下校と幼馴染

「なぁ……咲夜」

「何かな。雅也君」

「後ろからものすごい視線を感じるのだけれど、これって僕の気のせいかな?」

「うん。気のせいだよ。気にしたら負けだよ」

「そうは言うけど……」


 背後から感じる視線の正体。僕はそれをよく知っている。


「じー……」


 何を隠そうその視線の正体は、僕のの零先輩なのだから……


 咲夜にコテンパンに言われた後先輩は、尚も僕に復縁を求めてきた。


 僕としても今更その様な事を言われても困るし、嫌悪感は拭えたにしても今は咲夜の事が先輩より百万倍好きだ。


 勿論その様な事咲夜の前では言えず、先輩とは付き合えない旨を嘘と本音を織り交ぜながら述べたのだが、先輩は一向に僕の事を諦める気はないようで、今はこうして僕のストーカーと化してしまっていた。


「そこは、元々私の場所だったのに……ずるいなぁ……妬ましいなぁ……」


 怖いよ!? というかなんでこの人平然と僕たちの事ストーカーしてんだよ‼ 普通に犯罪だろう‼


そこに美人だった先輩の面影はなく、恋に破れた憐れ、ストーカーとかしてしまった憐れな女という印象を僕に強く与えた。

 

「雅也君。気にしたらダメよ。気にしたらあの人の思うつぼだもの」

「でも……」


 僕自身元々は先輩の事を好きだったわけで、そんな人のあのような惨めな姿を見せられては、こちらとしても放っておくのは、なんだかやるせない。


「はぁ……雅也君のそういう所は、素敵だと思うけどああいうタイプの女性には、その優しさは、逆効果なのよ?」

「そ、そうなの……?」

「うん。先輩は俗にいう女子。そんな人に変に優しさを与えると余計につきあがって、そのうち雅也君の事を監禁してしまうかもしれないよ?」

「そ、そうなの!?」

「うん。そうなの。だから放っておくのが一番。あ、因みに私にも若干その気はあるから気を付けてね?」

「それは暗に浮気は許さないと言っているのでしょうか?」

「そこまでは言ってないよ。だって私達まだ付き合っていないしね。だから私以外の女の子とできる限り仲良くしないで欲しいくらいだよ」

「そ、そうだよな……」


 咲夜の言う通り僕たちは、まだ付き合っていない。でもそれは、逆に言えば付き合いだしたら浮気は許さないということで、咲夜の浮気の基準がわからないのは、かなり怖い。


「そんな怯えた顔しないでよ。私のヤンデレレベルは先輩程酷くないから」

「レ、レベルなんてあるんだ……」

「そうだよ。私が1とするなら先輩は1000くらいあるかな」

「どんだけあの人の愛重いんだよ‼」

「あの人の行動を考えればこれぐらい普通だよ。普通」


 普通の定義がだんだんよくわからなくなってきた。後ろをわずかばかり振り返るとその瞬間先輩は、笑顔でこちらに手を振ってきた。


 それがまた不気味で、怖く、つい咲夜の腕に抱き着いてしまう。


 男として情けないと思けれど怖い物は、怖いのだ。


「す、すまん。い、いい今だけは許してくれ」

「別に今だけと言わずにずっとでもいいんだよ?」

「あ、それは勘弁」

「ちぇ~」


 咲夜にずっと抱き着くなど心が休まらないったらありゃしない。


 咲夜からは、女特有の甘く、いい匂いがして、僕は先輩の事を思い出していた。


 昔僕と先輩は、よく腕を組んで歩いていた。


 時折香る先輩の匂いに僕の心臓はずっと緊張しっぱなしで、何をしたかとかはあまり覚えていない。でも先輩と腕を組んだ時の柔らかな胸感触だけは色あせる事は無く、今もよく覚えている。


「雅也君。今先輩の事考えていたでしょう?」

「そ、それは……」

「本当なの!? 嬉しいわ雅也君‼」


 背後にいた先輩は、僕に向かって一目散に駆け寄り、僕の背中目掛けてダイブしてきた。


「雅也君、雅也君、雅也君、雅也君、雅也君……」

「怖い‼ 怖いよ‼ あんたこんな人じゃなかったでしょう!?」


 僕の記憶のお淑やかで、綺麗だった先輩を返して欲しい。切実に。


「えへへ……雅也君の匂い……」

「ちょ、先輩‼ 私にあれほど言われてまだこりてないんですか!?」

「ふん‼ 貴方に何を言われようが、関係ないわ‼ 大事なのは、本人同士の気持ちだもの‼」

「その本人が嫌がってるんだってば‼ 分かりなさいよ‼ このストーカー女‼」


 恐怖で動けなくなってしまっている僕から咲夜は、必死になって先輩を引き離そうとしてくれるが、先輩の力は予想以上に強く、一向に離れてはくれない。


 その間にも僕たちの周りには、人だかりができ始めていた。


「と、とりあえず二人とも僕の家に行こう‼ うん‼」


 この場にこれ以上留まるのは、僕の精神衛生上非常によくない。可能ならば今すぐにでも立ち去りたい。


「ええ……でも……」

「雅也君の家‼ 行きたい‼ 超行きたい‼」


 先輩は完全に幼児退行していて、あの凛としたクールな雰囲気の面影すら感じられない。


 それに先程から僕を抱きしめる力が、どんどん強くなっていっていて、骨は、ミシミシと軋んだような音を上げていた。


「わ、わかりましたから。は、離して……」

「いや‼」

「離れなさい‼」

「い~や‼」


 こんなやり取りをしている僕たちの事を周りの人たちは、指さして、修羅場だなんだと勝手な言い草をしている。


 ははは……もうどうとでもなってしまえ……

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