学校と幼馴染

「よう‼ 雅也‼」


 僕たちの所属する二年三組のクラスに入ると早々に、僕の背中を友人の一人江中敦えなかあつしが強くたたいてきた。


 敦の一撃は全くと言っていいほど加減されておらず、僕の背中はジンジンと痛む。


「お前……殺す……」

「い、いきなりそんな物騒な事言うなよ!? 俺達親友だろう!?」

「親友なら全力で殴ってもいいと……?」

「あははは……ごめんって。なんか辛気臭い面してたもんで、ついさぁ……」

「言い訳など聞きたくない。ひとまず一発殴らせろ」


 敦は何度も謝ってくるがそんな事知ったことではない。僕は敦の顔面目掛けて思い切り平手打ちを決めてやった。


 僕の一撃は思いのほかうまく決まってしまい、パシン‼ という甲高い音が教室中に鳴り響き、皆一同にこちらを見る。


「おぉ……痛……」

「自業自得だ。阿呆」

「ええ……ひどいよぉ……そんなんだから先輩に振られるんだよ~」

「ああ? お前喧嘩売ってんのか?」


 口調とは裏腹に内心それほど怒ってはいないが、先輩の話をされるのはあまり心地よい物ではない。


 だからこそこうやって怒って見せて、周りの人に牽制するのと同時にこの話をこれ以上ださせないようにしているのだ。


「もう……ダメだよ。雅也君」

「さ、咲夜……」


 咲夜は家での対応とは打って変わって、とても落ち着いた穏やかな声をだす。


 これが学校での彼女で、彼女は外では常に猫を被っている。


「江口君大丈夫……?」

「はい‼ 大丈夫です‼」

「そう。ならよかった」

「…………………………」


 僕の胸の内で苛立ちが募る。僕はこの状態の咲夜は、あまり好きではない。


 この状態の咲夜は、雰囲気が先輩によく似ていて、咲夜を見るたびに古傷が疼くのだ。


 咲夜もそんな僕の異常に気付いており、猫を被ることをやめると言ってきたがそれは、僕が阻止した。


 その事に咲夜は不満げにして来たが、僕としても譲るわけにはいかなかった。


 もしここで咲夜の提案を受け入れてしまったらそれは、学校での咲夜を否定しているみたいで、それはそれで嫌だったのだ。


「雅也君……?」

「なんでもない。それよりも何か用でもあるのか?」

「あ、そうそう。今日の委員会の事なんだけど……」


 僕は咲夜と同じ風紀委員に所属しており、僕はなんの因果か風紀委員長を務めている。


「なんか生徒会の方から雅也君に用があるから来て欲しいって」

「生徒会……」


 本音を言えば僕は、生徒会には行きたくなかった。


 何せこの学校の生徒会長は、なのだから……


「そんな嫌そうな顔しないの。私も連れ添ってあげるから……ね」


 咲夜は、あざとく小首をかしげ、僕にそうお願いしてくる。


 風紀委員として男子をその様な技を使って、魅了するのはどうかと思うが、その様な事口に出したところで無駄な事。


それにこれは、これで役得だし……


 僕としても咲夜とは、できる限り一緒にいたいし、先輩に一人で会いに行くのは、避けたかった。


 僕は先輩と対峙したとき自分で、自分の感情を抑えられる自信がないのだ。


 これまでだって生徒会からの呼び出しはあったが、そのたびに僕は咲夜に任せていた。


 今も僕が本気で嫌がれば彼女は僕の代わりに行ってくれるのだろう。でもそれは心苦しくもあって、何より男として情けない。


「はぁ……分かった」

「納得してくれて何よりだよ」

「なぁ、なぁ、雅也」

「なんだ?」

「お前と木葉さんって付き合っているのか?」

「いや、付き合ってないぞ」

「うん。付き合ってないよ」

「ふ~ん。そっか」


 敦は咲夜が発した言葉の意味に気が付いたようで、こちらの事をニヤニヤと見つめてくる。


「もう一発殴られたいのか?」

「そ、それは勘弁を……」

「雅也君?」


 すかさず咲夜が敦を庇う。


 咲夜は敦に対して微塵も恋愛感情を抱いていないだろう。そうとわかってはいても好きな人が目の前で別の男を庇う様を見て、僕は少し嫉妬してしまう。


「冗談だよ。冗談」

「もう……暴力はダメなんだからね」

「分かっているよ」

「本当かな……?」


 人に暴力を振るったり、傷つけるような事をしてはいけないということは、咲夜を傷つけてしまった僕だからこそ身に染みて理解している。


「うん。その眼を見る限りきちんと理解しているみたいだね」


 そう言って咲夜は、僕の頭をよしよしと撫でてくる。その様は、子供をあやす母親の様で、家での僕たちとは、立場が完全に逆転してしまっていた。


「お前……羨ましい……なんで……お前だけ……そんなに……モテる……」

「別に僕は、モテてなど……」

「よしよし。雅也君いい子だね~」


ーー馬鹿にしとるのかこいつは……


 内心そう思いながらも止めて欲しいとは、全然思わない。むしろもっと撫でて欲しい。もっと甘やかして欲しい。


 そんな僕の事を周りは、冷たい目で見てくるが、毛ほども気にならず、結局僕は、予鈴がなるまで咲夜に撫でられ続けた。

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