第15話【桃山さんってどういうキャラなの?】

 桃山宅を俺は出た。外はまだ明るいが既に十八時近くだ。俺は家に向かって歩き始め、考えながら歩き続ける。人間は嘘をつく。口から出たことばは全て真実とは限らない。


 『すぐにここを出る』。こいつは嘘だ。出る理由が無い。なにしろここの国(日本)の警察は奴らを逮捕などしに来ないんだからな。戻るよりここにいる方が安全なんだからな。


 その角を曲がればすぐに野宮此之公園、といった近くの路上に王子が独りでいた。まさか待ち続けていたのか?

「お手柄、お手柄」王子は言った。

「なにがお手柄なんだ?」俺は言った。

「通信機ですよ。一台渡しちゃったでしょう?」

「あっ返してもらってない」

「いいんです。それで。通信機をカモさんの方から渡したことで犯人たちはカモさんを信じてしまったんじゃないですか? 実はもう一台持っていたのに」

「……いや、そんなこと考えていなかったぞ——」


 妙な胸騒ぎがする。

「——なあ、これって結局騙したことになるのか?」

「なるでしょう」あっさりと王子は言った。そして続けてこう訊いてきた。

「ところで、『とーこさん』はどうでした?」

「とーこさん?」

「あぁ、ミーティーがそう呼んでいるから。桃山さんのことです」

「どう、と……言われても」

「どういうことだい? カモさん」と、再度妙な訊き方を王子がしてくる。

「どういうことってどういうことだよ」俺はそう返してしまう。王子はなにかを考え始めたのか、一転無言に。俺も同じように無言に。

 王子がやおら、口を開く。


「『とーこさん』ってどういうキャラなの?」

 どういう振りだこれは? ここで俺が持ってしまった桃山さんの印象をコイツに語ってよいか?

「知らん」、と言うしかなかった。あの小六の七月の話しなど他人にしたくもない。

「知らない?」


 この会話の意味はなんだ?


「なんかさ、とーこさん、平気すぎるような気がする」唐突に王子が言った。


 そうか。通信機を通して桃山さんの口にしたことは全て筒抜けか。どう切り返したらいいものか、一考も二考も要するようなことを訊いてくれる。


「それは……肝が据わっているというか、現場が自宅だからというか」と俺はコイツからしたら意味不明に分類されるであろう返答をしていた。

 そんな俺の内心を見透かしたか、王子がとんでもないことを言った。

「取りようによっては進んで犯人に協力してるようだ」


 やっぱりそう聞こえたか。だが俺は安易に流されるまま納得するわけにはいかん。それはこの三人にとって桃山さんが〝敵〟であることが確定してしまうという意味になるからだ。


「聞こえようが聞こえまいがあの場合犯人の言うことに逆らえないだろうよ」俺は言った。

「そりゃまあそうなんだけど、実際のところどうなのかなって。カモさんが一番彼女の性格を知っているだろうし」


 これはプロファイリングか? 俺は王子のことをなんとはなしに味方のような気がしていた。しかし当の桃山さん本人が犯人逃亡に協力するかのようなことを言っていたのを確実に聞いていたであろう今となっては、な……


「本当のところどういう性格かはつき合ってみないと分からないからな」そう言って俺はお茶を濁す。

「そんなもん?」王子は訊いた。

 そうとも。俺は桃山さんとつき合いたいと思ってるだけ、だ。これは真実の事であり決して桃山さんのために虚偽を口にしているわけではない!


「やっぱりカモさんは面白い人だな」

「面白がってる場合か!」

 人の気も知らないで、な。

「ごめんごめん。だけどあまりにズバリだから」


 桃山さんがどういうキャラかなんて知りたいのはこっちだよ! もちろん小学生じゃない今の桃山さんだ。桃山さんのところの母娘関係とかどうなってるんだろうとも思うし……。俺は今の事は何も知らん!


「——ところでカモさん、私とミーティーのことなにか言った?」

 訊くことがことごとく嫌なことばかりだな、と思ったがどうせあの会話は通信機で筒抜けている。不自然にダンマリを決め込むこともできない。


「あまりうまくいっていないようだ、と言ったけどな」

「それは私とミーティーの結婚が無理という意味?」そう王子は問い詰めてくる。

「ああでも言わないとあの場はマズイだろう?」そう言うしかなかった。

「いや、それでいい」王子はにやりと笑い言った。いいのか? それで。

「人というものは信じたい情報しか信じない。聞きたい話ししか聞かない」と続けた。


 いや……信じたい情報もなにも俺にはそうとしか見えなかったのだが……


「だけど桃山さんはいつまでああやっているんだ?」誰に問うているのか分からないことを俺は口にしていた。

「それこそカモさんにも分からないことを私に分かるわけがない。ただ、とーこさんを向こうの世界に連れて行ってしまったらしょせんどこの誰だか分からない異世界の人間さ。そんな人が人質になるだろうか?」


 それじゃあ犯人どもが『このまま居座り続ける』ってことじゃないか。この事件、目鼻立ちがつかないぞ。落としどころはどこになる?


「確かに理屈の上じゃあそうなるが……しかし王女視点では依然人質のはずだ」俺は〝人質〟を強調する。

「確かに王女だけの視点ではね……」


 そうだ。王女——


「時に王女と言えば、『天から石が驚くほどの速さで落ちてくる……のです』って——あれは?」俺は王子に訊いた。

「あぁ、あれ。そう、気になってたんだよ。なんでカモさんがそんなこと知ってたの?」王子が珍しく真顔で尋ねてくる。

「最初に王女と会ったとき、このフレーズ? を言っていてさ、ま、『そのうち罰が当たるぞ』って意味にしか聞こえないんで犯人に言ってみたんだ。それを言った途端に反応が変わったような感じがするんだよな」

「思いもかけず……効果的でしたね」

「そう言や異教徒がどうとか……」

「あれは宗教上の常套句さ。『神の御加護を』といった程度の意味ってことになっている」

「どうしてあれがそういう意味になる?」

「まあ真の意味はこういうことだとされている。つまり『正しくない信仰心を持っていれば石はあなたそのものに向かって落ちてくるだろう。だが正しき信仰心を持っていれば石はあなたの周りの敵に向かって落ちあなたを護るだろう』、とね」

「あのさ、どう見ても王女の信仰はこっちというか、俺と同じじゃないよな?」


 〝正しい信仰心〟も何も宗教自体が元々違ってるんだ。


「そりゃ互いに異世界人だからな信じるものは別々だろう」王子も同じようなことを考えていたらしい。

「ということは王女は石は俺に向かって落ちてくると言いたかったのか?」

「まさか。王女はそういう意味を込めてそのことばを絶対に言わない。言ったということはむしろその逆——そうだ、王女がその常套句を言ったときどういう仕草だった? 両掌をこう組んで言っていただろ?」

 王子は俺の目の前で指を組み交差させ両掌を合わせてみせた。

「なぜ分かった?」

「やっぱりだな。じゃ石はカモさんの頭の上には落ちてこないっていう意味だ」王子はなぜかぶっきらぼうに言った。

「つまりこういうことか? わざわざ王女がそのフレーズを言ってくれたってことは『両掌を組んでくれた』と、そう犯人達に思われた、ということか?」

「そうだ」

「これって一般的なフレーズなのか?」

「公国の連中ならお馴染みだ。かの国の国教だからね」王子は『なら』を強調した。

「すると王子にはお馴染みじゃない?」

「宗派が違うからね。だが知識としてなら知っている」

「つまり俺は公国の人間に近いと思われた?」

「もっと具体的に言うなら王女からのメッセージを託された人物だと勘違いされた可能性が高い。異教徒が口にするはずのない題目を日本語に訳して言ったのだから」

「そうか。そういうことか——」


「——なあ王子」

「なんだい改まって」

「王国と公国ってどういう関係なんだ? なんで政略結婚が必要なんだ? それに反対するあまり犯罪に走る連中がいるのはなぜなんだ?」

「ようやく訊いてくれたんだな」

「いまごろ関心が出てきちゃったからな」案外そこいら辺りに桃山さんを取り戻すヒントがあるような気がしてきた。

「そうだろうな。どこの国だか分からない国同士の外交関係と国内事情なんてどうでもいいことだからな」

「今はどうでもよくないんだ! 教えてくれないか」

「少し、話しが長くなるな。地図帳が要るんだ」

「俺が王子の世界の地図を持っているわけないだろう」

「違うよ。カモさんの世界の地図だ。持っているよね?」

「なんのためにそんなものが要る?」

「説明が短くなるから」

「わけが分からない」

「その前にさぁなんか食べさせてくれないか。詳しくはその後ってことで」


 食べる? いっしょにか? つまりそれは……


「桃山さんがあんな調子だけど、まだ見限らずにいてくれるのか?」俺は訊いた。

「今回の事件は会うはずの無い人間同士が会ったことから始まっている。つまり原因はこの私。この事件が解決するまで見限る資格など私には無い!」


 桃山さんのあの言動を聞いた後でさえこう言ってくれるってのがちょっとした感動シチュじゃないか。

 ただ王子のくせに『ご飯を食べさせてくれ』は、多少図々しいけどな。でもまあいい。さっきのあのことばこそが俺にとって重要だ。当分膠着状態が続くだろうからまずは体力だ!

 俺は承諾の意を示した。とは言え夕食にカップラーメンじゃ怒るだろうなきっと。




 家に戻ってびっくり。仮称井伏さんが一人、俺の部屋にいる。

「なんでひとりでいるの?」と俺が訊く。

「それは他の人たちがいなくなるからです」と微妙に外した答えが返ってくる。


 〝他の人〟と言っても他の人は王子とあの警察官しかいない。あの警察官、とことん要人を放り出してるが、いったいどこへ消えた?


「食事はどーしたの? ミーティー。お腹が空いちゃっているんだろうから公国の方へ食べに戻ればって言ったのに」と王子が言う。

「一人で帰っちゃったりしていたら『わたしが無責任』ってことになるじゃないですか。たった今もとーこさんがどうなっているかも気になるし。だからせめて誰か来るまでは、って待っていたんです」

 女の子が見ず知らずの男の部屋に一人でいるなんて、俺が言っちゃ終いだが不用心もいいところだ。これも育ちのせいか。

「あの警察の人はどうしたの?」俺は気になっていたことを念のため訊いてみる。

「王子と同じことを言われました。『公国に戻ってください』って言ってどこかに行ってしまいました」

「行き先も告げずに?」再び俺は訊いた。仮称井伏さんはチラと王子の方を見て、

「王国の王子でさえこの扱いです。外国人であるわたしなんてなおさらなんでしょう」と言った。とここで、〝ぐーっ〟とお腹の音がした。どうも音の方向からして仮称井伏さんの方から聞こえたような気が……

「ときにミーティー、もう私たちが来たから食事に行ってもいいんじゃないか?」

「しっ、失礼ですよ、食事の話しなんて!」

「えっ? そう?」

「お腹の音がした途端に食事の話しをするなんて!」

「いえ、王女、食事の後に王国と公国の話しを聞くことになっているのでなるべく早く済まそうってことです」助け船を出す義理も無いがとにかく俺は出した。

「そうそう。そういうことだから。じゃあカモさん行こうか」王子は言った。

「行くってどこへです? 食事を採りに行くんでしょう?」仮称井伏さんが詰問調に問うた。

「この後カモさんと食事をお相伴にあずかるもので」

「どうしてあなたがカモさんの家で食べられるんですか?」

「ハハっ。友だからだ」王子は断言した。よくもまあ恥ずかしげもなく。

「あっ! 公国と王国の話しをするって言っていましたよね。わたしのいないところでデタラメな事情を話すつもりじゃないでしょうね?」と、仮称井伏さんは言った。そして俺の方を向いて、

「カモさん。たいへんに厚かましいのですが、カモさんの家で食事、わたしもいっしょじゃだめでしょうか?」などと言う。


 いつもの夕食の食卓は二人前。今日はその倍の四人前。あるだろうか? レトルト食品ならギリギリセーフだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る