第6話【招かれざる美少年】

 夕食も終わり完全な日没後の完全な夜。未だ桃山さんからの電話など掛かっちゃこねぇ。俺が渋々宿題に取り組み片付けている最中に『ピン・ポン』と音がした。呼び鈴だった。

 誰だこんな夜に? 俺は心の中で思っただけで応対は母親に任せてしまった。だが直後、

「三矢ーっ、お友だちが見えているんだけど」と下から母親の声。

 小学生中学生じゃあるまいし家に上がろうとする友だちがいるか! と心の中でだけ悪態をついた後、(桃山さん?)と妙な確信を抱いてしまった。桃山さんは小学生の頃から知っているしなっ。


 淡い期待はあっさりと崩壊した。よくよく考えれば桃山さんは俺の家がどこだか知らん。やって来たのは全く非の打ち所がない顔をした人間だ。ただし野郎だった。『イケメン顔』と言うよりは『美少年顔』と言った方が表現として適当だ。もちろん俺にそのケは無いが。しかしいったい誰なんだ? こいつは。


 唐突にそいつは言う。

「あなたの お部屋で 話しが あります」


 まるで仮称井伏さんみたいな喋りだった。直感的に悟る。こいつは〝相手の男〟に違いない!

 それにしても妙な日本語を喋りやがる。とは言えやはり仮称井伏さん同様外見上日本人にしか見えない。外見上と言えばこいつの着ている服は俺の高校の制服に実に似ている。似ているが微妙に外してある。この類似品の服で母親が早合点して『お友だち』だと判断してしまったらしい。ご丁寧に手にしているスクバまでもどきだ。


 高校に入って一ヶ月。同学年のヤツの顔を全員暗記しているわけもねーが、こんなヤツがいないこと、は確実に言える。こんな妙な日本語を使うヤツはぜってーにいねー‼ だいいちこんな薄気味悪いヤツを家にあげたくねー‼


「俺の方には話しは無いんだが」

「あなたは きょう 不思議な 女に関わった」

 なんだこいつは? 全てを知っててここに来てる……のか?

「あなたが 関わった 女の正体 に興味はないか?」


 きったねー! つか、うめーっつか、人の興味と好奇心を巧みに刺激しやがる。確かに誰だか分からねー。桃山さんが仮称井伏さんからどれほど聞き出せるか分からねーし、分かったとしても俺に教えるかどうかも分からない。今ここでこいつを追い返したら今日のことは俺の人生の中で永遠の謎になっちまう。


「ちゃんとある程度の時間が来たら帰るんだろうな?」俺は念を押した。ヤツは言った。

「にほんご むつかしぃーねー」「ヲイ!」


 ともかく用事が済んだら帰るという言質だけはとった。俺は母親の勘違いを良いことにこいつを学校の友だちということにして部屋に上げた。宿題の最中だったがまぁいいか。俺の部屋にヤツを入れる。開口一番ヤツは言った。


「きのうは お庭で 失礼 しました」

 やはりこいつだったか! 俺は座ることも忘れてヤツの次の言葉を待った。だがヤツは意外な事を言う。「ジショ はありますか?」

「じしょ?」

「こくご じてん です」

 国語辞典に用があるらしい。「何に使う?」と俺が問うも、

「渡して くれれば 見て いれば分かります」と、説明を拒否られた。仕方ないので俺が本棚の方に歩を進め棚にある古い国語辞典に手を掛けるとヤツがごそごそ動き始めているのが気配で分かった。国語辞典を手に振り返ればヤツは持ち込んだもどきスクバの中からスチール製のように見える厚さ十センチほどの平たいケースを取り出すところだった。


「わざわざクッキーを持ってきたのか」俺は思わず言っていた。

 その形状は贈答品用のクッキーそのものだったから。ヤツはきょとんと俺の方を見ている。どうやら違ったらしい。つまらんことを言った。俺は「ほれ」と国語辞典を渡した。


 ヤツは平たいケースの上のふたをぱかりと開けた。開け方はまんまクッキーケースだった。中身はからっぽ。しかしやはりクッキーケースなんかじゃない。それは箱を形作る金属の厚さだ。ただのクッキーケースならその金属の厚さは1ミリもない。だがそれの厚さは5ミリほどありそうだった。それくらいの厚さになればこの金属の箱自体けっこうな重さになりそうだが、ヤツが持った感じそれほど重そうに見えない。得体の知れない物であるのは間違いない。


 ヤツはそのからっぽのケースの中に国語辞典を入れ、またふたをして閉めた。閉めるとほどなく〝パピィン〟と軽やかな音がする。


「なんだよこれ?」と俺が訊くとヤツに制された。それどころかヤツは次の注文を俺にする。それは実に変な注文だった。

「では 全てのおとを おんにして このハコに向かって しゃべって ください」


 一瞬コイツが何を言っているのか分からなかった。分かるまで少々の間を必要とした。


「『あいうえお』から喋ってけ、ってわけか?」俺がそう訊くと、

「おオぅ! あいうえお それです」などと抜かす。お前はどこの怪しい外人だ。俺はこのおかしなヤツの言うに応えてバカみたく五十音を喋っていた。


「あいうえおかきくけこさしすせそ……」から「は・を・ん」を経て濁音と続きようやく「ぱぴぷぺぽ」まで喋り終わった。あー疲れた。

「それ で ぜんぶ なのですか?」とヤツは疑問を持っているというあからさまな態度で念を押してくる。

「ああ全部だ……」と言いかけ、小さい字『ゃ・ゅ・ょ』を忘れているのに気が付いた。

「きゃ・きゅ……」からまた始めた。知っててわざとやらせているんじゃねーのか!

「……ぴゅ・ぴょ!」今度こそ終わった。俺に小学校一年みたいなことやらせやがって!

「いったいこの無意味そうな行動になんの意味が……」と俺が問いかけた時、

「まだ まてください」

 何なんだ、何様だ! キサマはっ。俺は思わず時計を見る。時刻が記憶に刻まれる。

 〝ポピィン〟、先ほどとは多少音色の違う間の抜けた音がした。さっきからもう八分も経っていた。ヤツはケースのふたを開けると国語辞典を取りだし俺に渡す。俺は無言でそれを受け取りつつヤツの行動をただじっと見ていた。


 ヤツはもどきスクバの中からまたしても何かを取り出す。それは筆箱のようなもの。そして中を開けた。出してきたものはピンセットと綿棒のようなもの。

 次にヤツはクッキーケースの内側壁面に仕組まれていた隠しふたのようなものを開けピンセットを手に取る。その隠された極めて厚さのないスペースの中からピンセットでさらに極小の何かをつまみ出す。実に慎重な仕草で見ている俺も息を吞む。

 よくよく見ればピンセットの先端はゴムの皮膜のようなもので覆われている。ピンセットでつまんでいるナニカを静かに綿棒のようなものの先端に近づけ、ピンセットを放す。綿棒の先端には一点の黒点。今ここでくしゃみでもしようものならどこかに吹き飛んで消えてしまいそうなものだ。

 ヤツは次に有り得ない行動に打って出た。その綿棒をヤツ自身の鼻の穴にズボリと入れてしまったのだ。しかも入れたままにしている!


 そいつは、かなり間の抜けた光景で、鼻の穴から棒がにゅーっと突き出たままだ。非の打ち所がない顔をしてるのだが台無しもいいところだ。本当ならここは大爆笑するところなのだろう。ただ俺は笑えなかった。ヤツの奇妙な行動をただじっと見ているだけ。


「来た。もう良いだろう」鼻づまり声なヤツの声が俺の耳に届く。ヤツは綿棒を鼻の穴から抜いた。俺は即座に言っていた。

「オイ、それ! 俺の家に捨てていくなよ!」

 ヤツはクスリと笑い綿棒を左手に持ったまま、

「了解、了解だ」と言った。

 即座に感じる違和感。滑らかすぎる。ことばが滑らかすぎる。

「急に……日本語が上手くなったか?」俺が問う。

「もう分かりましたか」と返事が戻る。

 ヤツは律儀にも綿棒を筆箱のようなケースの中に戻す。意外に礼儀正しいのか?

「では話しの前に自己紹介から始めましょうか。私の名前は————」と少し間を置き、

「アルオルートペラリッテンクレスタニュルラモネドバレトングリンラインクラウリーク—」

「オイ! ちょっと待て」

「自己紹介の途中なのですが」

「そんなバカみたいな名前が覚えられるか! だいたいなんて呼べば良いんだよ!」

「あと少し、最後の文字を言う前に割り込むとは」

「じゃあどうぞ」

「〝王子〟と続きます。アルオルートペラリッテンクレスタニュルラモネドバレトングリンラインクラウリーク王子です」

「は?」

「ですから王子です。私のことは〝王子〟と呼んでください」

「どこの国の王子だ⁉」

「グレイドレンランセスタウェルリントンスラッテレンユーライテッドヨードレンダム王国です」

「……」

「ご理解いただけましたか? 王子ですよ」

「バッカも休み休み言え! お前は俺より目上の者か⁉ どうせストーカー王子とかそんな王子だろうが!」

「ストーカー? 何です?それは」

「オイ王子よ、ストーカーも知らないのか? 知らないフリをしているのか?」

「申し訳ない。あの国語辞典にそんな語彙が載っていないものでね。少し辞書が古いのでは? と言うか早速〝王子〟と呼んでくれたことにお礼を言いましょう。ありがとう」

 くっ、思わず乗せられて……。と思ったところで今のひと言でひとつの謎が解けていた。

「じゃ、さっき辞書を箱の中に入れてたり俺に五十音を喋らせたのは……」

「ご明察。とは言ってもたいていの人には分かるだろうけど、この言語をより完璧なものに仕上げさせてもらいました。まずは会話を万全にしないと意思の疎通に困りますから」

「つまり……やはり日本人じゃない?」

「ははっ、もし私が君の国の人間だったらアルオルートペラリッテンクレスタニュルラモネドバレトングリンラインクラウリークなどという名前を名乗るだろうか?」

 いや、俺をバカにしてふざけた名前を言った可能性はあるがな。しかし何気にさっきと違ってたりしないだろうな?

「たったあれだけで外国語を自在に喋れるようになったというわけか?」

「はい」

 間違いない。こいつはこの俺たちの世界の人間じゃない。こんな装置俺らは持ってない。

「その機械、もしも俺に貸してくれたなら俺でも英語を喋れるか?」

「えーご? 流ちょうとまではいかなくても意思の疎通は確実にできます」

「ホントか!」

「ただし、あなたがいまやってくれたようなデータの量を増やさないとですよ。と言うのも英語の文字であるアルファベットというやつは同じ文字でもその前後の文字のつながりで幾通りもの音で表現されてしまいます。その点日本語は簡単なんですよ。一文字一音で不変ですから。同じ文字でも場合場合で発する音が違うということはありませんから。『あ』という文字はどういう単語や文節の中に組み込まれようとその音は〝あ〟以外にはないのでね、この機械と相性がいいんです」

 すげぇ。日本語が完璧にカタコトじゃなくなってる! 『「にほんご むつかしぃーねー」』は嘘って事じゃねーか。それに〝英語〟についても確実になんらかの情報を持ってる。

「その機械、普通に買えるのか?」

「買える。ただしあなたには買えない。私たちの国のお金を持っていないから」

 こいつらにはJPY(日本円)も無価値というわけかっ。

「いま英語を知っていると言ったよな?」

「私は意外にベテランの旅行者なんですよ。ベテランの旅行者は博識でもある」

「意味が分からん」

「この世界の様々な国の比較ができるということです。だから我々の旅行先としては日本は行きやすい国になる」

 既に訪日外国人観光客年間二千万人を優に超え政府は調子に乗り四千万だ六千万だと曰っているが————。

「お前みたいのが何気にその辺をうろついているのか?」

「〝お前〟じゃなくて〝王子〟にして欲しいんだけどな」

「分かったよ王子みたいの……」

「少し待った」

「なんだよっ」

「私は君のことを〝君〟や〝あなた〟としか呼べていないのだが」

「『かも・さんや』だ」

「ではカモさん」

「オイ」

「では別に呼ばれたい呼び方があるとか」

「いや……思いつかねー」だいたい下の『さん』は三矢の『さん』なのか、人名の下につける敬称の類の『さん』なのか?

「ところでさっきの俺の質問はどうした?」

「基本的にうろついていない。私の国からこの世界へ旅行に来る者はほとんどいない」

 う、こいつ、くだらねー方向に話しが流れていたのに覚えてやがった。

「なぜわざわざこんなところに来た?」

「余人が来ないような行けないような場所への旅行へエスコート。女の子の尊敬を勝ち取れるとは思わないかい?」

 そう言やこいつは俺の家の庭で男女間のいさかいを起こしていたんだった。

「残念ながら尊敬が得られるどころか見ず知らずの俺に助けを求めて来たわけなんだが」

「そのようだね。あのコと気が合うかどうか試してみたんだけど……」

「オイ! ちょっと待て!」

「なんでしょう?」

「お前、じゃなかった。王子の言っていることはおかしい」

「どの辺が?」

「気が合ったからデートを経てしかも旅行にまでこぎ着けたんだろ? 気が合うかどうか試すためにいきなり旅行に出かけるヤツがあるか!」

 王子は何を言われたのか分からんといったぽかんとした顔をしていたが、じき合点がいったらしくニッコリ笑いながら、

「彼女は恋人じゃない。婚約者だ」と曰った。

「結婚するのに恋人じゃない人間を選ぶかっ」俺は突っ込む。

「政略結婚ですよ」

「え? せいりゃく」

「そう。国境を越えた、ね」

 ってことは、ってことはまさか、まさか。

「本物の王子なのか?」

「本物じゃなかったらどんな王子を想像していたんです?」

 いや、〝自称王子〟を想像していたのだが……。ストーカー王子とか……。

「ってことは仮称井伏さんは王女さまなのか?」

 そういうことならどうりで気品というか漂う気配が普通じゃねーはずだ。

「いふせさん?」

「違った。イフェセさんだ」

「『イフェセ』というのは『だいじょうぶ』という意味だが……」

「……」

「ミラティノナジェラルディングエルトクルリントミラニファンニゲルリッテマリングナー」

「まさか」

「カモさんの言う〝イフェセさん〟の本名だよ。彼女はモローネルートライカルテフォルトーランスレーネムシュネフリューレルイスサエス公国の王女だ」

「……どうしてお前、じゃなかった王子のトコの名前はこうなのか……」

「まあ単に『王国』と『公国』と言ってくれればいいですよ」

 ここで王子の顔が急に真面目くさったような顔に変わった。

「で、ここからが本題です。ミーティーは今どこにいますか?」

「みーてぃー?」

「彼女のあだ名です。私がつけた」

 相手はそう呼ばれることに同意しているのだろうか?

「どーでもいいが『どこにいるか』なんて言ってそういうのを訊きだそうとすると〝ストーカー〟と、ここでは呼ばれる」

「おい、カモさんよ——」

 はぁ?(軽く怒)呼ばれ方、別のものにしておいた方が良かったよなぁ。という俺の心の内など王子に聞こえるはずもなく、

「私を見くびってはならない」などと言い出す。

「と、言うとなんだ?」

「カモさんが関わっていることを見抜いてこの家に直接来たのですよ」

「見抜いた?」

「とぼけるのは良くありません。あなたがいろいろ画策していたことは知ってます」

「……なんのために俺の家に……来た?」

「来たおかげで日本語ペラペラでぇす」

「……」

「というのは冗談で、私が行って彼女の家に上げてくれると思いますか?」

「彼女の家ってどこ?」

「またまた、あなたのガールフレンド。もしかして恋人の家です」

「オイオイオイオイ」

「オイの数多いですねぇ」

「っていうか俺に何をやらせようってんだ?」

「案内をしていただきたいのです。信頼されている人の紹介も無しに女性の家には上がれないでしょう?」

 コイツどこまで知ってる⁉

「いいですか? 私からみても彼女は外国の王女です。婚約者と言えどもです。そしてこの旅はお忍びなのです。彼女が行方不明になってしまったら大問題となってしまいます。居場所を特定し元の国まで責任を持って送り届けなきゃならないのです。それは私の最低限の義務というものです」


 なるほど、もっともらしい。この場合王女だけが行方不明になって王子だけが帰ってきましたでは王子の立場というものが無くなる。何しろ外国の王女さまだからな。とは言え口実という可能性は依然残る。下手をすれば桃山さんのところにおかしな男を案内してしまうことになる……。こいつの口車に乗せられていいのかどうか。


 俺は黙り続けていた。王子はしびれを切らしたかのように言い切った。

「あなたの彼女は信用できる人間ですか?」

 俺はムッときた。桃山さんに限って。なんということを言うのだ!

「できる」俺は言い切った。昔から面倒見が良くて女子から頼りにされていた女子の中の女子なのだ。まぁ今も変わっていないだろうというのは推測だけどな。でも〝彼女〟じゃねぇぞ。さてはコイツの言いたいことって『王女が桃山さんに騙されている』ってことなのか?

「ちょっといいか?」

「はぁい?」

「どっちがたらし込まれてるか分からないぞ」

「たらし込む——」

「えぇと何と言ったらいいか……」

「いえ、分かります。こちらのことばは辞書に載っていたようですね。でもたらし込むんだったら男をたらし込んだ方が確実じゃないですか? つまりあなたです。なにしろあの容姿ですよ」

 う、確かに俺は拒否られた。しかしなんて言い草だ。

「いや待て! 今の世の中、女が女をたらしこんでも不思議はない。現に桃山さんは凄く楽しそうにそっちの彼女と歩いていたんだぞ」

「まぁ確かにミーティーはみんなに好かれてしまうからなぁ」と王子は言った。なんで受身形になるんだよ⁉ こっちの桃山さんこそ好かれているんだぞ。

 王子はにっこり微笑んでいる。なんだその不気味な笑みは。とその瞬間王子が口を開く。

「『モモヤマさん』というのですか」

 しまった!

「安心してください。ちょっとびっくりさせただけで〜す。家に表札付いてましたからそこまでは知ってます」

 既に場所まで突き止めてやがる! こいつにはストーカーの素質があるんじゃねーのか?

「っていうか話しを元に戻すっっ! だいたいおかしーじゃねーか! 並の男が美人と歩けりゃ楽しいだろうが、並の女が美人と歩いたって却って不愉快になるだけだろーが。俺はこの不自然さについて言ってんだ」

 少なくとも俺的に桃山さんは並以上だと思っているが敢えて並にしておく。

「しかしミーティーは同性にも非常に好かれている」

「不合理だ。あの手の顔は同性に妬まれる顔だ」

「とは言っても現実なのですが」

「分からん」

「では言いましょう。あの顔・容姿でもそれを鼻に掛けることもなく、また相手の顔で態度を変えることもない。それに少しの会話で分かったかどうかといったところでしょうが彼女の喋りには気品がありそれでいて不思議なことに嫌味を感じないんだ。王女さまという高飛車さはなくむしろ希なほどに高貴なお嬢さま的だ。おまけに男が少し苦手なんだ」


 なるほど、最後の『男が少し苦手』については同意だ。同性に好かれる秘訣はここかね?


「そっれにしてもずいぶん誉めたもんだな。そーゆーのを『ぞっこん』って言うんだろうなぁ」と俺が言うと、

「な、なにを言ってるんだ。私だってこういう顔をしていたって鼻に掛けることもないぞ」などと王子から戻ってきた。興ざめだな。


 この王子とやら、王女が自分の意志で桃山さんと行動を共にしているとは認めたくはないらしい。あるべき解釈はその逆。桃山さんに王女が引きずられていると思い込みたいようだな。気持ちだけは分からんでもないが。


「ともかく時計を見ろ。同じような機械はそっちの世界にもあるだろ。既に二十一時少し前、こんな遅い時間に桃山さんの家に行けるわけがない」こう言い、さらにダメ押しした。

「今日のところは諦めろ」そう言った。

 俺は内心、『今日はここに泊まらせてくれ』などとコイツに言われるのではないかとヒヤヒヤびくびくもんだったが、どうやら俺の家から帰ってくれるらしい。いや『らしい』じゃなく確実に帰るとのことだった。約束は守るんだな。それで俺は安心してしまったのかフイにつまらない興味に取り憑かれ王子の帰りしなヤツに訊いてしまっていた。


「今日はどこへ?」と。

「来たところへ帰るだけさ」

「どっから来たんだよ」

「暗い暗い部屋の中からさ」

 ……俺はコイツを桃山さんの家に案内して良いかどうか躊躇する。『ストーカー王子』っていう俺の直感、案外正解じゃね?

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