元カノと幼馴染

「こんにちは。よくきてくれたわね」


 先輩は僕の予想と違って、とてもフレンドリーに話しかけてきた。


「貴方が呼んだのでしょう? それで用事はなんですか?」

「もう……つれないわね。そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」

「別に……そんな事あなたには関係ないでしょう?」


 先輩は、僕にそう言われるのが予想外だったのか、沈黙し、考えるような素振りを見せる。


「黙ってないで、何か言ったらどうなんですか?」

「え、ええ……」


何を戸惑っている。さっさと要件を言えばいいだろう。


 先輩の声、仕草、表情、その一つ一つが僕の心をざわつかせ、苛立たせ、冷静さを奪っていく。


「いい加減に……」

「雅也君。ダメだよ」

「咲夜……」


 僕は怒りのあまり口から出てはいけない言葉が、出そうになっていた。


 そんな絶妙なタイミングで咲夜は、僕の事を止めてくれた。


「ゴメン……」

「ううん。気にしないで」


 咲夜がいてくれて本当に良かった。


もしこの場に咲夜がいなかったら僕は、あの時きっと先輩に手を出していた。いくら先輩が僕に酷いことをしたとは言え、暴力をふるってよい理由にはならない。


「そう言えば何故この場に木葉さんがいるのかしら? 私は確か雅也君一人で、この場に来るよう言ったはずなのだけれど?」


 そういう先輩の表情は、とても冷たい物で、咲夜の事を人とも思っていないような視線を感じた。


 僕としては、咲夜の事をその様な目で見るのを今すぐに止めて欲しく、不満を口にしようとしたのだが、咲夜が僕の事を諌めた。


「どうし……」


 咲夜の眼を見ると「ここは、自分にまかせて欲しい」そう言っている様に見え、僕としてはそんな彼女の意志を尊重する。


「先輩。それは当たり前の事ですよ。だって先輩は、未だに雅也君の事好きなんですから」

「…………………………は?」


 今咲夜は、なんといった? 先輩が今でも僕の事が好き?


「な、何を言っているのかしら?」

「別に隠さなくていいですよ。先輩の反応、わかりやすぎて、見ているこっちが恥ずかしいですもの」

「おほほほ……随分言ってくれますわね」


 おい。あまりに動揺しすぎて、口調がおかしなことになっているぞ。


「ま、まあ、仰る通り私は、今も、雅也君のことが、好きですけど‼」

「はぁ……もう……わけわからん」


 先輩は僕の事が今でも好きで、それなのに僕の事を振った。


 うん。意味わからん。


「大方雅也君が、構ってくれないから別れて嫉妬でもさせようとしたんでしょう」

「な、なんでわかるの……!?」

「なんとなく……?」


 なんとなくでわかるのかよ。というかこっちはもう色々めちゃくちゃで、思考を整理できないよ‼


「雅也君ってさ、先輩と付き合っている時自分から先輩に、アプローチしたことある?」


 咲夜にそう言われ振り返ってみるが、ただの一度もなかった気がする。


 好きという言葉すら言ったこともない。それは偏に先輩と僕とではあまりに差があったからで、そんな彼女に好きという資格、僕にはないと思っていたからに他ならない。


「その顔を見るに一度もないんだね」

「なぜわかる!?」

「大好きな幼馴染だからね。思考をよむのなんて、簡単だよ」

「いやいやいや。その理屈は可笑しい‼」

「おかしくないよ? 普通だよ?」


 咲夜にそう言われてしまうとだんだん自分の言い分が正しいのか、正しくないのかわからなくなってくる。


 でもわかることが一つある。仮に僕が浮気をしようものならば一発で、咲夜にバレるということだ。


 まあそもそも浮気するつもりなど鼻からないのだけれどね。


「二人して私の前でいちゃついて……何? そんなに私の事嫌いなの?」

「「嫌いですが何か?」」

「そ、そんな……」


 先輩は膝から崩れるようにして地面に突っ伏し、その様は明らかに落ち込み、ショックを受けていた。


「先輩がどうしてそのような馬鹿な真似したのかわかりませんが、雅也君は既に貴方の彼氏ではありません。だから生徒会の権力を使って呼び出すの。止めてもらえませんか?」


 咲夜のその言い分を聞くに、生徒会が僕を毎回呼び出していたのは、ただ先輩の私用だったらしい。全くもって迷惑な話だ。


「でもでも……」

「でもじゃありません。大体あなたは、あの時の傷ついたまーくんの惨状を知っているんですか? 知らないですよね? 貴方は、雅也君が自分と別れて、傷ついている様を見て、自分が愛されている事を知って、喜びに打ち震えていたのですから‼」


 そこからはもう見ていられなかった。咲夜は、余程先輩に対して鬱憤が溜まっていたのか、彼女の事を酷く罵倒し、僕の言いたいことすべてを言ってくれた。


 先輩も今回の行いは流石に自分も悪いと思っていたのか、反論一つせず、粛々と彼女の言葉を受け入れていた。


先輩もこの件に懲りて真っ当な人間になってくれることを僕は祈っているよ。

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