第10話 アベル08 アジト襲撃
「なんだてめえ!? どこから入って来やがった!」
盗賊団のアジトを歩いていると、俺は前からやってきた野盗に呼び止められた。
「おい! 見張りはどうしたんだ?」
誰何してきた野盗の顔面に、無言で拳を叩き込む。
仰向けに倒れた男の喉を踏み潰すと、ぐしゃりと歪な音がした。
「あがっ……、あがががが……」
ピクピクと痙攣して絶命した男から、剣を奪う。
質の悪い剣だが、無いよりはマシだろう。
奪った剣を右手に下げ、左肩には大きな麻袋を担ぎながら、アジトをずんずんと進んでいく。
「何者だおまえ!? どこから入ってきた!」
現れた野盗がさっき殺した男と似たようなセリフを吐いた。
黙って男の口に、剣を突き出す。
口腔を貫き通した切っ先が、後頭部へと突き抜ける。
「ぎゅぷっ!?」
剣を引き抜くと、威勢の良かった男は貫通した穴からピューピューと血を吹き出しながら、どさりと崩れ落ちた。
「なんだなんだ!? 侵入者か!?」
「こっちだ! もう何人かやられてるぞ!」
今頃になってようやく俺の侵入に気付いた野盗どもが、慌てふためきながら姿をみせ始めた。
さして広くもない通路に集まってくる。
その数は、およそ三十人ほど。
「てめえ、何もんだ!? フードを取りやがれ!」
「おい! おまえらは退路を塞げ!」
「ふざけた真似しやがって! ぶっ殺してやる!」
通路の前と後ろを塞がれた。
こんな奴らでも、侵入者を挟撃しようと考えるくらいの知能はあるらしい。
「……クローネの居場所はどこだ?」
「ああん?! 教えるわけねえだろ、バカが!」
「なんだてめえ? 姐さんの客かぁ?」
「死体にして会わせてやるよ! げひひひひ!」
答えはないがまぁいい。
もともと期待はしていなかった。
こいつらはクローネの仲間。
ひとりも逃す気はない。
とにかく全部殺してから、ゆっくりと探し回ればいいだけだ。
――ドクン……
止まったままの心臓に代わるように、胸の奥で無限の闇が脈動した。
「く、くくく……」
「こいつ! なにを笑ってやがる!」
「ぎゃはは! びびり過ぎておかしくなったか!?」
勇者だった俺の体から、黒い瘴気が、靄のように立ちのぼる。
「……貴様ら、一匹たりとも逃げられると思うな」
さぁ、蹂躙をはじめよう――
通路に数え切れないほどの死体が散乱している。
前にも後ろにも。
輪切りになった肉片に、首から上を飛ばされた肉塊。
そうしたのは俺だ。
仮にも俺は魔王殺しの元勇者だ。
神剣に見放され、その力を失おうとも、この程度の有象無象にどうにかされるほど落ちぶれてはいない。
軽く剣をふる。
刃についた血糊を飛ばしてから、また歩き始めた。
数歩踏み出したところで、通路の天井からパラパラと細かな埃が降ってくる。
微かな違和感……。
考える間もなく、いきなり天井が崩れた。
「頭のうえがお留守だよっ!」
天井と一緒に落ちてきたのは、女盗賊クローネだ。
「クローネぇぇぇぇぇぇええええええッ!!」
悪鬼の登場に、喜びの叫びを上げる。
クローネ!!
クローネッ!!!!
何度も脳裏に思い描いた姿がそこにある。
ようやくこの悪魔をくびり殺せる。
俺は身体中を駆け巡る、あまりもの歓喜に震えた。
「これでもくらいな!」
彼女は現れると同時に、何本もの投げナイフを放ってきた。
それをすべて剣の鍔で撃ち落とすと、もうクローネは眼前まで迫ってきていた。
「あははっ! 誰だか知んないけど、この英雄クローネが切り刻んであげるよぉ!」
左右の手に握った剣鉈(けんなた)を振り回し、目にも留まらぬ連続攻撃を仕掛けてくる。
だが俺は襲いくる刃をすべて弾き飛ばし、逆に水平に剣を薙いで反撃した。
「クローネぇぇぇぇぇええええ! ようやく会えたなあああああああああっ!!」
「ちぃ……!」
クローネが後方転回で横薙ぎにした剣を躱す。
回転して逃れながらも彼女は、俺の顎下目掛けて鋭い蹴りを放ってきた。
「があああああああああああああああああっ!!」
無理やり首を捻って、顎跳ね蹴りを避ける。
その拍子に目深に被っていたフードが脱げ落ちた。
「――ッ!? あ、あんたは!?」
驚嘆して目を見開く彼女に構わず、右手の剣を大上段に振りかぶり、思い切り叩きつける。
だが彼女は後方に大きく跳躍して、俺から距離を置いた。
「アベル!? どうしてあんたがここに!? たしかにあのとき、息の根を止めたはずだよ!?」
問いには応えずに、睨みつける。
射殺さんばかりの視線で、目の前の悪魔を睨み続ける。
「な、なんで生き返ってきてんだい!?」
応えてやる筋合いはないが、思い当たる節はある。
それは魔王シグルズの呪いだ。
かの最凶最悪の邪なる古龍は、死の間際、俺に呪いを残した。
自らが纏う無限の闇を、俺に宿したと言い残して朽ち果てていった。
蘇った俺は、もはや生きているとは言い難い。
復讐だけを支えに蠢く屍だ。
その証拠に、心臓の鼓動は止まったまま。
ただ失った血潮の代わりに、全身を巡る黒い殺意を感じる。
魔王が俺に植え付けた無限の闇が、たしかに胸の奥底で、いまも脈動していることを感じている。
「クローネぇぇええ……ッ! 楽に死ねると思うな! 貴様だけは、この俺の手で、俺と同じ苦痛を味わわせて、地獄に葬り去ってやる……!」
凶相を浮かべて睨みつけると、女盗賊クローネが、ごくりと唾を飲み込んだ。
羅刹と化した俺の変わりように、目を剥いている。
「と、とにかくこんな狭い通路じゃ、やりにくいったらありゃしない! あたしを殺したいなら追ってきな!」
怨敵が背中を見せて逃げていく。
ここまできて逃がすわけにはいかない。
俺はクローネの後ろ姿を睨みながら、見失わないよう追いかけた。
広間に出た。
天井が高い。
ここはアジトとなった廃墟の古寺院では礼拝堂だった場所らしい。
所々に、朽ちて横倒しになった偶像が見える。
「……どうしたクローネぇ。もう、逃げるのはやめか?」
クローネは立ち止まり、こちらを見ていた。
その顔に余裕の笑みを浮かべている。
彼女の周囲には、数十人の粗野な盗賊たちがいる。
「クローネの姐さん! やっちまいますか!」
俺は肩に担いだ麻袋を地面に下ろし、剣を構えた。
「ぎゃははは! この人数を相手に、たったひとりで歯向かうつもりかよ!」
「袋叩きにしてやるぜぇ!」
男たちが下卑た挑発をしてくる。
だが所詮は有象無象。
こんな雑魚どもをいくら揃えたところで、俺の相手にはなりえない。
この場にいる者で俺と渡り合えるのは、曲がりなりにも勇者パーティーの一員だったクローネくらいである。
だがそんなことは、彼女にも分かっているはずだ。
「安心しなアベル。こいつらはただのギャラリーだ。手は出させないよ。……もっともこいつらが、あたしとあんたの戦いに割り込もうもんなら、巻き添え食っておっ死んじまうだけだけどさぁ」
クローネも俺と同じ考えのようだ。
ならなぜ俺をここに誘い込んだ?
ふと思いついた。
そういえば、この女の武器はたしか……。
「どうやって蘇ったんだか知んないけど、一度おっ死んで忘れちまったのかい?」
クローネが剣鉈を投げ捨て、代わりに鞭を手にした。
軽く振るう。
するとしなった鞭の先端が音速を超え、パンッと乾いた破裂音を響かせた。
「あたしの最も得意とする武器はこの鞭。その性能を十二分に発揮するには、さっきみたいな狭苦しい通路は、都合が悪くてねぇ」
いうや否や、クローネが俺に向けて鞭を振るった。
あまりに速く、不可視の鞭が縦横無尽に襲いくる。
「ぐ……! ぐはっ……!」
なんとか回避しようと試みるも、視認できないのでは躱すことも難しい。
「で、でたぁ! 姐さんの華麗な鞭さばき!」
「相変わらず、見事としか言いようがねえ!」
「俺なんて、なにが起きてんのか、まったく分かんねえよ!」
野盗どもは死刑執行の観戦気取りだ。
だがたしかにまずい。
音や空気の振動を頼りに、なんとか直撃こそ避けているものの、頬や四肢に避けきれなかった鞭の先端が掠めていく。
「あははっ! 踊りなアベル! ほら死ぬまで踊りなぁ! いつまでそうして、躱してられるかねぇ!」
反撃の機会を狙いながら、俺は蛇のように襲いくる鞭に打たれ続けた。
「はぁ……、はぁ……!」
息が切れる。
どれだけ鞭の雨を受け続けたろうか。
俺の体はもう、傷だらけになっていた。
掠った肌がミミズ腫れになり、直撃をうけた箇所は皮膚が裂け、肉が抉れていた。
血が噴き出す。
「……ほんっと、しつこい男ねアベル。あたし前から、あんたのそういう所、大っ嫌いだったわぁ」
クローネが嘆息した。
それを無視して俺は思考を巡らせる。
どう考えてもおかしい。
なにかが起きている。
クローネは、こんなにも手強かっただろうか?
たしかにクローネは強い。
それは明らかだ。
だがそれはあくまで、一般の範疇で考えた場合の話だ。
単純な戦闘力から考えると、彼女は元勇者パーティーで、
いかに神剣を失ったとは言え、俺がこうまで一方的にやられるような相手ではないはずだ。
俺の知らない、なにかが起きている。
「ふふふ……。不思議そうな顔をしているねぇ?」
クローネが顔に嗜虐的な笑みを浮かべた。
「いいよ。楽しそうだから、教えてあげる……」
彼女が胸元に指を差し込み、美しいアクセサリを取り出した。
首から鎖で繋がれたその碧い宝玉は、この世の物とは思えない神秘的な輝きを放っている。
「こいつは優れもののアクセサリでね、装備者の動体視力と反応速度を、飛躍的に高めてくれるんだ」
そうか。
それでクローネの操る鞭が、これまでにないほど猛威をふるっていたのか。
「すごい装備だろう? うふふ。……でさぁアベル。あんたこれって、何の素材でできてると思う?」
――ドクン……!
絶望の予感がした。
失った心臓の鼓動に変わり、胸の奥で闇が脈動する。
はぁはぁと喘息のように、短く息を吐いた。
「あはっ、あははは! その顔! 答えがわかったみたいだねぇ、アベル!」
「……ぁ、……ぅ、ぁ……」
まさか……。
考えたくはない。
でもまさか、あの宝玉は……!
「…………アウロラ……」
クローネが顔を歪ませて、大声で笑い始めた。
「そうさぁ! こいつは古龍の瞳! アウロラのやつの目ん玉くり抜いて、加工してやったアクセサリさねぇ! あはははははははははっ!」
胸のうちから黒い瘴気が溢れ出す。
こいつは……!
この悪鬼だけは、必ず殺す!
瘴気に蝕まれていく身体が、激しく痛み出した。
「クローネ! クローネぇぇ! 貴様! きさまぁあああああああああああああああああああッ!!!!」
魂が殺意に侵食される。
いつかのように無限の闇に落ちていく絶望を感じながら、俺は咆哮をあげた。
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