第4話【桃山さん、桃山さん、桃山さんっ! 気分だけ小学校時代!】
改めて思うしかない。小学校の時同じクラスで高校の時再び同じクラスになるというのはちょっとした、いや、かなりのキセキではないだろうか。桃山さんは中学は教育大学付属中へ行ったはずなのでその時俺は今生の別れと思いすっかり諦めていた。なのにこんな高校でなんという再会!
おっと、〝こんな高校〟などと思わず思ってしまった。
もちろん俺は贅沢を言える身分ではない。しかし入学時、正直なところこの高校に対する愛校心については怪しいものがあった。しかし今はもうそんなもんどっかに吹き飛んでいる。
俺はこのクラスに来たとき別の意味でも衝撃を受けた。小学校の時と高校生の時との違いに。小学生の時の面影はもちろん残っているがそういう面影を残しながら高校生は違う。昔を知っているから分かる感覚。これが〝成長〟なのか。高校生になってからの初見の女子には決して感じない特殊な感慨のようなものというのが確かにある。
俺は勝手に〝運命〟を感じていた。何しろ小学生の時の同級生だということはすぐに分かった。俺は贅沢は言わんし言えない人間なので女子については普通ならなんでも好いところがある。桃山さんは『普通にカワイイ』で通じてしまう容姿だ。(ちなみに普通にカワイイとは一定レベル以上でカワイイという意味であるのは言うまでもない)したがって俺にとって十二分過ぎるほどにオッケーなのである。
しかし今の俺には容姿よりも〝運命〟だ!
勝手に〝運命〟を感じていた俺だ。さぁ声を掛けてきてくれるか、さぁ今日声を掛けてきてくれるかと四月以来約一ヶ月毎日毎日心のどこかで期待していてもな〜んにも始まらなかった。
なぜ俺から声を掛けないかといえば俺の、関して桃山さんの記憶に残っているであろう想い出があまりにアレ過ぎるからだ。小六の七月、正に小学生時代の悪夢。悪夢過ぎてあの時口をきいたその会話の全ての記憶は完璧に残っている。別にこれは記憶力が良いとかいう自慢でもなんでもない。
あの時桃山さんには信じがたいほどの親切をもらったが別に俺が桃山さんにとって特別だったとかそういう事はまったく無い。実のところ桃山さんはクラスの中の誰でも分け隔てなく接していた。それが或る意味、極限状態でも変わらないことを俺は知ってしまった。これをあのクラスの中で知っているのは俺だけだろう。
スゴイのは〝あの忌まわしい事件〟の後でさえ桃山さんは何事も無かったかのように俺と口をきいてくれた。ま、その回数は決して多くはないんだけど。だけど間違いなく小学校時代のかけがえのない想い出だ。あの事件の後でも桃山さんと話せた日の弾むような気持ち。まだ覚えてる。
俺は自分の教室に突入する。桃山さんの席は俺の席からはかなり離れており教室の中ほぼ対角線上反対側にある。座席配置的にも縁がないということかもしれない。隣の席だったら日々の会話が成り立ったかもしれないのに。
だがその縁の無さなどなんのそのの勢いで俺は話し掛けようとしている。既に俺の足は桃山さんの机に向けて一直線に進んでいる。昨日までの俺だったら到底出来ない離れ業だ。女子に声を掛けるなどな。だけどつい今朝のこと、俺は明らかに桃山さん以上の見かけの女子に声を掛けてきた身だ。休み時間は短い。単刀直入にものを言おうと、もはや決めた。
決めた……のだが、いざやるとなると躊躇われる。いくら『桃山さん以上の見かけの女子』に声を掛けていようと小学校時代から知ってて思い入れのある女子はやっぱり特別だ。
桃山さんは机の上に英語の教科書、英語のノートを広げなにやら予習の様子。それを見ていったい何年ぶりかにシビれている俺がいる。そうそう、優等生だったよなぁ桃山さん。
だが『頼みがあるんだけど』程度のことが言えない。しかし俺はもう意味ありげに桃山さんの机の真横に立ってしまっている。もはやなにも言わなかったら不自然極まりない状況。不審者そのものだ。〝なんでもいいからなにか言え!〟という状態で代わり口から出たことばが、
「綺麗なノートだね」に変わっていた。
嘘じゃない。ノートの文字は素人目にも流麗だったのだ。しかし遠くの席からわざわざ歩いてきて『綺麗なノート』もなにもない。どれだけ遠くから他人のノートの文字を見れるんだよ俺っ、と言いたい。
桃山さんはキョトンとした顔を俺に向けたが、俺の顔をまっすぐに見てことばを返してくれた。しかも意外なことばを。
「加茂くんだよね? 下の名前は確か『さんや』だったよね?」と桃山さんに言われた。
「よく知ってるね」俺は言った。〝加茂三矢〟、それが俺の名前、フルネームだ。
しかし冷や汗が流れる。
「小学校のとき同じクラスだったよね?」桃山さんは俺にそう言ってくれた。
これはちょっとどう考えたらいいのか。
「話しかけてきてくれないから忘れてるのかと思った」と屈託のない笑顔で桃山さんは言ってくれた。
「いや、あの事があったし、ちょっと話し掛けにくくて、」と言うと、
「体調が悪い日は誰にでもあると思うよ」
! これもまた記憶に残るであろう桃山さんのことば! と思うがただ今はそれは封印だ。
にしてもクラスの中がわざとらしくざわめくのが気にくわない。高校が始まって僅か一ヶ月と少し、俺はまだぜんぜんこのクラスに馴染んではいない。俺のケータイに掛けてくるヤツは専ら中学校時代の同級生連中のみ。この付き合いもいつまで続いてくれるかと内心ビクビクしてるのはナイショだ。
だがその中学校時代を飛び越え小学校時代の同級生桃山さんの予想を上回る好反応に押され、ようやく俺は本題に切り込めた。
「頼みがあるんだけど」と言えた。言うことができた。
「頼み?」
「とある女子の相談に乗ってくれないか? というハナシ」とそれだけ言った。
「とある?」
「誰だか分からない女子で」と、俺はここで一拍間を置いて、
「なんか困ってるみたいで」と続けて言った。
「加茂くんは不思議なことを言うんだね」と言われてしまった。だけど——
「どこにいるの?」と訊かれた。〝良い反応〟を感じた。
「いま職員室にいる」
「なんでそんなところに?」
「実はこの自分がそこにね、」
えーと、どうすりゃいい?
「そのコこの学校の生徒?」
桃山さん、カンがいいよな。
「違う」
「ちがうの?」
桃山さんは視線を天井へと動かしなにやら思案中のよう——
「行ってみればいいんだね?」と桃山さんは続けてくれた。
やっぱり〝なんか困ってる〟が効いたんじゃない?
こういうの昔から変わっていない印象。一気に時間を圧縮し飛び越えてしまったかのような奇妙な感慨が湧く。桃山さんの性格、確実に言える記憶、小学校時代桃山さんは困っているクラスメートを放ってはおかなかった。何しろこの俺でさえ助けてくれた。あの時のままの桃山さんだったらきっと協力してくれる。
桃山さんはもう立ち上がりどんどん廊下の方へと歩いていく。慌てて俺が後を追う。
女子同道、並んで歩く廊下哉。
別に俳句でも川柳でもないが朝第一級の美少女女子と二人で仲良く登校し遅刻した件に続き今度は小学校時代からの憧れの女子といっしょに廊下を歩く。こんな日はあり得ないことだ。だが俺のそんな内心などどこ吹く風、桃山さんは早足でどんどん前へ前へと歩く。ペースを合わせるのが大変。職員室に着く前に言っておくべき事があった。
「実は今から会うその女子、日本語が分からないっぽい」
俺がそう言った途端に桃山さんは急ブレーキをかけた。危うく桃山さんと身体が接触してしまうところだった。
「なにじん、なの?」
「知らん」
「なんの相談かな? それも知らない?」その口調に若干咎めるようなものを感じた。
「それは知っている。何やら男絡みで身の危険を感じているらしい」
「それってヤバいじゃん」
「そう、ヤバいね。だけど本当にヤバかったら警察へ投げればいいよ」
「じゃあなんでわたしを?」
「どうも男には相談したくなくて女子相手に話しを聞いてもらいたいらしい。いや、『らしい』じゃない。女子に話しを聞いてもらいたい、とハッキリ言われた」
桃山さんは1秒半ほど無言になってしまった後短く言った。
「わかった。やってみる」
変わってない。相変わらず〝頼りになる女子〟らしい。目の前は既に職員室だった。休み時間は残り五分以下、今からじゃせいぜい顔合わせしかできないか、そんなことを俺は思っていた。
仮称井伏さんと桃山さん、ふたりは職員室で対面する。
俺はなにも考えておらずその場にぼけっと立っていた。が、謎の女子がなにか話しにくそうにしているようでチラチラと俺の方を見る。桃山さんが察した。
「ちょっと加茂くんごめん」と言われてしまった。職員室、他にも人いますけど、と思ったが強引にふたりの話しを立ち聞きするような雰囲気にない。
俺は職員室を退室するしかない。
仮称井伏さんことイフェセさんの件については結局桃山さんに丸投げとなってしまった。なに、元々もろもろの件は女子に相談したかったのだから桃山さんが引き受けてくれた時点で俺の役割終了ということなのか。
しっかし俺の今朝と今さっきの廊下はなんだったんだよーう。
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