土下座と幼馴染

 咲夜は既に夜というにも関わらず僕の部屋にいた。しかも巫女さんの姿で僕に背を向ける形をして漫画を読みあさっていた。


「さ、咲夜さん。い、一体何をされているのでしょうか……?」

「ん~漫画読んでいるんだよ~」

「いや、それはわかる。僕が聞きたいのはなんで僕の部屋で、しかも巫女のさんの姿で漫画を読んでいるかなんだけど……」

「ん~そういう気分だからかな~」


 咲夜の対応はどこか雑で、言葉にも心がこもっていない。今朝の段階では少なくとも咲夜は、このような対応をしてこなかった。つまり昼、もしくは今までの間に咲夜が何か不機嫌になる理由があったというわけで、そんな理由一つしかない。


「咲夜。もしかして今日、僕がしてた事全部知っている?」

「知らないよ~」


 嘘だ。今、わずかに咲夜の肩がビクリと震えた。咲夜は嘘をつくときいつもそう言った反応をする。


「咲夜。嘘、つかないで欲しいなぁ……」

「ま~くんが何言っているのかわからな~い」


 咲夜は頑なに僕の言葉を聞こうとせず、顔も見せてくれない。


「咲夜。お願いだから一度僕の顔を見て話を聞いて下さい。お願いします」


 そう言って僕は生まれて初めて人に土下座をした。


 僕が今日した行いは咲夜に取って最低の行為だというのは重々承知で、彼女に隠して異性と遊ぶというのはよくなかった。遊ぶにしても事情を話した上で、咲夜も一緒に誘えばきっとこのように拗れることはなかった


 咲夜はいつから僕たちのしていたことを見ていたかは彼女の口からきかない限りはわからない。でもわかることもある。


 きっと咲夜はずっと不安だったのだ。僕の気持ちが星野さんに移ってしまうのではないかと。ずっと不安で、不安で仕方がなかったはずだ。彼女にそんな思いをさせてしまったのは完全に僕の責任で、僕はできうる限りの謝罪を今、この場でする必要がある。


 もし咲夜が僕に腹を切って詫びろというのならば僕は、喜んでそうしよう。それで彼女の気が晴れるのならば。


「……まーくん。頭上げて」

「さく……」


 咲夜の眼は充血しており、真っ赤に腫らしていた。頬には涙の跡が見て取れる。彼女が涙を流した理由などしれている。僕は咲夜の事を悲しませたくない、泣かせたくないと思っていながらその過ちを犯してしまった。


「い、今すぐ‼ 今すぐ腹切って詫びるから‼ 僕の命上げるから泣かないで‼」


 包丁は台所にあったはず。それを今すぐ取ってこれば……


「まーくん。落ち着く」

「痛……」


 咲夜の加減の一切ないチョップが僕の脳天に炸裂し、僕はそれによって冷静さを取り戻す。


「もう……まーくん。慌てすぎ」

「ご、ごめんなさい……」

「もう……本当にまーくんは仕方がないんだから……」


 咲夜は僕に抱き着くと自身の体を何度も摺り寄せてきた。その様は動物のメスが自身のオスに自身の匂いをマーキングしているようだ。


「さく……」

「何も言わないで。今はただこうさせて……ね?」


 咲夜がそれを望むなら今の僕に何か言う権利はない。


「ん……っ……まーくん……んっ……」


 ただ一言言わせて欲しい。耳元でそう言った声エロい声をあげるのは本当に勘弁して欲しい。


 咲夜の柔らかな胸の感触がいつもより強く感じられ、同時に彼女の暖かな体温も強く感じる。僕だって男だ。美人の女の子……しかも大好きな女の子にその様な事をしてしまえばムラムラもする。でもダメだ。ノリと勢いでその様な事をしたら絶対に後悔することになる。


「まーくんは……あの子の事別に何とも思ってないんだよね……?」


 咲夜は目じりに涙をためたまま、不安げな表情で僕にそう尋ねてきた。


「と、友達とは思ってる……よ?」


 この場合は何とも思っていないというのが正解なのだろうが、それは嘘になる。きっと咲夜はそんな僕の嘘を黙って信用してくれるのだろう。でもそれは明らかに不義理だ。既に不義理な行いをしている身の上で、さらにそれを重ねるのはただの屑になってしまう。


「と、友達ならいい。許す……」

「咲夜……」


 彼女は本当に寛大な心を持っている。僕とは大違いだ。やはりここで一度腹を切っておくべきなのだろう。後で台所に包丁を取りに行こう。


「別に私だってまーくんの事束縛したいわけじゃないもん。それに私達まだ付き合っていないわけだし、その間は別にまーくんが誰と何しようが自由だし」


 訂正。どうやら彼女はまだ許してはいないらしい。でも拗ねている咲夜も可愛い。後切腹も止めた。


「でもそれにしたって私の事好きって言っておいてあの対応はないよ」

「は、はい。わかっております……で、ですが事情というものが……」

「知ってる」

「え……?」

「そんな事知ってるよ。私達何年付き合っていると思っているの?」

「そう……だよな」


 僕と咲夜は幼馴染。きっと家族以外で、いや家族よりも互いの事を理解し、知り尽くしている。何故そのような事に今まで気が付かなかったのか。


 そもそもの話。咲夜に嘘をつくという事自体無理なことだったのだ。僕が咲夜の嘘をついた時の癖を知っているように、咲夜もまた僕が嘘をついた時の癖をしっている。


「まーくんは昔から私の嫌がることはにしなかったよね。仮にしたとしても何か理由がある時だけだったし……」


 それだけじゃない。咲夜は僕の心の動きを、気持ちを、動機をよく熟知してくれている。そんな彼女だからこそ僕は惹かれたのであり、あの頃の荒んでいた僕の心を救うことができたのだ。


「でもね‼ それでも腹が立つもんは立つし、悲しいものは悲しんだよ‼」


 咲夜は僕の首を思い切りつかむと頬を膨らませながら思いきり僕の頭を揺らす。


「ご、ごめんなさい‼ だから許し……あばばばば……」


 脳が揺れ。気持ちが悪い。


「違うでしょう?」


 頭を揺らすことは止めてはくれたものの彼女の手は、未だ僕の首を掴んでいた。


「そ、そういいますと……?」

「理由……」

「理由……?」

「理由‼ 早く言って‼ 早く言わないとこのまま一生まーくんから離れないよ‼」

「は、はい‼︎」


 とても可愛らしい脅しに見えて、実際はかなり恐ろしい。そこから僕は彼女に包み隠さず、今日の出来事を話した。

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