結末と金髪少女

「侮蔑なんてしてないよ。むしろ星野さんは凄いよ」

「凄い……ですか?」


星野さんが不思議そうに首をかしげる。


「星野さんは自分のした行いについてずっと向き合っている。これを凄いと言わずにはいられないよ」

「そんな事ありません。私はただ後悔しているだけです」


 表情は無。星野さんの表情はここにきて、何も移していない。あれほどコロコロ変えていた表情はずっと変わっていない。その様はまるで彼女の心を表しているようだ。


「後悔している。それができるのもまた凄いよ」

「後悔が凄いことなんて……」

「いや。凄いよ。真に逃げた人間というのは後悔すらしない。自分は悪くない。すべて相手が悪いと自己を正当化しにかかる」


 少なくとも僕はそうだった。あの時の心境は紛れもなく先輩に全ての責任を押し付けていて、自分の事は一切悪くないとそう必死に言い聞かせていた。心の余裕がなかった。


 そこの部分で僕と星野さんは、全く違う。彼女は自分の行いとずっと向き合い続けている。


それがいかに凄い事なのか彼女は、まるで理解していない。


「星野さんはずっと自身のして来た行いについて見続けている。そんな事普通の人にはできないし、できたとしても途中で狂ってしまう。それが出来ている時点で星野さんはとても強い人間なんだよ。僕よりも遥かに……ね」

「そんなことは……ないです。私はただ後悔しているだけで何もできていません。美玖ちゃんにもまだ謝れていませんし……」


 美玖……というのは確か早乙女さんの下の名前だったはず。


「星野さんは早乙女さんと仲直りしたいの?」

「そこまでは望んでいません。ただ私は謝りたい。自分とせいで彼女の家庭を壊してしまったのは紛れもない事実で……」

「それは違うよ。星野さん。あの家庭はどのみち壊れるはずの運命だった」


 星野さんの抱える問題の始まりは、彼女のこの認識の祖語が始まり。そこを受け入れてあげられない限り、彼女は永遠に救われない。


「そんな事はありません‼ 全部‼ 全部私が……私のせいで……」


 何年もそう思い続けていたのだ。そんなあっさり言われても納得できないだろうし、こちらもそんな事は百も承知。


「違う。星野さんは何も悪くない。星野さんがやらなくてもいずれあの家庭はいずれ崩壊していた。悪かったのは運が悪かっただけだよ」


 僕はそう言って彼女が心の奥底で欲していた言葉。肯定という名の甘い、甘いを吐き出し、心をゆっくりと犯していく。

 

「でも……それはもしもの話で実際は私が……私が壊して……」

「そうかもしれない。でも星野さんはもう十分苦しんだよ。だからこれ以上苦しむ必要はない」

「でも……でも‼ 私は……私を許せない‼」


 星野さんの出した初めての剥き出しの感情。顔も心もグチャグチャで、自身が何を言っているかも定かではない中でのこの言葉。そしてその言葉への返答は既に決まっている。


「星野さんのその憎悪。僕が背負うよ」

「……え」


 星野さんは僕の申し出が予想外だったのか、間の抜けた声をあげた。


「君は誰かに罰せられたいのだろう。ならばその役目は僕が担う」


 星野さんが自身を許すことはできないのは、彼女の良心からくるもので、今の自分が幸せになってはいけないという思い込みからくるものだ。


「星野さんが自身の事を許せないならば、その分僕が君の事を罰してやるし、憎んでやる。それで君の心が救われるのならば僕は喜んで悪になろう。だから星野さん。君はいい加減自分を許してやれよ」


 彼女に必要なのは幸運の女神などではなく、不幸をつかさどる。彼女の事を軽侮し、侮辱し、見下すそんな存在。今まで彼女自身がしていた行いを代わりにしてくれるそんな存在。


 この選択肢を取ったことによって、僕は今後星野さんと笑いあう未来は自らの手によって閉ざした。


 そこに後悔はなく、僕はこの選択肢を取る羽目になるだろうと初めから確信していた。


確信していたからこそこの場を選んだ。


「君がもし幸せに溺れ、過去の行いを完全に忘れた時僕は君の前に再び現れる。そしてその時君のした行いについて再び突き付ける。だから。君は今を生きるんだ。過去の事について気にせず、今を生きろ。それが僕が君に送るの助言だ」

「……」


 返事はない。沈黙は肯定か。将又理解しがたいだけか。それはわからない。


 でも僕のできる役目はここまで。僕は今彼女の心に確実に影響を与えた。その成果が出るのがいつになるのかはわからないが、叶うならば僕の思いが彼女に伝わっていることを祈る……かな。 

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