最終話【加茂三矢、外交官から本格的に犯罪者へ?——そして——】

「ふっふたりで仲良く行っちゃう」井伏さんが声を上げる。

「カモさんが日本行きを勧めたからね」

「カモさんを責めてませんっ!」

「ミーティー、友だちは独り占めしたいタイプみたいだけど、本当にとーこさんと気が合うの?」王子が言った。

「なにを失礼なこと言ってるんです⁉」

「だって『るいとも』なんだろ? ミーティー、ぜんぜん不良じゃないよね」

「わたしはとーこさんが不良だなんて思ってません」

「だけど、見ず知らずのコをいきなり家に泊めるのはやっぱり不良だよね」

「だったら、見ず知らずの人の家にいきなり泊まったわたしも不良です!」

「それはカモさんが保証したからじゃないの?」

 井伏さんは不満そうな顔をする。俺は俺に振られて迷惑なので「まあまあこの辺で」と話しを逸らす。

 今度こそ終わった! が、ようやく解放されたよ——という開放感が無い。懸念がある。


「ところで王子、これからのことなんだけど……なんか本当に『亡命』になっちゃったみたいな感じで……警察とか大丈夫なの? 俺って外交官から誘拐犯の国外逃亡を助けた犯罪者になっちゃったりしないよな?」

「カモさんが〝優秀な分析官〟の分析を欲するなら披露しよう」

 それ言ったのナキさんだけどな。ま、スルーしよう。

「じゃあお願いする」

「の前に、あくまでこれは〝分析〟であって、〝決定事項〟じゃないことを頭に入れておいてくれ」

「分かった分かった」

「まず、今この国にいる警視なら、手ぶらで本国へ引き上げざるを得なくなる」

「本当にそうなるか?」

「王国と公国の婚姻となれば慶事だ。けちが付くような真似はしたくないよね。もちろん賛成派視点だけど。一方婚姻反対派にとっては外交問題として取り扱え、両国の関係をぐじゃぐじゃにできるネタがあれば大喜びさ。わざわざそんなものをこちらが提供してあげる必要もないよね。一般論としてだが、〝ナキの身柄は王国にはない〟。したがって日本行きについては止め立てする権限は我々の国には無い」王子が述べた。述べ終わると王子は井伏さんの方を見やる。それを受けたかのように今度は井伏さんが口を開く。

「公国としてはほんとうは逃がすことには問題がある。だけど嫌疑不十分で釈放することについては仕方がない、ってことになると思う。なんにも無かったことにするのが一番都合がいいから……」

「まるで政治家のする決着みたいだ」俺は言った。

「そうだよ。将来、政治家やらざるを得ないんだよ。だいいちカモさん、婚姻を巡る大騒ぎだけが起こっても黒幕は無傷のままなんだぜ。バカげているとは思わないか?」と王子。

「俺の証言で描いた〝誘拐事件の犯人の似顔絵〟はどうなるんだあれは? 桃山さんが『誘拐されてない』って言い続けるだけで済むのか?」

「犯人グループの女リーダーの顔についてはカモさんの証言による似顔絵が根拠ですから、印象が違っていたとかなんとかでごまかせると思いますが——」王子が言った。

 マイ・ガッ! 俺の証言に基づく似顔絵けっこうナキさんに似ていたのに!


「——まあカモさんのために私ができるのはこれくらいだし——」

「え?」「あ?」「なに?」「気づいてない?」

「『なんかしてもらった』ってのはナキさんの亡命の件?」

「まさか。だいいち日本における『住』まで用意できるわけないだろ」

 そりゃそうだよな。

「とーこさんだよ、彼女の性格のミステリアス性が一端だけどこの私のトークによって分かっただろ? きっかけ作りさ。そしてカモさんの『不良だろ発言』が来るわけだ」


 確かに言ってたよな本人に面と向かって。

 『いったいあなたという人間はどういうキャラクターなんです?』って。俺が同じ事を言ったらほとんど暴言だよ。これが悪名高き〝ただしイケメンに限る〟系か?


「まあ、な……」としか言えない。

「いったん好きになると美化してしまう。美化できなくても好きなままかどうかってすごく重要だろ? 私なんてその段階は余裕でクリアしてるしな!」


 げ、それクリアしなくちゃいけないの? 俺はなんと言ったらいいのか〝昔に戻ってくれないかな〟なんて思っちゃってるんだけど。


「で、どうなんだよ? カモさん」

「もちろん気持ちは変わらない!」というか変わりたくない!

「良かった。その点私と同じだぜ」

「いまのお話しどういう意味ですっ⁉」と井伏さんが突っ込む。

「ところで」と俺はこの話しの流れの腰を折る。好きだとかなんだとか、そんな話しをこれ以上とか、冗談じゃない。

「桃山さんはどうしてナキさんに惹かれたんだろうな?」俺は話しを逸らした。しかし実際これについては他人がどう考えるかも端的に興味があった。

「本人が言っていたことが全てじゃないか。敵を造れる人間だから、だろう?」王子はよどみなく答えた。

「じゃなくて王子の考えだよ」

「ほう、私の考えか?」

 妙なポーズはとらなくていいから。

「敵がいると必然的に『敵と戦う』になる。戦ってる人間って傍目から見たらカッコイイよね」王子は言った。

「あなたはなにを言ってるんですか! カモさん、この人の言ってることはまともに受け取らないでください。わたしはカモさんは素晴らしいと思いますよ」と井伏さん。


 どうやら俺も『敵を造らないタイプ』と思われているようだ。


「ミーティー、こっちはそんなに誉めてもらったこと無いんだけどな」

「それよりこれからの打ち合わせはどうしたんです?」と切り返されていた。

「そうだった。具体的にどんな支援物資を送ったらいいとか詰めるところがあるからね。女性の服とかも分からないし」王子がさっそく切り替えた。

「そんなことに王子が直接関わるのか?」俺が訊く。

「関わる。ヤツの日本での様子も見ておきたいし」と王子。

「わっ、わたしも物だけ送って知らない顔はできないし」と井伏さん。

「ということはこれからも『ふたりでいっしょに来る』っていう意味になるけど、結局婚約の件はどうなっちゃうの?」俺は訊く。


 ————微妙な空気感に包まれていた。なにか訊いちゃいけないこと訊いちゃった?


「分からなくなりました」と井伏さん。「——最初は嫌で嫌で仕方なかったのに、いまは嫌なのかどうなのかが分からなくなってしまいました」

「まじっ⁉」王子が歓喜の声を上げている。

「その感覚は外れてないと思いますよ」俺は井伏さんに言った。

「カモさんもとーこさんの言う『物語』の話しをするんですか?」と井伏さん。少し不満げな顔。最初仲が悪くてだんだんと好きになっていくっていうアレだ。


「いえ、王子はあなたのことを『王女さま』と呼んでいるけれど実は『公女さま』ですよね?」

 井伏さんは少しだけ驚いたような顔をした。

「いつ気づいたんです?」

「『大公様』と聞いてからです。そしてもう一つ。あのナキさんも王子の前では『王女さま』と呼んでました。『王子』と対になることばは『王女』ですね? もしかして約200年前、あまたの王国が合邦してひとつの国になる中、一国だけ独立国を選択したことと関係がありますか?」


「——そうです。独立国選択と引き替えに、『王国』を名乗れなくなりました。だから一段下がった名の『公国』です。わたしのことを『王女』と呼ぶのはこの国の人たちだけです。でも王子はわたしのことを敢えて『王女さま』って呼んでくれて対等に接してくれました。その後〝ミーティー〟になってしまったんですけど」

「それ、気づいていたんですか?」俺は訊いた。

「当たり前ですよ。これでもいちおう『公女様』なんですから」

 だから嫌々ながらもつき合ってきたんだろうか?

「いよっ! さすが外交官!」と王子のお囃し。

 うるせえ!

「——いやぁ今日は素晴らしい日だなぁ」と王子は大げさに両手を広げてみせる。

「勘違いしないでください。嫌かどうか分からなくなってるだけですから」と釘を刺されてしまう王子。

「でも前よりは印象は良くなったってことでしょ?」と王子。めげないヤツだ。

「えぇ、まあ」と意外(?)な井伏さんの返事。

「どうしてそうなったの?」と俺は問うてしまう。


「王子の友だちが——カモさんだからです。カモさんみたいな人が王子の友だちならひょっとしてわたしが良いところを見ていないか気づかないだけじゃないかって、急にそんな気がしてきてしまったんです」

「おおっ友よ。持つべき者は素晴らしき友人だなぁ」と言うや王子のヤツが抱きついてきやがった!

「止めおーっ離れろーっ」と叫ぶ俺。それを見て王女さまな笑いをする井伏さん。

「とーこさんとカモさんは本当にお似合いだと思います。二人にしか解らない文字でメッセージを伝えるなんて素適すぎます。わたしに協力できることがあったら力になりますよ。ひょっとしたらダブルデートなんてこともあるかもですよ」井伏さんのこの発言に、「ほんと? まじっ⁉」と再び王子が狂喜乱舞。

 何か突っ込みが入るかと思いきや今回はまるで無し。万が一それが実現してもそっちは美男美女のカップルで、こっちはそれと比較し凡人顔のカップルか。どんな×ゲームだよ。っていうかナキさん、なにか独り余っちゃってるし。どーすんだ⁉

「そうだ! もしカモさんがゴールインしたら私とミーティーに仲人やらせてくれ」王子が頓狂なことを言い出す。

「あっそれ良いかも」と井伏さんも同調する。異世界人が仲人をする結婚式ってどーいうやつだ。

「だったら逆に私達がもし結婚したら仲人はカモさんととーこさんにやってもらおうかな」

 王子何を言っている? だけど井伏さんの否定の突っ込みがまたまたなぜか入らない。ヲイヲイ、桃山さんと共に仲人をやらされちゃうのかよ。こっちの世界のエライ人たちがそんな仲人許さないだろ!


 しかし————


「——これで大団円?」俺は自問自答するように口にしていた。

 王子は意味ありげに笑い、

「語尾が少し上がったね? 疑問系だ」と言った。

「内通者は未だ正体不明のままって、言ったのは王子だろ」

「この雰囲気でそれを忘れてないとはカモさんも抜け目ない」


 王子と井伏さんの『日本行き』の情報を犯罪者グループに流した者は未だ正体不明のままだ。しかも二人の極々近くにいる。


「ことによると内通が繰り返されるかもな」王子がそう反応した。

「まさかまたこうした事件が起こるってのか?」俺は訊く。

「その正体、必ず突き止めてやる」

「突き止めた後どうするつもりだよ? そうしたら二度と事件は起こらなくなるのか?」

「さあね、カモさんならどうする?」

「〝どう使うか?〟って話しか?」

「逆スパイって事か。いいね!」

「よくはないだろ。俺はただ、ソイツを見つけたとしても『排除する権限』などあるのか? ってことを指摘しただけだ」

 王子はただニヤリとした笑顔をしたのみ。

「そうなるとあのコがまたなにか事件を起こしたりするの?」井伏さんが不安そうに口にする。

「同じ事件は起こらない。ナキたちが使った異世界へのトンネルの出入り口の場所は突き止められるから。ただ別の種類の事件も『起こらない』と思い込むのは危険だ。しかしナキについては分からない。裏切り者としてかつての仲間に狙われるのか、それとも——。ただウチの国の警察が二十四時間監視するだろうな。要注意人物として——」王子が言った。

「やっぱり〝要注意人物〟なんだな」

「そりゃそうさ」

「そうだな……」

「——ときにカモさん」と王子が話しを切り替えた。

「なんだよ」

「今回さ、誘拐されたのがとーこさんだったからカモさんは一生懸命いろいろやってたけど、じゃあ誘拐されたのが気に食わないヤツだったらどうする?」

「気に食わないヤツね……」

「もちろん今回同様日本人はカモさんしかいなかったらという同じ条件で」

「日本人が俺だけってことは、誘拐されたヤツも日本人って仮定だよな……?」

「そう」

 俺は考える。

「まぁ助けようとしないのも寝覚めが悪いから、なにかは努力するんだろうな……」

「ウン、本物だ」

「なにが?」

「外交官だよ。本物っぽいじゃないか。いっそのこと本物やれば?」

「またやるのか⁉」

「事件が起こればあるいは、ね」

 なにかの布石のつもりか?

「冗談じゃない。俺になにができる?」

「また協力するさ」王子が言った。

「恩を着せるような言い方してましたけど、カモさん達はわたし達に巻き込まれていることをお忘れなく」井伏さんが言った。

「もちろんそんなことなどしない。むしろ逆で恩に着るのはこっちの方だ」王子は言った。

「なんか、してあげたっけか?」俺は訊く。

「ナキの奴も言ってたじゃないか」

「え……?」

「ミーティーに言われるまでもなく、カモさん達にとって今回の事件は私たちに関わってしまったゆえに巻き込まれた事件だ。だけどカモさんはひと言も私たちに当たり散らすような真似はしなかった。それだけじゃない。動揺も激情も爆発させず考え続け考え続けて事件解決のための取り得る全ての手段を実行した」

「誉められるほどのもんじゃない」俺は言った。

「いや、分かりにくかったか。事件を解決したから誉めているんじゃない。今だから言えるけど実際とーこさんが殺害される可能性だってあったはずなのに」

「そこまで考えてたのか?」

「カモさんは考えてなかったのか?」

「考えてなかったと言えばウソになるけど……言いたくなかったんだろうな、そんなこと」

「でもこっちはそれでかなり救われてんだぜ」

「別にたいしたことじゃない」

 そう言ったのは桃山さんを事件に巻き込んだ自覚は俺にもあるからだ。

「たいしたモンか、たいしたモンじゃないのか、それを決めるのは自分じゃなくて他人なんだよ」と王子は言い、「これからも行くよ、日本に」と断言した。

「わたしもです」と井伏さんも続いた。そして「わたしも〝今だから言えること〟言っていいですか?」と来た。

 え? 井伏さんも?

「どうぞ」

「カモさんがわたしにつけてくれたあだ名は〝井伏さん〟ですよね。元々は〝イフェセ〟っていうことばからきていて、その意味は——」

「〝だいじょうぶ〟、でしたっけ?」

「なんで知ってるんです?」

「王子に教えてもらいました」

「まずいなぁ……」と言って頭を振る井伏さん。

「それがどうかしましたか?」

 井伏さんは顔を上げる。

「とーこさんが人質に取られている状態でわたしが〝大丈夫さん〟になってるのは、あまりに事をおちゃらかしているみたいで気が気じゃなくて」

「ああ〜、そういうことですか。あのあだ名は元々俺がその場の流れでつけちゃったものだから、別に気にしてないですよ」

「そうですか。ありがとうございますっ」

「それより二人はナキさんの事を今はどう思ってるの?」

「敢えて、口実と言っておこう」王子はにこりと笑って言った。

「口実?」

「私が意味もなくあのナキを助けるわけないじゃないか。だいいちカモさんが爵位の授与を断ったせいで私の国では私と直接会話できないからこちらから日本に行くしかない」

「わたしには王子のように上手い理由付けはありません。ナキさんは口実であることを否定できません」と井伏さん。

「分からない。日本に来たいならすぐに何度でも来れるじゃないか」

「確かに可能だ。でも君らとはつながれなくなるだろう?」王子が言った。

「『ら』、というのは桃山さんも含めてってことか?」

「ミーティーが含めると言うもので」


 俺の知らないところでこのふたり、何かを決めていたみたいだ。


 複雑だ。あぁ複雑だ。王子や井伏さんが来てくれなければ桃山さんに『またね』なんて言ってもらえる身分にはなれなかった。今は来てくれて良かった、ということなんだろうか。

 ——公国の空だけはどこまでも高く晴れ渡っている。


                                     

  附録 ポスター中に書かれたメッセージ。

『Koreha Rohmaji de Kakareteiru. Momoyamasan he. Kanarazu tasukeru. Kamosanya ha Kyuuden(Taikou taitei)ni iru. Renraku Hoshii. Houhou wa makaseru. Naki ni tsuite ha hairyo suru. Shinjite. Tatoeba tsutaetaikoto ga areba Kamihikouki ni moji wo kaite (Taikou taitei)ni tobashite.』

『これはローマ字で書かれている。桃山さんへ。必ず助ける。加茂三矢は宮殿(大公大邸)にいる。連絡欲しい。方法は任せる。ナキについては配慮する。信じて。例えば伝えたいことがあれば紙飛行機に文字を書いて(大公大邸)に飛ばして。』(原文 アルファベット筆記体で記述)

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