外交官・加茂三矢(ただし非公認)
齋藤 龍彦
第1巻 外交官・加茂三矢?
プロローグ【脅迫電話と小学校時代の想い出】
『紹介文』(748文字)
主人公加茂三矢はひょんなことから異世界より来たる王族・公族の知己を得た。
だがこれは事件の始まりだった。異世界より来たのは王族・公族ばかりではなく、犯罪者グループもまた来ていたのである。こうして加茂三矢は異世界の国家が絡む政略と闘争に否応なく関わりを持たせられることになる。
と、いうのも、深く考えることもなく加茂三矢は小学校時代の同級生の女子を公族に紹介し、関与を導き、これをきっかけとして事件に巻き込んでしまっていたのだ。
そしてその女子は犯人グループと共に日本から姿を消した。もはや〝事件に関係して〟であることは間違いがなかった。かくして舞台は日本から異世界の国へ————
この地で加茂三矢は王族・公族の知己の勧めもあって、最低限不法入国者とならないよう、日本から来た外交官を名乗ると決めた。その偽りの身分は知己となった王族・公族が担保してくれた。
目的はただ一つ。
『邦人(小学校時代の同級生の女子)の救出』。
だがしかし、一応は外交官の身分を得たものの、外交官にできることは想像以上に地味だった。
『然るべき部署への協力の要請』、『情報の収集・分析』————
なんとかかんとか、ひとつひとつ目の前の懸案事項を処理していく外交官・加茂三矢。
遂には犯人グループの一部との接触に成功する。
ここからがいよいよ外交官としての能力が問われる〝交渉〟の局面が始まる————
強硬手段に訴えて解決できない以上は必要なのは〝取り引き〟。
犯人グループにどこまで利益を与えるか。
この究極の問題が外交官・加茂三矢の前に立ちふさがっていた。
というのもその立場は結局偽外交官。与えられる利益など、彼は持ち合わせていなかった……
そうした状況の中、小学校時代の同級生の女子を日本へと連れ戻すため加茂三矢は一線を踏み越える決断をする————
===============(以下本編)===============
ベッドの上で横になりながら俺はケータイに出る。スマホだけどスマホじゃない細身の携帯電話ガラホに。掛かってきたときチャッと開く。そこがいい。
「プロント—」と俺が言うやいなや俺の耳に飛び込んできたのは女の声。
どうせ知らないヤツから掛かってくることはない、だからケータイに出るときに限ってはいっつも「プロント」から始めてる。が、この声には心当たりが無い。女の声はいきなり言った。
『お前の恋人は預かった』
誰? 誰のことだよ⁉ しかし受話器の向こうから聞こえてきた声は容赦なく続ける。
『こちらの要求が受け入れられなければ分かっているな——』
「オイ、どういうことだ⁉」
何かを警戒したのか通話はそこで途切れた。寝起きの頭は呆然としたまま何が何やら何が起こったか分からないほど混乱していた。
適当な番号に掛けてきたイタズラ電話なのか?
一から思考してみる。〝恋人〟については実際『そんなんいるか!』な状態なのだが、女の声が言う〝恋人〟が誰を指し誰のことを言っているのかについては心当たりがある。
つまり、イタズラ電話ではない可能性がある。
心当たりとはこうだ。
〝或る女子〟がいる。突然ある日同じクラスのまるでたいしたことのない男子に声を掛けられたらどう感じるか? しかも声を掛けられた理由が頼まれごとだったら——。
ここでの『まるでたいしたことのない男子』とは実は俺のこと。さあ普通の女子ならどうする? 断るよな普通。〝断っていた方が何事も起こらない平穏な日常を送れた〟というのは、振り返って考えれば、の後知恵だ。あの女子が普通に断っていてくれたら、こういうことは起こらなかった。もはや三日前から始まった出来事と関係してるのは疑いがない。
〝或る女子〟、〝あの女子〟とは小学校の五年と六年で同じクラスだった。
漢字で書いて『桃山桃子』。読みは『ももやま・ももこ』じゃない。『ももやま・とうこ』と読ませる。末字に〝子〟が付く女子の名前はお名前ランキングの上位には無く少し古めかしいが、なんか皇族みたいで少しカッコイイぞと思っている。そして名字は安土桃山時代の『桃山』。名字にも名前にも『桃』の字が入っているちょっとした冗談みたいな名前だ。
あれは想い出だが、思い出したくないような、でも忘れたくないような、そんな想い出が桃山桃子さんには、ある。
小学校六年の七月の肌寒いプール授業の日。俺は腹が下し気味であるにも関わらず授業に律儀に参加していた。見学する勇気が無かったからだ。理由は七月は意外に寒いから。今なら梅雨明けは例年七月二十日過ぎだと意識できる。その上旬が暑いわけがない。だからそこを休むと周りからズル休み認定される。女子は二、三人必ず見学者が出ていたようだったが女子側の事情は解らない。ちなみにそれは〝生理〟が理由で休んでいるのだと分かった時、俺は小学校を既に卒業していた。
同調圧力に負け腹を多少下していてもなんとかなると思って授業に出たら、やはりなんともならなかった。人間とはギリギリまで追い込まれないと決断できないものだと、この時学ばされた。いよいよこれは爆発寸前となった時ようやく手を上げることができた。
「お腹が痛いので保健室に行かせてください」と。
これがもし、
『トイレに行かせてください』だったら次に起こる悲劇(?)は無く、よって〝想い出〟も無かった事だろう。どうして男子の間には〝大〟の方のトイレに入るとか入らないとかそんなどうでもいい事に興味を執着させる習慣があるものか。そんなに大便が好きなのか? 確実にトイレの〝大〟の方に用事がある状況で、どうしても『トイレ』と口に出して言えなかった。
保健室への同行者は保健係というのが定番だが保健係が全員女子だったため全員が全員渋る渋る。ほぼ確実にその全員に〝一人、水着姿で校舎内をうろつきたくない〟という感情があったのだろう。
そんな中「じゃあ桃山さん、保健室までお願いね」と先生から俺を押しつけられてしまったのが桃山桃子さん。桃山さんは女子だがクラス委員だった。クラス委員は正副いるが俺のクラスは女子が『正』で男子が『副』だったためこうなってしまったのである。
その日桃山さんは生理ではなかったらしくプール授業に参加していた。その姿のまま、つまり濡れ水着のまま、やはり水着のままの俺を伴い校舎の中をふたりで並んで歩いて行くことになる。
小六ともなれば確実に異性を意識し始める。それがこんな格好でふたりきりとは——
その時悲劇が起こった。普通に歩くのも遂には限界となり校舎の中に入ってすぐ、〝ぶちゅりゅりゅと〟いう感じで海パンの中で盛大に爆発させてしまった。あの尻に広がる生暖かい感覚と微妙な物体感の感触。そのせいで少し重くなった海パン。当然俺はすぐさま言った。
「桃山さん、ここまででいいから」と。
しかしどうして〝大〟のあの臭いはあれほどなのか。トイレではそれほど強烈には感じないのに。桃山さんは既に〝臭っていること〟を察知していた。
「きれいに始末しとかないと」と、これ以上にないほどの真剣な表情で言われてしまった。そしてパニック状態の俺に次々的確な指示を飛ばしてくれた。
「まずトイレに行ってお尻を拭いて」
女子に〝お尻〟などと言わせた経験があるのは俺くらいのものだろう。
「そしたら水着をよく洗って。水着だからなんとでもなる」
それはその間フリチン姿になるということ。でも拒否の選択肢などあるわけない。それくらい俺から強烈な臭いが発散され続けている。
「その間トイレの入り口はわたしが塞いでおくから。水着着直したら声を掛けて」
俺は桃山さんの指示に従うしかない。
桃山さんは俺を最寄りの男子トイレ、一階の小一の男子トイレへと誘導する。
「誰もいないよね?」と桃山さんの最後の確認。
トイレの〝大〟の方の入り口ドアは全て内向きに開いている。誰もいない。足は裸足だがそんなの気にしてる場合じゃない。そのままトイレの床を踏んでいく。中に入り気になって振り返ると、桃山さんは既にくるりと背を向け足を開いて仁王立ち。
速やかに〝大〟の方のトイレに入るや扉を閉め水着を降ろし当面出そうなモノを全て出し尽くす。その時の〝音〟にはどきりとさせられたがそれより〝臭う〟方が大問題。急いで丁寧に広く尻についてしまった臭いの元をトイレットペーパーで拭き取っていく。
ようやく拭き取り終わる。水を流す。音と共にたちまちのうちに流れていくくしゃっと丸まったトイレットペーパー。
だがこのまま海パンを上に上げるわけにはいかない。臭いの元がそこにはまだついている。海パンを足から完全に抜き、つまみ、〝大〟の方のトイレから外に出る。まったくのフリチン姿で。学校のトイレで股がスースー、宙ぶらりんなあり得ない感覚。トイレ入り口には水着姿の桃山さんが背を向けたまま立ちふさがったまま。
手を洗うスペースはトイレの入り口すぐ。だから水着姿の桃山さんのすぐ後ろにフリチン姿の俺がいる。あまりに近い。近すぎる。『一刻も早くこの状況を脱しなければ』と手洗いの蛇口をひねり水を出す。その水の音で桃山さんもすぐ後ろに俺がいると気づいたろう。海パンを水流にさらすとたちまち水は黄色くなって排水溝に吸い込まれていく。(ここでは誰も顔は洗わないだろう)と言い訳を思いながらもみ洗い。そのうちに洗っても洗っても水の色が透明なままとなっていた。
蛇口を閉めるとすぐ海パンを雑巾のように絞る。水がねじった海パンから〝じゅう〟としたたり落ちる。もう絞っても水は出てこない。海パンに片足ずつ通していき上に引き上げる。紐を結ぶ。
「履きおわった」と告げるや桃山さんはくるり振り返り「じゃあ早く保健室へ行こう。みんなが戻って来ちゃう」とそう言った。〝今の時刻〟の事まで気にしてくれていた。
そして俺を保健室へ案内し終わると「着替えを持ってきてあげる」と言ってくれ、教室からわざわざ俺の着替えを持ってきてくれた。桃山さんは俺のために濡れ水着姿で校舎内を駆け回ってくれたのだ。
そして俺のために二つのアドバイスを残し去って行った。
「また来るかもしれないから取り敢えず今は水着の上から服着た方がいいよ」
〝来る〟というのは当然次の下痢である。
「だから今日は早退しておくのが無難かな」
あまりにアドバイスが的確すぎる——小六でこの判断力。
そして何よりも、〝下痢漏らし〟だとか〝ウンコ漏らし〟だとかそうした異名の類いは一切俺にはつかなかった。プールの授業で下痢と来れば『プールの中でしでかしただろう』と、そうした非難を受けそうなものだが、桃山さんは一切合切を何にも言わずに黙っていてくれたのだ。だからイジメも受けること無くその後も平穏に学校生活を過ごすことができた。
そんな女子が誘拐されただ? 冗談じゃない。
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