お嬢さまと僕
「お待たせしました‼ 敦さん‼」
早乙女さんの顔には満面の笑み。服も制服ではなく、私服だ。それでいて予定の10分前に到着と。
「うん。この子。確実に敦に惚れてるな」
「ん? 何か言ったか?」
こいつはここまで女の子にされているのにどうして気が付かないというのだ。いくら何でも鈍感が過ぎるぞ。
まあそれはそれとして、まさか敦がここまで早乙女さんを誑し込んでいるとは思わなかったし、今からこの笑顔を曇らせなければならないということになるとこちらとしてもわずかばかりの罪悪感が沸く。
「あれ? 隣にいるのって……」
「どうもこんにちは。金剛雅也です」
「あ、はい」
この子、今露骨に嫌な顔したな。それに肩がわずかばかり震えている……もしや緊張しているのか?
まあそれも仕方がないか。僕は前回早乙女さんに相当酷い対応をしたわけで、本日に至っては敦とデートのつもりで早乙女さんはやって来たわけなのだから。そう考えると僕は彼女にとっての疫病神ともいえる。
「ひ、久しぶりですね。雅也さん。今日は一体
その笑みは明らかな作り笑いで『今すぐこの場を立ち去れドぐされ野郎』みたいなニュアンスが込められているような気がしないでもないが……その様な事一々気にしていても仕方がないだろう。
「単刀直入に言えば星野さんのことですよ」
「……そうですか。あの子の事ですか」
今の早乙女さんの表情を天気に表すならばまさに曇天であり、曇り切ってしまって彼女が一体何を考えているのか細部までは読み取れそうにない。
「雅也さんは……あの子の事が好きなのですか?」
「好きか嫌いかで言えば好きだよ。でもその好きに恋愛的な意味は
「……そうですか。それは何より」
「ええと……二人ともその……この重い空気何とかならない? なんだか胃が痛くなってきたんだけど……」
「それは大変ですね‼ 今すぐ薬を……」
「そんなの気にしなくていいよ。こいつの今の言葉は嘘だから」
「え? 嘘?」
「バレちまったか」
大方女性に暗い顔をさせるのが気にいらなかったとかそのあたりだろう。
「いや~やっぱり雅也に嘘は通用しませんか」
「当たり前だ。それから次口挟んだら……」
「分かってるって。お前の邪魔はしないよ」
「それならいい」
こいつは計算してやったわけではないだろうが、今のやり取りで早乙女さんの緊張はすっかり取れていた。
「さて談笑はここまでにして星野さんの事、余すことなく聞かせて貰えるかな?」
「嫌だと言ったら?」
「別に構わないけどその時は……まあ察してくれると嬉しいかな」
「つまり私の弱みか何かを雅也さんは握っていると?」
「察しがいいね。正解だよ。あ、でも誤解しないでね。こちらとしても早乙女さんの情報を弱みを使いたくはないんだ」
「……最低ですね」
「最低で結構。第一そのセリフ。君にだけは言われたくないかな」
「……」
返答はなし。薄々彼女の中でも自分のしている行為が、人間的に最低な行為であると感じている節があるのだろう。
人間誰しも自分の為ならば最低な行為を平然とできるものだ。それは僕も変わらない。
「……わかりました。すべてお話します」
「分かってくれて何よりだよ」
「……どの口が言うんですか。どの口が」
反応が当初の物と比べてかなり冷たい。嫌われるのは覚悟していたことだが、これはこれでやはり結構来るものがあるな。
「あの子は……星野紗矢は……私の家庭を
「家庭を崩壊させた……か」
昨日集めた情報から男女の仲に関することなのだとは腹を括っていたが……まさか家庭崩壊を引き起こたと言われるとは思わなかった。
考えられる崩壊の仕方としては十中八九浮気……いや。星野さんの年齢から考えると早乙女さんの父親が一方的に星野さんに好意を持ったとかそのあたりだろう。でもそれはあくまで僕の予想だ。
「続きを話してもらえるかな?」
この時点で早乙女さんの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。でも顔には憎悪の表情。明らかに表面と内面の感情が相反した物になっている。
はっきり言ってしまえばそのような状態は普通ではない。彼女の心の中で、星野紗矢という少女はそれだけ針となって心を蝕んでいるのだろう。
「雅……」
「ダメだ。早乙女さんには全部話してもらう」
「でも……」
僕は早乙女さんの事が嫌いだ。でもイジメたいわけではない。それに彼女の悩みは星野さんの悩みとも明らかに直結している。それを取り除いてやればきっと早乙女さんの心も救われることになる。
「敦さん。大丈夫です……私……話します」
「早乙女さん……」
早乙女さんは無理やり笑みを作っているせいか酷く歪だ。それはまるで今の彼女の心境を描いているようで、話を終えた後の心のケアは間違いなく必要だろう。そしてその役目は僕ではなく、敦。
僕では彼女の心を救うことはできない。だからこそ敦にはこの後、精一杯早乙女さんのフォローをしてもらおう。例えそれで早乙女さんに今以上に入れ込まれることになろうともだ。
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