第20話 マーリィ04 アベルの足跡
港湾都市レンブラントに着いた。
ここは人類大陸、イスコンティ王国の港である。
都市の住民たちは沈んでいた。
港街らしい活気がなく、雰囲気が暗い。
『なんじゃろうな? 前に寄ったときはもっと明るい港だったはずなのだが……。マーリィ。お主も覚えておるじゃろ?』
そうだったろうか。
そんな気もするけど、よく覚えていない。
わたしは興味のないことは、すぐに忘れるたちなのだ。
「どうでもいい。それより、お腹がすいた」
『……お主は、マイペースじゃのー』
神剣に宿ったアウロラさまが、これ見よがしにため息をついた。
でも実際にお腹が空いたんだし、仕方がないと思う。
人類大陸に戻ったら、いの一番にご飯にしようと思っていたのだ。
魔大陸では、ろくな食事にありつけなかった。
もう焼いただけの魔物肉は食べたくない。
「魚料理が食べたい。新鮮なやつ」
『金はあるのかえ?』
「ない。でもこれがある」
背負ったザックに、
魔大陸の魔物の素材は人気がある。
きっと売ればいいお金になるはずだ。
『そういうことなら、まずは換金じゃな。そして食堂じゃ。……はぁ、妾もこんな風になっとらんかったら、うまいもんをたらふく食べたかったのぅ』
「……アウロラさま、食欲あるの?」
『いや、腹が減るようなことはないのじゃが……』
なんでも古龍だったころの記憶が疼くらしい。
わたしたちは雑談を交わしながら、換金屋に向かった。
「こっち、角マグロのステーキ丼と、大王イカの一夜干し炙り、空トビウオの岩塩焼きに、拳闘シャコがんがん焼き、沈船鯨のカルパッチョ、ぜんぶ急いで持ってきて」
「あいよー!」
テーブルに所狭しと並べられた海鮮料理を、端から平らげていく。
ここは港湾都市だけあって、海の幸が豊富だ。
どれも美味しい。
『いいのぅ。妾も食べたいのじゃ……』
「……神剣で斬ったら食べられる?」
ぐりぐりと、切っ先を料理に押し付けてみた。
『ええい、無理に決まっとろう! やめいばか者!』
「……残念」
食事を再開する。
追加の料理もやってきて、幸せいっぱい。
詰め込めるだけ口にご飯を放り込んだ。
リスみたいに頬袋を膨らませながら、もっちゃもっちゃと咀嚼して飲み込む。
『くっ、そのうち人化の術を開発してやるのじゃ。いまに見ておれ……』
ばくばくと匙を動かし、あっという間に皿から料理が消えていく。
「ふぃー、お腹いっぱい……」
くちくなったお腹をさすった。
満足だ……。
下腹部がぽっこりと膨らんでいた。
「う……、動けない……」
『まったく……。お主は食い過ぎじゃぞ』
あんまり美味しかったものだから、ちょっと欲張り過ぎたかもしれない。
でも問題ない。
お金なら、まだたんまりあるのだ。
まったりお腹を休めながら、食後のお茶を啜る。
ついでに、食堂のおばさんに話しかけてみた。
「はぁ? なんだって? 街のみんなが暗い理由を聞きたいって? なんだい、あんた? そんなことも知らないのかい?」
「知らない。だから教えて」
「まぁ別に構わないけどね。あんた英雄クローネは、もちろん知ってるだろ?」
英雄?
あいつはただの薄汚い女盗賊だと思う。
アベルさまを裏切った4人のひとりだ。
「……その英雄さまがね、賊に殺されちまったんだよ。まったく酷い話さね!」
あの裏切りの夜を思い出して、自然とわたしの目が険しくなる。
それを見たおばさんは、何を勘違いしたのか我が意を得たりと頷いた。
「可愛い顔を顰めてまぁ! やっぱりあんたも酷いと思うかい。ほんと罰当たりな話もあったもんさ。よりにもよって魔王から人類を救ってくれた英雄さまを、殺しちまうんだからねぇ」
おばさんは腕組みをしてあごをひいた。
はぁと深くため息を吐く。
『……アベルがやったのじゃろうな』
「……ん」
わたしもそう思う。
きっとアベルさまが、裏切り者を制裁したのだ。
それはともかくとして、人類を救ったのはアベルさまだ。
おばさんの間違いを正したくなったけど、ぐっと堪える。
ここで余計な口を挟んでも仕方がない。
「それからどうなった?」
「賊はまだ捕まってないみたいだけど、はやく捕まえて、縛り首にして欲しいもんだよ!」
捕らえられていない……。
安心して胸を撫で下ろした。
あのクロなんとかいう、赤くてケバい年増女が死んだことなんてどうでもいい。
わたしの心配事はひとつだけ。
アベルさまは無事だろうか。
そう思うと、いてもたってもいられなくなってきた。
「お勘定、ここにおいておく」
「あいよっ、毎度ありー!」
わたしは店を飛び出した。
でもアベルさまの足取りを追うにも、どこに向かったかがわからない。
『これ、落ち着けマーリィ』
「……落ち着いてる」
『そわそわしっぱなしじゃろうに、まったく。アベルが心配なのはわかるが、何はともあれまずは情報じゃ。港の酒場に情報屋がおるから、そこにいくぞ』
アウロラさまに従って、酒場に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
情報屋から無理やり聞き出した話によると、アベルさまは東のオット・フット都市連合国に向かったらしい。
狙いはラーなんとか言う、あの胡散臭い聖騎士だろう。
間違いない。
わたしたちはアベルさまの足跡を辿って、宗教都市ルルホトに向かっている最中だ。
長い長い街道を進んでいく。
馬車に乗ったり何日も歩いたりして、ようやく遠くにルルホトが見えてきた。
「やっとついた……」
ふぅと息を吐いた。
そのとき――
――ゾワリ……
いきなり背筋が凍えた。
『魔物の気配がするぞ! 気をつけよマーリィ!』
「わ、わかってる!」
強烈な負の気配がする。
ちょうどそのとき、慌てるわたしたちのそばを誰かが横切ろうとした。
「――ッ!?」
いつの間にこんな近くに!?
いまの今まで、まったく気配を感じなかった!
その人物はフードを目深に被っていた。
体を隠すように、マントで全身を包んでいる。
身長からして男性だとは思うが、はっきりとした性別は判断できない。
「……危険。これは近寄ったらだめなヤツ」
『うむ、妾も同感じゃ。先ほどの魔物のような気配は、あやつじゃな』
危険な人物が、すれ違いざまにわたしたちを流しみた。
なにか引っ掛かったのだろうか。
足を止めて、凝視してくる。
けれどもわたしたちも、こいつと同じような格好だ。
マントで体を覆っているから、わかるのは精々背格好くらいだろう。
「…………」
「…………」
フードの下で、視線が交差した気がした。
なにか気に触ることでもあったのだろうか。
剣呑な感じがビンビン伝わってくる。
強烈な悪の気配に、わたしの頬を緊張の汗が伝う。
なんだ、こいつ。
やるなら相手してやってもいい。
マントの下で、神剣の柄を握った。
『これマーリィ! このように危なげな者を相手にしている暇は無いのじゃ! 妾たちにはアベルを探すという大事な目的がある。忘れるでない!』
そうだった。
いまはこんな、通りすがりの危険人物を相手にしている暇はない。
緊張を緩めるのと同時に、マントの人物がわたしから視線を外した。
どうやら興味を失ってくれたらしい。
背を向けて、歩き去っていく。
『ほれ、妾たちもルルホトへ向かうぞ』
「……ん。……わかった」
なぜだろう。
去っていくマントの後ろ姿に、意識が引かれる。
『マーリィ? どうしたのじゃ?』
「……なんでもない」
わたしは気持ちを切り替え、前を向いて歩き出した。
開けた平野にぽつんとある、小高い丘のような街。
宗教都市ルルホトだ。
頂上部にある大聖堂を中心に、歴史ある街並みには広場や様々な店が雑多にひしめき合っている。
はじめてやってきたルルホトは、独特の景観をしていた。
「アベルさま、見つかるかな?」
『見つけるのじゃ。ラーバンのやつめを張っておれば、きっと鉢合わせることができる』
ならまずは、ラーなんとかの居場所を掴まなければならない。
往来で市民をつかまえて、尋ねてみた。
「……はぁ? ラーバンさまだって? そんな事も知らないのか?」
「いいから、はやく教えろ」
「ったく、口の悪いガキだな! ラーバンさまなら賊に殺されたよ! 街の騒ぎを見りゃわかるだろうが! まったく英雄さまを相手に、酷い真似をしやがる輩もいたもんだ!」
思わず舌打ちをした。
『く……。ひとあし遅かったのじゃ……』
すでにアベルさまは、この街での復讐を遂げたあとだった。
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