復讐の魔王と、神剣の奴隷勇者
猫正宗
第1話 アベル01 魔王討伐の夜
「あはは! ご覧よあんたたち! こんなの見たことない! 金貨の山だよっ!」
ここは魔王城の宝物庫。
金銀財宝の山に、女盗賊のクローネが体ごと飛び込んだ。
「凄いなこれは……」
聖騎士ラーバンが目を見開いている。
いつも冷静沈着な彼にしては、珍しい表情だ。
「……これは、ふむ、
金塊や宝石には目もくれず、書物や骨董を手に取っている彼はモンテグラハ。
教会の枢機卿で賢者と謳われる初老の男だ。
その賢者の背後に、細身の彼とは正反対に筋骨隆々の巨漢が立った。
「じじい。そんなゴミを漁ってねえで。こっちを手伝いやがれ」
巨漢の彼はヒューベレン。
帝国の
彼は武具を運び出していた。
血のように赤く煌びやかな鎧や、禍々しい剣。
宝物庫にはおそらく伝説級と思わしき、様々な武具が無雑作に転がされていた。
大盗賊クローネ。
聖騎士ラーバン・パーカー。
賢者モンテグラハ・ネロウーノ。
拳王ヒューベレン。
彼ら4人はみんな、この僕、勇者アベル率いる勇者パーティーのメンバーだ。
メンバーは、ほかにもいる。
最強の龍種である古龍のアウロラ・ベル。
白髪碧眼の美女へと人化した彼女は、いま僕の隣に寄り添っている。
あと最後のメンバーがもうひとり。
戦う術を持たず、まだ可憐な少女の彼女は、名目上では僕の奴隷だ。
でも、もちろん奴隷扱いなんてしていない。
女盗賊、聖騎士、賢者、拳闘士。
宝物を漁る彼ら4人に、僕とアウロラとマーリィを加えた7人で勇者パーティーなのである。
「さあ、お宝だ! 運び出せるだけ運び出すよ! ほら、そこのあんたらも、ぼさっと突っ立ってないで、さっさと手伝いな!」
女盗賊クローネが、僕たちを急かしてきた。
でも疲労困憊している僕は、その求めに応じることができない。
腰をあげない僕やアウロラと、それを介抱するマーリィをみて、クローネは舌打ちをした。
いましがた、僕たちは遂に魔王討伐を成し遂げた。
……思い返しても、まさに死闘だった。
魔王は恐怖そのものだった。
纏う漆黒が空を覆い隠し、近づくだけでも呼吸が苦しくなる。
生半な戦士であれば、吹き出す瘴気だけで圧殺されかねない。
その強靭な肉体から繰り出される攻撃は、一撃一撃が大地を揺らし、大気を穢しながら空間すら歪めていく。
存在そのものが無限の闇なのだ。
そんな規格外の怪物を相手に、僕と古龍アウロラは死力を尽くして戦った。
なんとかギリギリで魔王を倒すことができたのは、僕が手にしたこの神剣と、最強の龍であるアウロラの奮闘あってこそだ。
魔王に対抗できたのは7人のなかでは、僕とアウロラだけだった。
だからこそ僕とアウロラはみんなの分も必死になって戦い、立ち上がることにも難儀するほどに消耗してしまったのだ。
「アベルさま、アウロラさま。これ、お水」
荷物持ちのマーリィが、甲斐甲斐しく僕とアウロラを世話してくれている。
そこに巨漢の拳闘士ヒューベレンがやってきた。
「なぁに寝っ転がってんだよ! さっさと起きやがれ、アベル!」
マーリィがびくっと震える。
顔まで全身にタトゥーを入れた、スキンヘッドで巨漢の彼は、声に迫力がある。
怒鳴ると空気がびりびりと震えるみたいだ。
しかし急かされても体が動かない。
「ア、アベルさまは、疲れてる」
「あぁん? 聞こえねえなぁこの奴隷! てめえもこっちに来て手伝え! 大体てめえは荷物持ちだろうが! 戦いで糞の役にも立たねえ分、荷運びくらいは役に立ちやがれ!」
マーリィが怯えて縮こまった。
彼女の様子を見て、古龍アウロラの目がすっと細まる。
「……戦闘で役に立たぬのは、貴様も同じじゃろうが、木偶の坊」
アウロラが落ち着いた声色ながら、挑発をした。
ヒューベレンが青筋を立てる。
相変わらず血の気が多くて、短気なやつだ。
「先ほどの魔王との戦いはなんじゃ。ほとんど妾とアベルしか戦っておらなんだろう。貴様ら4人は、こそこそと逃げ回っておっただけではないか。案山子か貴様は」
「……なんだと、この糞アマがぁ。ぶち殺されてぇのか?」
「ほぅ? 貴様ごときが妾を殺す? ふふ、小僧が吠え方だけは一人前じゃの」
あっという間に、一触即発の雰囲気だ。
アウロラと4人はいつもこんな調子なのである。
ここは僕がなんとか宥めないと。
「やめようよ。ほらアウロラも落ち着いて。せっかく魔王を倒せたのに喧嘩なんて」
「ああ、アベルの言う通りだ。そのくらいにしておけヒューベレン」
聖騎士ラーバンが仲裁に入ってくれた。
ヒューベレンが「ちっ」と舌打ちをして、去っていく。
僕に静止されたアウロラも、ふんっと鼻を鳴らして顔を背けた。
「すまないなアベル。あいつには私からもよく言っておこう」
「うん。いつもありがとう、ラーバン。きみは聖騎士だけあって頼りになるね」
「気にするな。それより……」
ラーバンが僕の手の神剣に、ちらっと目を向けた。
「……それよりお前。疲労の回復が遅いみたいだが、いま、その剣は使えているのか?」
この神剣ミーミルは、僕が勇者たる力の根源だ。
この剣があればこそ僕は勇者足り得たし、あの恐ろしい魔王を討伐することもできた。
でもさっきの戦いで酷使しすぎてしまった。
いまは神剣に『語り掛けても』なんの反応も返ってこない。
こんなことは初めてである。
「いや、しばらく剣は使えないみたい。使えれば直ぐに回復するんだけど、ちょっと無理をし過ぎちゃったみたいだね」
「そうか、激しい戦いだったもんなぁ。そうかぁ、しばらく神剣は使えないかぁ。くく……。ともかくアベル、お前はゆっくり休んでおけ。くくく……」
ラーバンは、僕に薄く笑いかけてから立ち去って行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
魔王を討伐したその夜。
僕たちは魔王城のある魔大陸から、人類圏の大陸へと戻るべく帰路についていた。
魔大陸は強力な魔物が跋扈する土地だ。
魔王を討伐したとはいえ、すぐに安全になるわけではない。
魔物の襲撃に備えて、警戒しながら野営の準備をする。
野営の準備は、荷物持ちの奴隷少女マーリィの役目だ。
まだ幼い彼女は小さな体をちょこまかと動かして、テントを張ったり焚き木を起こしたりと、忙しそうに動き回っている。
アウロラは周囲の探索に出ていて不在だ。
彼女は古龍の嗅覚をいかして、近辺に凶悪な魔物がいないか調べるために出払っている。
「アベルさま。火が起こせた。暖まって」
マーリィに勧められるまま、焚き木にあたる。
魔大陸は寒い。
特に夜になると底冷えがする。
しばらく暖まっていると、賢者モンテグラハがやってきた。
「……アベルよ。ちと隣いいかのぅ?」
「うん。もちろんですよ賢者さま」
「かかか。賢者さまはよせといっておるじゃろう。それより魔王討伐の旅、ご苦労じゃったな。……思えば、長い長い旅じゃった」
「そうですね。でもやっと全部終わりました」
賢者モンテグラハと話しているとみんながやってきた。
女盗賊クローネ、聖騎士ラーバン、拳闘士ヒューベレン……、彼らと、焚き木を囲む。
「あぁー、ほんっと長かったわよねぇ。あたしたちが加わってから、かれこれ2年かしら?」
「正確には2年と3ヶ月だな」
「ちっ、てめえは細けえんだよラーバン」
みんなで焚き木を囲むなんて久しぶりだ。
正直僕たち勇者パーティーの仲はうまくいっていない。
初期のメンバーである僕とアウロラとマーリィだけのときは、仲良くやれていた。
だけどこの4人が加わってから、口論や喧嘩をすることが多くなった。
だからこうしてみんなと、穏やかに焚き木を囲めることが、とても嬉しい。
「それはそうと、アウロラの糞アマはしばらく戻ってこねえんだよな?」
「ああ、大丈夫だろう」
「それでは、さっさとやってしまうかのう」
「あー。ほんっと長くて退屈な毎日だったわぁ。でもそれもようやくお終い……」
4人がにやにやと笑い始めた。
少し不気味な感じの笑顔が、焚き木に照らされて夜の闇にぼうっと浮かび上がる。
「ど、どうしたのみんな? にやにやして。楽しいことでもあった?」
「あらぁ、わかっちゃう? まぁお楽しみはこれからなんだけど。うふふ……」
「いやなに、アウロラもいない。お前は神剣が使えない。そして、そばにいるのは奴隷の少女がひとりだけ。魔王も倒し終えた。絶好の機会だろう? なぁアベル。くくく……」
なんだろう?
よくわからないけど、ひとまず愛想笑いを返しておく。
「……おい。もったいつけるのは性に合わねえ。さっさとやれ、じじい」
「はいはい。まったくお主は相変わらずせっかちじゃのう」
賢者モンテグラハが聖杖を掲げた。
僕は状況が掴めずに、彼を眺める。
「……『
杖から放たれた魔法が、無防備な僕に直撃した。
少し離れた場所で、荷物持ちのマーリィが息を呑む気配がする。
「ア、アベルさま――!」
彼女の叫び声を聞きながら、僕はゆっくりとその場に倒れ込んだ。
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