約束と幼馴染

「事情はわかりました」


 咲夜はそういうが表情は未だ不満げに見える。僕と密着している距離は先程より近くなり、抱き着く力も明らかに強くなっている。


「え、ええと咲夜さん。何か不満があるのでしょうか……?」

「不満しかないよ‼ だって‼ だってその子ずるい‼」

「ず、ずるい……?」

「そうだよ‼ ずるいんだよ‼ だっってまーくんにそこまで気にかけてもらっているんだよ!? 私なんかこんな雑な扱いなのに‼」

「こ、こんな雑な扱いって……ええと、僕は僕なりに咲夜の事を大事に思ってはいるんだけど……」

「それはわかってる‼ でもあの子の時みたいにリードはしてくれなかったじゃん‼ お姫様みたいに扱ってくれないじゃん‼」

「うっ……そ、それは……」

「それは何‼」

「その……は、恥ずかしくて……」

「へ? 恥ずかしい?」

「う、うん……」


 咲夜をそうやって扱うのは、どうにも意識してしまってうまくできる気がしないのだ。


「それってどういう事かな?」


 咲夜の目元はわずかに吊り上がっており、頬も引くついていた。


「もしかして怒ってる……?」

「ううん。全然。だから早く言って? じゃないとまた振るよ?」


 咲夜はそういうが彼女が怒っているのはまるわかりだ。しかもかなり怒っている。どうして彼女がそうなってしまったのか……過去の発言を思い返すと僕の発言は明らかな言葉足らずであり、それが原因であると気づいた。


「ご、ごめん‼ 言葉足らずだった‼ 僕が咲夜の事をお姫様みたいに扱えないのは咲夜の事をとして本気で意識してるからなんだよ‼」

「へ……!? そ、それはどういう……意味かな?」

「え、ええとね。僕のあのリードの仕方はいわば星……」

「まーくん?」


 どうやら咲夜は僕が他の女性の名を呼ぶのは、許せないらしく僕の名前を呼び牽制する。


 その時の咲夜の瞳には光が灯っておらず、とても怖い。これでもし包丁でも持たせたらそれこそホラー映画にでも出てきそうだ。


「き、金髪の女の子の警戒心を解くのが目的なわけで、いわば演技なわけでして……」


 僕は自分でいうのもあれだが、人の望む形を演じるのには自信はある。たまにボロはではするものの、冷静な状態であるならば完璧に演じられる自信がある。僕の演技力が高まったのは咲夜と先輩のおかげだ。


 咲夜は僕に理想の風紀委員長を強いり、先輩と付き合っている時僕は、彼女から好かれる自分を演じた。そんな生活をしていれば誰だってうまくなる。


 でもそれはあくまで冷静な場合のみで、冷静じゃないときはうまくできない。


 その条件は咲夜と二人きりで出かけるという条件でいともたやすく崩れる。何より僕としては咲夜の前では素の自分でいたいし、そんな僕の事を咲夜には見て欲しい。


「ふ~ん。まーくんの言い分は分かった。でもなんで警戒心を解こうとしたの? 美人の女の子と仲良くしたかったから? それとも下心があったから? 最終的にはその子とエッチとかしたいと思ったから?」

「え、ええとですね。私がその様な演技をしたのは彼女の心を開いて悩みを聞きだすのが目的なのです。そこに下心など微塵もありませんし、エッチな事をしたい気持ちなどあろうはずがございませんです。はい」

「その言葉に嘘はない?」

「はい。嘘はございませんです」

「もし嘘をついたら?」

「その時は腹を切って……」

「私がそんな事してもらって嬉しいと思う?」

「お、思っておりません。で、でもそれ以上の謝罪の使用が……」

「結婚……」

「へ……?」

「もし今後嘘ついたら即。それで今日の事を許してあげるし、まーくんのお願いも聞いてあげる」

「おいおい……」


 僕が嘘をつかなければいいとは言え、嘘をついたら即結婚とはいくら何でも条件が重すぎる。それにこの条件だと咲夜にサプライズでプレゼントを贈ってあげる事すらできなくなってしまう。それはこちらとしても流石に承諾しかねる。


「何? 不服なの?」


 咲夜の表情は氷の様に凍てついていた。


「え、ええと……ですね。咲夜さん。いくらなんでもその条件は厳しいです」

「なんで?」

「その条件だとサプライズプレゼントとかできなくなってしまうわけでして……」

「え!? 何何!? まーくん私にサプライズプレゼントしようとか考えてくれていたの!?」


 凍てついていた表情はあっという間に解け、咲夜は今や太陽の様に温かな笑みを浮かべている。ここまで正反対な表情を浮かべられるあたり、女の子というのは本当に難しく、理解しがたい。

 

「い、今の段階ではなんとも……」

「ふ~ん。でもいつかはしてくれるんだ?」

「そ、それは……」

「してくれるんだよね?」

「……はい」


 今日の咲夜に僕は全く勝てる気がしない。そんな僕たちの様子を端か見ればきっと浮気したのが彼女にバレた哀れな男と言ったところだろう。まあ実際は付き合ているわけではないのだが……


「そっか、そっか。ならいいよ。条件を私以外の女の子に関する嘘は禁止にしてあげる。これ以上はびた一文譲りません」

「うん。それならOK。こちらとしても問題ないよ」

「うん、うん。よろしい。さて約束もとりつけた所で今後の事……一緒に考えようか?」

「う、うん。それはそうなんだけど……咲夜はいつになったら離れてくれるの? それにいつから僕の事を監視……」

「そんな事どうでもいいでしょう?」

「いや……どうでもよく……」

「どうでもいいでしょう?」

「……はい」


 男は無力なものだ。どこかのラノベで見たそのフレーズがこの時僕の脳内でよぎった。

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