第13話 マーリィ02 実戦訓練
アウロラさまの名を騙る、奇妙な剣を凝視する。
……あやしい。
やっぱりこれは、神剣ミーミルさまだったはずだ。
『……なんじゃマーリィ、お主のその目は?』
「目的はなに? 詐欺なら間に合ってる」
『ええい、詐欺ではないわ! まったく相変わらず小癪な小娘じゃの!』
神剣がブツクサと文句を言い始めた。
この反応……。
もしかして、本当にアウロラさまなんだろうか。
「……ほんもの?」
『だから本物じゃ! 詳しいことは後で話してやるから、とにかく妾を引き抜くがよい!』
どうやら本当にアウロラさまらしい。
どうしてこんな姿になっているんだろうか。
疑問はさておき、言われた通り大地に刺さった剣を引き抜く。
ずっしりと重みが伝わってきた。
持てなくはないけど、小柄なわたしには結構つらい重さだ。
『なんじゃ、そのように重たそうにしおって』
「うぅ……実際、重たい。鉄の棒みたい……」
『うーむ、お主には妾が、普通の剣くらいの重さに感じられるのじゃな? これは、ちょっと相性が悪いのかもしれぬなぁ』
腕がプルプルしてきた。
堪えきれなくなって、手を離す。
『あ、こらマーリィ! 落とすでない。ちゃんと持つのじゃ!』
「無理。もう限界」
軟弱さを露呈してしまう。
気合いは結構あるほうだと自分では思っているけど、どうにもならないこともある。
わたしには握力とかは全然ないのだ。
『はぁ、情けないのぅ。とまれお主はこれからは、この神剣アウロラに認められた勇者なのじゃ。ピシッとせねばならんぞ?』
……ん?
勇者ってなんだ?
いつの間にそんな話になったのだろう。
「……わたしは勇者じゃなくて、アベルさまの奴隷」
『なら奴隷勇者じゃ。……まぁそんなことはどうでもよい』
じゃあ言わないで欲しい。
口に出しそうになるのを、ぐっと堪える。
『マーリィよ、事の経緯を話そう。アベルに関わることじゃ。お主の力を貸してくれ!』
アベルさまに関わる?
要領を得ないけど、もしアベルさまの大事なら適当に流して聞くわけにはいかない。
わたしは居住まいを正して、話に耳を傾けた。
アウロラさまの話によると、あの裏切りの夜、アベルさまもアウロラさまも結局、殺されてしまったらしい。
だけどアベルさまは魔王の呪いによって蘇り、アウロラさまも、中身が空っぽになっていた神剣に魂を移した。
なんでも、古龍の王族に伝わる転生の秘術を応用して、一か八かやってみたら出来たらしい。
「中身が空っぽって?」
『それはだな。神剣に宿っていたミーミルが、消滅していたのじゃ』
「……ん」
言ってることがよく分からない。
適当に流した。
『たぶん魔王シグルズを討ち終えて、ミーミルも満足したんじゃろうなぁ』
勝手に色々と語り出す。
この神剣は、古龍ミーミルを素材にして打たれている剣だとか、ミーミルとシグルズは、元は仲の良い双子の姉弟龍だったとか……。
でも正直そんな話には興味がない。
わたしが知りたいのは、アベルさまがどうなったかだけ。
「アウロラさまは、話が長い。アベルさまの話だけでいい」
『……お主はほんに、愛想のない小娘じゃなぁ、まったく。アベルなら、裏切り者どもに復讐しに向かったのじゃ』
アベルさまが、復讐に……。
ちょっと想像ができない。
だってアベルさまはとても優しくて、いつだって柔和な笑みを、わたしに向けてくれたから。
『妾もな、剣のなかから、何度もアベルに話しかけたのじゃが、呪われてしまったあやつには、妾の声は届かなかった……』
アウロラさまは語る。
アベルさまの復讐の果てには、永劫の苦痛に苛まされる未来が待っていると。
そんなことは許せない。
「……だめ。アベルさまは、苦しんじゃだめ」
『うむ、妾も同感じゃ。……マーリィよ、妾を手に取るのじゃ。ともにアベルの復讐を止めに向かうぞ!』
こうしてはいられない。
神剣を手にして、立ち上がった拍子に転んだ。
「あうっ!」
鼻から地面に突っ込む。
アウロラさまが重たいせいだ。
なんとも恨めしい。
『……はぁ。なにをしとるのだ。アベルを止めにいく前に、お主には少し特訓が必要なようじゃのぅ』
アウロラさまが、呆れたように呟いた。
岩陰に隠れて様子を伺う。
『……マーリィよ、ほれ。あそこにおる魔物に、ずばーっと斬りかかれ』
アウロラさまが、いきなり無茶を言い始めた。
少し離れた場所に、さそり型の魔物がいる。
あれに襲い掛かれということらしい。
なんでもこれは、神剣を扱う練習なのだそうだ。
「……無理。そんなことしたら、殺される。第一アウロラさまは、重くて振り回せない」
『いける、いける。ほれ、妾に意識を集中してみよ』
言われた通りにしてみた。
集中、集中、集中……。
すると握った剣がぽわっと淡い光を灯して、少し軽くなった気がした。
これなら振り回すくらいは、出来るかもしれない。
『その調子じゃ。それが神剣の使い方じゃから覚えておけ。うまく妾の力を引き出して、あの魔物を倒すのだぞ。ほれいけ』
アウロラさまが、わたしを嗾(け)しかける。
『ほれどうした? あの程度の魔物も倒せないようでは、アベルの下に行くどころか、魔大陸を抜けることも出来んぞ?』
「……む。それは困る」
わたしはアベルさまを止めなくてはいけない。
こんな所で足踏みしているわけにはいかない。
「わかった。……やる」
『うむ! その意気じゃぞ、マーリィ!』
魔物が背を向けるのを待って、斬り掛かった。
「えやああああああああああっ!」
神剣をぶつける。
すると、鉄のように分厚いさそりの甲殻に刃が弾かれて、ガキンと硬質な音がなった。
「はわぁ!? 手がジーンって!」
衝撃が剣を握る手に響いてくる。
『もっとじゃ! 意識を集中して、もっと妾の力を引き出すのじゃ! 叩っ斬れ!』
「そ、そんなこと言ったって、わからない!」
慌てていると、さそりの魔物がこちらに振り向いた。
「フシュルゥゥゥ…………!」
いきなり斬り付けられて怒ったのだろう。
敵意を剥き出しにして反撃してくる。
「や、やばい……」
わたしはひぃひぃ泣き言を漏らしながら、必死になって魔物と戦った。
『お主はあれじゃな。あまり才能がないな』
「う……」
ぼろぼろになったわたしに、アウロラさまが容赦なくダメ出しをしてくる。
『……まぁそれは妾もなのだが。どうにもこう、力を十全に発揮できん。この容れ物が、妾には馴染まんのじゃろうなぁ』
なんだ。
自分だって同じじゃないか。
ダメなのはわたしだけじゃなくて、ちょっとほっとする。
目の前には、なんとか倒した魔物の死体。
まさに死闘だった。
『はぁ……。アベルなんかは、すんなりと神剣を使いこなしたんじゃがなぁ……』
「それは、きっとアベルさまが天才だから」
そうに違いない。
特に根拠はないけどそう思う。
なんたってアベルさまなのだ。
『たしかにあやつは天才だった。初っ端から軽々と神剣を振り回しては、バッサバッサと魔物を斬りよる』
わたしがまだ出会ってない頃のアベルさま。
どんなだったのだろう。
興味がある。
「そんなにすごかった?」
『ああ。あやつは最初から、それはもう、えげつない強さだったんじゃぞ? その上ぐんぐんと強くなっていくものじゃから、妾も訓練相手になる魔物を捕まえてくるのが大変でなぁ』
やっぱりアベルさまは天才だったんだ。
かっこいい。
自分のことでもないのに、ちょっと鼻が高くなる。
「さすがは、アベルさま。天才」
『あやつは、自分は凡人じゃーとか、ふざけたことをぬかしておったがのう。ふふふ』
アウロラさまは、思い出に浸っている。
ちょっと声が楽しそうだ。
『そうそう、こんなことも会ったぞ? 妾が苦労して捕まえてきたレッサードラゴンを、アベルのやつに一太刀で倒されたのじゃ。あの魔物を探すのにどれだけ苦労したことか。なのに一太刀。腹が立ったから翌日、妾が直々に、こてんぱんにのしてやったわ!』
なにをしてるんだろう、このひとは。
アベルさまが可哀想だし、ちょっと大人気ないと思う。
でも文句を言うのは、ぐっと我慢した。
『さぁさぁ休憩は終わりじゃぞ、マーリィ!』
「ん……。がんばる」
そして早く、アベルさまの下にいくのだ。
『その心意気じゃ。さっさと妾の扱いに慣れて、アベルを止めにいくぞ!』
剣を握りなおす。
わたしはしっかりと頷いてから、立ち上がった。
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