟懸けに斬りかかった。
「うおおおおおお! 死ねッ、ラーバンんんん!」
「……くっ!」
ラーバンが転がって俺の剣を躱す。
そのままやつは、壁に立てかけてあった剣と盾を手に取った。
「どういう訳かは知らんが、蘇ったならもう一度殺してやるまでだ! 掛かってこいアベル!」
「ち! 殺されるのは貴様だ。この世に生を受けたことを後悔するほど、惨たらしく殺してやる……!」
悪鬼と復讐鬼。
無残な女の残骸を挟んで、二匹の鬼が向き合う。
ここに殺し合いの幕が開けた。
地下室に剣戟の音が鳴り響く。
瞬きする間に数十合。
目にも止まらぬ速さで刃と刃がぶつかり合い、キンキンと硬質な音がなる。
「くくく! どうしたアベル? その程度かぁ?」
「……ちっ」
聖騎士ラーバンは手強い。
狂人ではあれど、この男は世界最強の騎士と言っても過言ではないだろう。
神剣に見放された俺よりも、実力は上である。
「はぁ……っ!」
「甘い、甘い!」
突きが聖盾にいなされた。
体が泳いだところに、背中から斬りつけられる。
「ぐああっ!」
倒れそうになるのを踏みとどまり、逆袈裟に剣を振り上げて反撃する。
しかしこの攻撃もまた聖盾に防がれ、反撃にラーバンが水平に剣を薙ぐ。
「うぐぅっ!」
脇腹を斬り裂かれた。
「どうしたアベル! 威勢がいいのは口だけかっ?」
ラーバンの強みは盾術にある。
半身を覆うほど大きく分厚い聖盾で、巧みに相手の攻撃を防ぎ、的確にカウンターを決めてくる。
「ちぃ……!」
斬りつけられた傷がズキンと痛む。
その疼きとともに、胸の奥底からどす黒い悪意が湧き出てきた。
俺の魂を闇色に染め上げようと誘惑してくる。
しかしまだ、それを許すわけにはいかない。
この誘惑に負け、魂を完全に魔王に侵食されてしまえば、俺は自我を失い一匹の獣と化すだろう。
そうなれば、あとは破壊の権化と化すだけだ。
だがまだ俺は復讐を遂げていない。
目の前のラーバンを含め、あと3人。
すべての悪鬼を地獄送りにするまで、俺は自分を保ち続けなければならない。
魔王の力に、身を委ねるわけにはいかない。
「ほらほら、どうしたアベル! 手も足も出ないようだなぁ!」
「ぐぅ……! 調子に乗るなよラーバン!」
ラーバンの防御は鉄壁だ。
だが実の所、攻撃面についてはさほどではない。
こいつは俺を一撃で屠るような、威力のある攻撃は繰り出せないのだ。
ならばと考える。
このままでは埒が明かない。
現状のままでは、俺のほうが消耗していく。
……捨て身の一撃を食らわせ、形勢を逆転させる。
それしかあるまい。
激しく剣を打ち合わせながら、機会を伺う。
「しつこいやつめ! さっさと倒れろ!」
いくら傷つけられても倒れない俺に、ラーバンが業を煮やす。
剣を大きく振り被り、強引に斬り掛かってきた。
――ここだ!
単純な剣の威力であれば、やつより俺のほうが上。
下から剣を打ち合わせて、跳ね上げる。
そうしてがら空きになった懐に、渾身の一撃をお見舞いしてやる!
「死ねええええええええっ! アベルぅううう!」
「地獄に堕ちろ! ラァアアア、バァアアアン!」
ラーバンの打ち下ろした剣と、俺が掬い上げるように迎撃した剣がぶつかり合う。
「……くくく! このっ、間抜けぇ……!」
聖騎士が嗤った。
やつの手にした剣に力が注ぎ込まれ、淡く輝きを放つ。
「なにぃ!? この光は!?」
これはまるで、神剣ミーミルのような――!?
「残念だったなぁ! アベル!」
ラーバンが手にした剣が、まるで熱したバターでも切るように、俺の剣の刃を斬り裂いていく。
剣の勢いは止まらない。
そのまま俺の肩から脇腹にかけてを、滑るように斬りつけていく。
「ぐあああああああああああああああああっ!?」
鮮血が噴き出した。
「くはは! お前の負けだ、アベルぅ!」
大きく口を開いた刀傷が、焼けるように熱をもつ。
意識が朦朧としてきた。
「ほぅら! とどめだぁあああ!」
ラーバンが淡く光る剣を突き出した。
切っ先が、俺の腹部を貫き通す。
「ごふっ!? かはぁっ……!?」
大量の血を吐血する。
暗幕が垂れたように、視界が暗くなっていく。
「が、がふっ……」
聖騎士ラーバンが俺を嘲笑う。
敗れた俺は、血の海に崩れ落ち、意識を失った。
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