手作り弁当と幼馴染

「えへへ……満足、満足」


 咲夜は、ペンギンに餌をあげ、まじかで見られたことが余程嬉しかったのか常にニヤついており、すれ違う人は皆一応に咲夜の見っともない顔に注視していた。


 いつもは美人で他の人から注目される咲夜だがこういった意味で注目されるのは初めての事で、僕としてはかなり滑稽で、見ていて面白かったりする。その面白さに拍車をかけているのが肝心の咲夜が全く気にしていないという点であり、咲夜は本当に他人からどう見られるのか興味がないというのが容易に伺い知れる。


「咲夜。涎出ているぞ」

「へ!? 嘘」

「嘘じゃない。ほら、動くな」


 僕はポケットからハンカチを取り出すと咲夜の口元を優しく吹いてやる。その際咲夜は非常ん大人しく、ジッとしていた。


「ほれ。終わりだ」

「えへへ……ごめんね?」

「別にいいよ。それに咲夜だって僕が唇切った時拭いてくれただろう? そのお返しだよ」

「そ……っか。えへへ……」

「いくらなんでもニヤ付きすぎだ」

「だってまーくんが私の事気遣ってくれたのが嬉しくて……ね?」


 その言い方じゃあまるで僕が今まで咲夜の事を気づかってないみたいな言い回しだが、おおむねあっているので何も言えない。特に先輩と付き合う前など咲夜の扱いは本当にぞんざいで、女の子としても扱っていなかった気がする。


 そんな状態の中でも咲夜は僕の事を一途に思ってくれていたわけで、彼女の思いの強さは並ではない。


「咲夜ってさ。いつから僕の事好きなの?」

「ひゃ!? い、いきなりどうしたの!?

「いや、ただ気になっただけ」


 咲夜が僕の事を好いてくれているのはわかるが、何故彼女がここまで僕の事を好きなのか、その肝心の部分について僕はまだ一度も彼女から聞いていない。


「その……いわなきゃダメ?」

「いいや。言わなくてもいいよ」

「いいの!?」

「勿論」


 咲夜が僕の事を好きになった理由について気にならないと言えば嘘になるが、それでも彼女に無理強いしてまで聞きたいわけでもない。それに僕としてはその言葉は彼女と正式に付き合ってから聞きたい。


「ふ、ふ~ん。まーくんはきにならないんだ。そっか、そっか」

「あれ? もしかして言いたかったの?」

「別に‼ そんなんじゃないし‼ 言いたいなんて全然思ってないし‼」


 そういう割には口調が怒っている様に聞こえる。というか確実に彼女は、腹を立てているだろう。


「そうか。それならばお昼ご飯食べようぜ」

「スルー!? そこスルーするの!?」

「え? だって言いたくないんだろう? 言いたくないなら別に言わなくていいと思うし、その言葉はもう少し取っといたほうがいいと思うぞ。僕を本気で落としたいなら……ね」


 既に落ちているのだが、僕は未だ咲夜に自分の気持ちを吐露していない。だからこそこのような意味深な言い回しは、咲夜にはとても有効的だ。現に咲夜は『なるほど』と呟くと納得したような素振りを見せた。


「納得してくれたようで何より。それで咲夜は何料理が食べたい?」


 僕は咲夜にそう尋ねる。食事をする場所についてもばっちりリサーチ済みで、動物園内の何処の料理屋が美味しくて、何が美味しいかも完璧に記憶しており、後は咲夜がどういったジャンルを食べたいのか聞くだけだ。


 そんな時だった。咲夜は内股で急にもじもじし、恥ずかしそうにしながらもカバンの中から何かを取り出した。


「そ、そのこれ……」

「これは……」


 咲夜が取り出したものは、小さなお弁当箱だった。


「もしかしてこれって……」

「その……私の手造り……」


 その言葉を聞いた瞬間僕の体に電流が走った。美少女からの手作り弁当。男として嬉しくないわけがない。嬉しくないわけがないのだが、生憎咲夜の場合は事情が少々異なる。何せ咲夜の料理センスは壊滅的なのだから。


 僕は中学時代咲夜の手造りカレーライスを食べたことがある。その時の味は今での鮮明に覚えており、あまりに独創的で、刺激的な味で、次の日僕はトイレの住人と化し、僕は咲夜の事をそれはもう非難したもので、それ以降咲夜は僕に料理を作ってはくれなくなった。


 今思えば僕は本当に愚かなことをしたと思う。勇気を出して一生懸命作ってくれた女の子に対して、非難の言葉を言うのはいくら何でも屑すぎるし、愛想をつかされてもおかしくなかったと思う。


「あ、でもでもまーくんが嫌なら食べなくても……」


 咲夜は悲しそうに眼を伏せる。


「いいや。食べるよ」

「え、でも前……」

「確かに僕は以前咲夜の事を口汚く罵った。ただその事について今は本当に反省している。咲夜だって僕の為に一生懸命に作ってくれたんだよな。そんな相手に対してあんな言い方本来というか絶対にすべきじゃなかった」

「いいよ。実際私も自分のカレー食べてドン引きしたもん」

「それは仕方ないだろう。あの頃の咲夜って碌に料理やっていなかったんだから。誰だって初めはそんなもんだろう。とうか僕が作るともっとひどくなる気がする」

「それは……そうかもね」

「そこは否定しないのか……」


 僕は苦笑し、その様を見て咲夜は楽しそうに笑ってくれる。


「それじゃあこれ……」

「ん……」


 咲夜が僕にお弁当を渡す時彼女の手は、震えていた。きっと彼女の中で過去の僕の言動が余程トラウマになっているのだろう。だからこそ僕はここで彼女のそんなトラウマを払拭する必要がある。


「これは……」

「ど、どうかな……?」


 咲夜の弁当の見栄えは綺麗とは、お世辞にも言えなかった。卵焼きは所々焦げているし、何より彩りがあまりよくない。きっと料理評論家から言わせれば彼女の弁当の点数は、十点付けばいいだろう。でもそれはあくまで料理評論家の意見。肝心の僕の意見を言わせてもらうとそんなの鼻から決まっている。


「百点、いや千点。ううん。点数をつけるのもおこがましいし、何より咲夜のお弁当に点数をつけるの自体僕は失礼だと思う」


 僕はそう言いながら卵焼きをほおばる。味は案の定というか美味しくはなかった。焦げているから苦いし、塩の量も多いのかしょっぱい。でもそれを打ち消す程咲夜の愛を感じられ、口一杯に甘さが広がっていた。


「うん。上手い。上手い。」

「ほ、本当!?」

「ああ、本当。本当。咲夜本当に頑張ったんだな」

「うん‼ 私頑張った‼ まーくんい褒めてもらうために一杯、一杯お料理頑張ったの‼」


 咲夜は余程嬉しかったのか瞳からは大粒の涙がとめどなく零れおち、顔はくしゃくしゃになっており、化粧もすべて涙で落ちてしまい、傍目から見れば酷い有様だ。でもそんな彼女の涙の奥に隠された笑顔は、普段の彼女の笑顔よりも数倍魅力的だった。

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