第28話【あの通信機】
今日のところの捜索は既に終了していると報告されてしまった。
「もう日没となれば大規模な捜索も一旦打ち切りやむなしか」そう言うしかない。日本の警察だって七、八時間で人は見つけられない。
「となるといよいよカモさんが犯人と直接交渉するしかないってわけだ」王子が言ってくれる。
「しかし紙ヒコーキだって何通も来ないだろうし、このメールだってたまたま臭いし——」
「ちょっと待った。なにを言ってるの?」王子が俺の話しの腰を折り訊いてきた。
「交渉する意志はあっても手段が無いって言ってんだ」俺は言った。
「え?」「はい?」「なに?」「なんだよ⁉」
「ちょっとふたりでなにやっているんですか⁉」井伏さんに叱られてしまう。
「いやカモさんが……」「俺がどうしたって?」
「手段ならカモさんが既に造っていただろ?」と言って王子はポケットからあのカードのような通信機を出してみせた。そうだよ。桃山さんの部屋で通信機投げてナキの奴に渡してたんだった! いやっでも。
「ちょっと待っててくれ!」俺は大慌てで暖炉の中に入り込む。
通信機はあの時着ていた制服ブレザーのポケットの中に入れっぱなしになっているはず!。
ただひとつ懸念がある。渡された通信機は二台。ひとつは王子から。もうひとつはあの背の高い警察官から——
渡したのはどっちだ? もし警察官から受け取った方の通信機を渡してしまっていたら……
確認せねば! 俺は大急ぎ、とんぼ返りでその通信機を持ってガレージのはしごを昇る。
ブレザーのポケットに入っていた通信機を王子に手渡すと、
「ああ、これは警視がカモさんに渡したものだ」と王子は確かに言った。警察から渡された方がここにあるということは、俺がナキに渡したのは王子から預かった方。なにかを考えてやってない。だがなんたる偶然! 奇跡! つまり王子の持っている通信機を使えば——
「これは通信の手段があるってことだよなっ!」俺はたぶん興奮気味に言った。が、
「別にどっちを渡しても通信は可能だったけど」
「そんなもん?」
「これは政府関係者が使う官給品で私が使っているのも警察が使っているのも同じだから」と拍子抜けするような返事が王子から戻ってきた。
「なんだよそれ」
「とは言え掛ける先の機器の個別ID再設定をしなくても済むから話しは早いよ。機体番号からID調べるのに面倒な手続きがいるし。まして誘拐犯に渡したやつのIDを知りたい、じゃ調べるのは難儀だろうし」
「つまりすぐに犯人や桃山さんと連絡がとれるんだな?」
「ただこれには使用した場所を客観的に記録に残すための座標記憶機能が組み込まれている。別宇宙でも対応しているほどさ。解析装置にかければたちまち居場所は分かってしまう。犯人にそういう危険を想像することができるならこの機械で通信などしないだろう」
これは騙してこの通信機を使わせれば居場所は特定できるという意味なのか?
「ちょっと試してみてくれないか」俺は言い、王子に通信機を使うよう促した。
王子は俺に頼まれるまま胸ポケットから通信機を取り出し操作を始める——
「ダメだ通じない」が答えだった。
ナキのやつなにかケースに入れてたがそのせいか? もし捨てられてしまっていたら百年目だが。
だけどメールは一度は通じたんだ。
「もう一度こっち側のメールでメッセージを送ってみる」俺はガラホを手に取りながら言った。
「文面は?」王子が訊いた。
「あの通信機を箱から出して使おう、だ」そう言いつつメッセージを打ち込み始める。
「通信機は犯人が持っていて桃山さんは持ってないんじゃなかったのか?」
「別に受け取るのが犯人でも使ってくれたら問題ない」俺は言い切った。
メッセージを書き終えるや俺は再び暖炉の中のはしごを降りる。ガレージの中に着いたらそのメールをすぐさま桃山さん宛に送信。
そしてとんぼ返りで戻る。はしごを昇ったり降りたりけっこう疲れる。
一度あったことなら二度目だってあるはずだ。
「後は連絡が入るのを待つだけだ」俺は再び俺からのメールを受信してくれることを期待する。通信機を丸テーブルの上に置き、ひたすら待機の構えをする。
王子も井伏さんも無言のまま椅子に座り通信機をただじっと見つめている。ただじっと、ただじっと。時間だけがどんどん刻まれていく。
しかしなにも来ない。向こうは再度メールが送られてくると考慮していないのか? それとも王国製の通信機を使うのにためらいがあるのか? それともガレージへ戻って携帯メール受信の操作をすれば既に何かが入ってるのか?」
そう思った俺はいても立ってもいられず、暖炉の中からガレージへ。
しかしなにも来ていなかった。大急ぎで再度はしごを昇り暖炉へ。
それとも犯人に期待することが根本的な間違いだというのか。
なんか俺にできることはないのか? なんにもないのか? カッコ良くヒロインを助けることなんてできないんだな。くそっイライラする。『無事、有事のごとく、有事、無事のごとし』なんて言っておきながら自分で平常心を失ってちゃしょうがない。
俺は遂に座っていられなくなった。立ち上がって歩いては止まり、止まっては座り込むを繰り返す。
「カモさん」井伏さんが言った、
「なにか?」
「外交官とは地道なお仕事です」
見透かされた?
「わたしは彼らの働きぶりを傍らで見たことがあります」
「そうか。王女さまですからね」
「ときにカモさんは外交官のお仕事はなにをすることだと思いますか?」
「外交でしょう」
「それは違います。外交は政治家のお仕事なんです」
「じゃ外交官ってなにするの?」
「協力してくれる人を増やすこと」
「そうか。確かに地道だな……」
「カモさんは既に協力してくれる人を増やしている」
「……それは、励ましてくれているのですか?」
「……そういう風に思ってくれた後こんなことを言いにくいのですけど、おかしな気を起こしかけていないよねって思って」
「そういう風に見えますか?」
「はい、犯人グループが集まっていそうなところにひとりで行っちゃったりとか……」
あれは別に桃山さんの家だったし……
「わたしがカモさんに『外交官になったらどうですか?』って言ったし、だから外交官のお仕事にこだわってくれたらなって————ごめんなさい。なに言っているのか分かんなくなっちゃって。この世界にとーこさんの国の外交官はカモさんひとりだけなんです。そのたったひとりが途中でいなくなっちゃうようなことしたら無責任ですっ」
井伏さんに叱られてしまった。
「ひとつ気になることがあるんだが」と、王子が唐突に口を開いた。
「どんなことだ?」
「誘拐犯ととーこさんがこちらに来てそれなりの時間が経っている。それはつまり犯人グループが〝日本〟を離れてからもそれなりの時間が経っていると言える」
「それで?」
「私達がこちらの世界に戻ってから後、脅迫・要求が来ただろうか?」王子は井伏さんに話しを振った。
「ミーティー、再び脅迫が来たっていう情報はミーティーのところに来る?」
「それは……わたしには隠し事するかも……っていうかあなたはどうなんです⁉」
「王国の方は無いよ。さっきトイレに立ったとき本国宛てに照会した。私達が日本へ行っている間は数度あったのに」
「照会ですか……」と言ったきり絶句してしまう井伏さん。
少なくとも王国の方は無いのか。考える。考えるしかない。こっちに来てから新たな脅迫が来ない。もはや脅迫の意図など無いのか……
「そういう状態だ。ならそろそろ決断の刻じゃないか?」王子が口を開いた。
「なにをどう決断する?」
「ミーティーが話してたヤツ、あのカモさんの推理を前提にする。前提にした上でこちらから動かなければもう事態は動かない」
「それは犯人も含めて『助けて欲しい』というメッセージが送られてきたという、アレか」
「私達がこっちに来てから犯人側から伝えて来たメッセージはふたつ。『西市街にいる』っていうやつと『西市街への警官隊の投入に感謝』っていうやつ」
「事件のキーワードは『西市街』ということだな」俺は言った。
「それもそうなんだけど私が引っかかるのは〝時系列〟なんだ」
「時系列って、時間順に起こった事を並べるというやつか」
「西市街へ警官隊を投入した後、感謝された。そういう順番だ」
「それ普通の流れじゃないか?」
「カモさんの装置宛てに知らせが届くためにはその〝順番〟が必要なんじゃないか?」
「あっ、そうかっ! 警官隊をもう一回あの街に投入したらまた日本に戻れるかも! そういうことだよなっ?」
「そう。その時点でカモさんが送った二度目のメッセージは向こうに通じるんじゃないか?」
「しかしなんで警官隊が来ると日本へ戻れるのか……」
パンッと王子が両手を鳴らした。
「分かったぞ! カモさん。異世界へのトンネルだ! その出入り口と関係がある!」王子が断言した。今俺も気づいたのに! そんな俺の内心などなんのその、王子が喋り続ける。
「ナキという犯人は実にカンが良い。警視たちが突入する前にすんでのところで逃げてしまったらしいからな。それに比べとーこさんの家に残された連中は憐れなものだ——」
俺は犯人連中の意識の温度差を思い浮かべる。
「——ナキだけがまんまと逃げおおせるという偶然。この結果を犯人グループは偶然では片づけなかった——その結果起こる仲間割れ」
俺はうなずく。
「とーこさんを連れたナキは大慌てで自分たち犯人グループが造ったトンネルを通り公国へと逃げ込んだ。だが問題が起こった。その出入り口を押さえられてしまった。押さえたのはかつての仲間。裏切り者を捕らえるにはその場所を押さえておけば間違いないという理屈で——。この不可解な『感謝メール』は犯人間に不信感が芽生え仲間割れしていると仮定する場合にすっきりと説明がつく。従前の推理は正しかったんだ!」
俺は王子の言うことの理解に手一杯になりなにかを言うどころじゃなくなってる。
「——つまり問題はその公国における出入り口の場所だ。その場所は確実にカモさんの家のガレージのような場所じゃない。警察が来るやその場を離れなければならない場所。つまり公共の場、しかも警官の目に付くような場所だ」王子はそう結論づけた。
方向性は決まった!
「井伏さん、警察の方々には夜になっているのに申し訳ありませんが、規模を縮小してでももう一度、再度西市街への警官隊の展開をお願いします」俺は頭を下げ言った。
かなり無茶言ってる自覚がある。ここの警察の皆さんには感謝状くらいは出さなければいけないだろうな。俺からもらっても嬉しくないだろうが。いっそのことその警官隊に桃山さんと犯人が確保されてくれたら手っ取り早いのだが。
そう思ったが心の中で首を振り思い直す。確保の過程で銃撃戦が始まってしまう。
「分かりました。わたし、お願いします」井伏さんは了承してくれた。
あの俺が投げた通信機を使うよう既にメールは送ってある。あとは待ち続けるしかない。
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