第5話 アベル05 回想02 無茶なお願い

 僕に向けて首を垂れたアウロラが、伏せていた頭を上げた。


「ふむ……。この体では少し話しにくいの。貴様に合わせるとするか」


 龍の巨躯が、淡い光に覆われる。

 かと思うとみるみると縮んでいき、数秒もしないうちに人間の女性が現れた。


 真っ白くて長い髪に、碧い瞳。

 綺麗に通った鼻筋に、挑発的な笑みを浮かべる口元。

 目つきは少しきつそうだけど、すごい美人だ。


 身長は僕より少し低いくらい。

 でも女性としては、かなり高身長な部類だと思う。


 人型になったアウロラは、素っ裸だった。


「う、うわ!? ちょっと!? ふ、服を着て!」

「おぉっと……。久しぶりの人化じゃから、忘れておったわ。少し待っておれ。いま着物を編もう」


 彼女を中心に、何かの力が集まっていく。

 それはだんだんと、服の形を取り始めた。


「……いや、待てよ。そうじゃな。くふふ……」


 アウロラが服を纏うのをやめた。

 裸のままでにやにや笑いながら、こちらに歩いてくる。


「はわ、はわわ……」


 彼女が一歩歩く度に、大きな胸がぷるんと揺れた。

 白くて絹のように滑らかな肌が美しい。


「あぅ、あうぅ……」


 眩しすぎて、彼女を直視できない。

 恥ずかしくなって、僕は反射的に顔を背ける。

 すると僕の胸板に、裸のままのアウロラがもたれ掛かってきた。


「――っ!? な、なに!? なにするんだよ!?」

「くふふ……。なにって治癒の礼だ。ほれ、遠慮せずに受け取れ。ほれほれ。人間の雄は、こういうのが好きなんじゃろ?」


 彼女が豊満な乳房を、僕に押し付けてきた。

 柔らかそうな双丘が、ふにゅっと潰れて形を変える。


「ほれほれ、どうだ? 揉んでもよいのじゃぞ? ほれほれ、ほれほれほれ」


 彼女が胸を押し付けるたびに、乳房が形を変える。


「も、ももも、揉む!? あわわわわわわわっ!?」


 一体なにがどうなってこうなった!?

 もう僕は、いっぱいいっぱいで、思考が停止している。


「くふふ、くふふふ……」


 なんだかアウロラは、随分と楽しそうだ。

 悪戯っぽく笑う彼女の顔を見て、やっと気が付いた。

 いま僕は、もて遊ばれている!


「も、もういいから! 服を着て! 早く!」

「なんじゃもう終わりかえ? つまらんのう」


 肩を掴んで引き離す。

 するとアウロラは、ぶつくさとこぼしながらも、不思議な力で服を編んで、身に纏ってくれた。


 白地に青い模様の映える、独特な形状の服だ。

 刀の産地の女性が、こんな服を着ていた気がする。

 たしか着物というものだ。


 全裸ではなくなった彼女を確認して、僕はようやく人心地ついた。


「っと……。これでよいかえ? しかしウブだな貴様。さては生息子きむすこかえ?」

「ほ、ほっといてくれよ!」

「くふふ。照れんでもよい。……ぁっ」


 急にアウロラの体がフラついた。

 慌てて彼女を支える。


「だ、大丈夫!?」

「……傷は治っても、失った体力までは戻らぬようだ。なぁアベル。どこか休める場所はないか?」

「なら僕の家においでよ。僕はずっと前から天涯孤独の身だし、遠慮はいらないから」


 アウロラがこくりと頷く。

 僕は彼女に手を貸しながら、家に連れて帰った。




 ベッドにアウロラの体を横たえさせる。

 やはり随分と疲労していたようだ。

 彼女はすぐに寝息を立て始めた。


 それを確認してから、僕は恐る恐る神剣に語りかけた。


「え、えっと、ミーミルさんだっけ? 話せるんだよね?」

『ミーミルで結構ですよ、アベル』


 まただ。

 また頭に直接、声が響いてきた。


 これは恐らくインテリジェンス・ウェポンというやつなんだろう。

 まさか実在していたなんて……。

 てっきり御伽話だとばかり思っていた。


「す、すごい……。ほんとに話せるんだね……。あ、それより話が途中だったんだ。たしかさっき、魔王を倒そうって……」

『ええ。アベル、貴方に折り入って願いがあります』


 ミーミルが語った話はこうだ。

 自分は魔王を滅するために創られた剣。


 魔王は名をシグルズといって、その正体は、過去に世界を滅亡の危機へと追いやった、邪な古龍なのだそうだ。


『シグルズは強大です……』


 遥か昔に隆盛を誇った古龍たちですら、総力を挙げても封印するのがやっとだった。


 当時に比べ個体数も減り、かつての力を失ったいまの古龍たちでは敵うべくもない。


 だがこの状況下においても、魔王シグルズが唯一恐れるものが存在した。

 それが神剣ミーミルである。


『シグルズは自ら魔物の群れを率いて、わたくしを守護する龍の里を襲撃してきました』


 応戦した龍たちは、次々と殺された。

 里はなす術もなく陥落した。

 その乱戦の最中、龍たちはなんとかアウロラに神剣を託して逃したのだそうだ。


『お願いですアベル。わたくしとともに、魔王を倒して下さい!』

「そ、そんなことを急に言われても……」


 必死さは伝わってくる。

 でも僕はただの人間だ。

 世界の危機だのなんだのをいきなり言われても、どう応えていいのかわからない。


 返事を濁していると、横合いから声がかけられた。


「……妾からも、よろしく頼む」


 いつの間に目を覚ましていたのだろう。

 アウロラがベッドの上で体を起こし、僕を真っ直ぐに見つめてから頭を下げた。


「妾には剣の声は聞こえぬ。だが魔王討伐の話をしていたのじゃろう? シグルズは滅さねばならぬ相手。どうかアベル、力を貸してはくれぬか?」


 応えてあげたい。

 そうは思う。

 でも、……僕には無理だ。


「……ごめん。自信がないよ……」


 申し訳なくて、アウロラから目を逸らした。

 彼女はしばらく僕を見つめてから、「そうか」と小さく呟いて、またベッドに横たわった。




 翌朝、陽の光が窓から差し込んでくる。


「起きろ! ほれ、起きるのじゃ、アベル!」


 シーツが剥ぎ取られた。

 床に寝そべっていた僕は、大声で叩き起こされた。


「もう朝だぞ、アベル!」

「な、なに!? どうしたの!?」


 見上げると、アウロラがニヤッと笑った。


「……ふふん。貴様は昨日言ったな。自信がないから戦えないと! なら妾が自信をつけさせてやろう! さぁ表に出るのじゃ!」


 なんなんだろう朝っぱらから。

 ちょっとテンションについていけない。


「え、えぇぇ……? なに、それぇ……?」

「ほれ、グズグズするでない! とりゃ!」


 襟首を掴まれて玄関から放り出される。

 朝から元気溌剌なアウロラが、神剣を引きずりながら僕に続いて家を出た。


「うぬぬ……。やはり神剣は重いな。妾ですら、持つのが精一杯じゃ。ほれ……!」


 剣が僕の目の前に投げられる。


「さぁその剣を持て! 特訓開始だ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、アウロラ! その前に水汲みに行かなくちゃ」

「ええい、問答無用なのじゃー!」


 その日から、地獄のような訓練の日々が幕を開けた。

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