第29話【コンタクト!】

 再度西市街へ警官隊投入をお願いして四時間近くも経っただろうか? もう日曜二十二時近いはずだ。俺は自分の部屋に閉じこもり熱心に宿題を片付けていることにしてあるが、激しく時間に押されている。極めて個人的な事情の方もいよいよただ事ではなくなってくる。


『もしもし加茂くん?』


 唐突に来た。テーブルの上に置きっぱなしのカード型通信機から突然声がした。あの声。桃山さんの声だ! なぜだ⁉ 少し意外だ。犯人から連絡が来るであろうと思っていたから。


「俺が犯人に渡した通信機を使ってるってことは犯人の許可をもらってるってこと⁉」通信機に向かって一生懸命になっている俺の声。

『ナキちゃんだよ』

 なんで『ちゃん』付けなんだ!

「桃山さん、退学にならないように戻ってくる、って言ってたけど戻れる見込みはあるの? 明日月曜だけど」

『分からない』

「『分からない』? それって犯人に拘束され続けているってことだよね?」

『そう言えるような言えないような……』

「まさか桃山さんを人質にまだなにかの取り引きをしようとしてるのか?」


 『これに応ずるつもりはない』というあの警官の言ったこと、『我が国の婚姻政策について干渉はしないということだな?』というあの大公様の言ったことが嫌でも頭に浮かんでくる。

 俺に取り引きの余地など無い。カネも持ってないし材料が無い。


『ねぇ加茂くん、この後ナキちゃんはどうすればいいと思う?』と訊いてきた。

「普通に考えて『自首する』だろう。誰も殺してないし、たいした罪にはならな——」

『じゃ、またあとで連絡するね』と桃山さんは言って通信は一方的に切られてしまった。

「ちょっと待っ! もしもしっ! もしもしっ!」


「自首なんて論外なんだろうな」通信機の会話を聞いていた王子が言った。

「なぜ論外になる? 被害者は殺されていないんだからたいした罪にはならないだろう?」

 そうタカをくくっていたから俺はあのポスターのメッセージが書けたのだ。

「自首ってのは『悪いことをした』っていう自覚のある奴がするものだからな。こういうことをする手合いはたいてい『正義を実行した』としか考えない」王子はあっさり言った。

「それじゃあ説得は不可能ということになるが」

「自首を勧めるならそうだろう」

「逮捕はされるということで間違いはないんだよな?」

「逮捕されるだろう。人質にとったのが外国人とはいえ人質をとった上で王国を脅迫しているのだから。その点私の国だけでなくこの公国もまったく事情は同じだ」

「だけど『ナキちゃん』っていう人が公国や王国を脅迫した証拠はあるんでしょうか?」突如そう言ったのは井伏さんだった。

「本人はやってなくても犯行グループに属していたら同じだ。組織犯罪は役割を分担する。実行担当と脅迫担当は別人である可能性が高い。実行担当で日本にずっと貼り付いていた犯人の女が脅迫を両国政府宛に行った可能性は低くても当たり前だろう」王子が言った。

「もしもだよ、もしもだ、桃山さんが『自分は誘拐されていない』と主張したらどうなる?」俺は訊いた。

「つまりそうなると理屈の上ではこの犯……いやナキちゃんとかいう名前の彼女は逮捕されないってことだよね?」と井伏さん。

「しかし逮捕されないから安全というわけでもない。逮捕された方が安全かもしれない」と王子が言う。


 決めた。〝極めて不本意〟だが、これで行くしかない。

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