第35話【桃山さん、話したいことがあるんだ!】

 入れ替わるように今度俺の前に来てくれたのは桃山さん。


「なんか凄く恥ずかしくなる話ししてたよね? どう? ナキちゃん、そう悪い子でもないでしょ?」

 ふたりで似たようなこと言ってる。だけど俺の感想は少し違う。

 『真面目な悪い子』、それが俺の見立てだ。でもそんなことは何も口にしない。少し見え方が違っているだけなのかもしれない。俺はうなづいてしまった。桃山さんは弾むように軽やかに「加茂くん、ありがとう」、と言ってくれた。ナキさんを追おうとしたのか身体が動きかけた。

「訊きたいことがあるんだ!」口から声が飛び出した!

「なに?」桃山さんの動きが止まる。

「えーと、そのトンネルの出口ってどこにあったの?」

「あぁ、あれ歩道橋だよ」

「ほどうきょう? それ『西市街』の?」

「うん。西駅っていう駅の前の広場に複雑につながってる歩道橋があるんだよ。その歩道橋に結びつけられた無数の洗濯ロープの中の一本。それは綱なんだけど。その綱を伝ってそのトンネルに出たり入ったりするんだよ」

「歩道橋にそんなものを結びつけてるのか?」

「区画整理の結果洗濯物の干し場が無くなっちゃったみたい。それで黙認されてるっていうかわたし達から見れば異国情緒溢れる異景だよ。まるでラッシュアワーの万国旗だよ。ナキちゃんはその景色嫌がってるみたいだけど」


 なるほど、警官隊を投入するならまず人通りの多い〝駅と駅前〟からか。一旦捜索を始めたからには常時配備状態だったかもしれない。衆人環視のそんな場所に見えるように警官隊をうろつかせれば犯人グループもその場からは離れるしかない。


「わたしね、けっこう活躍したんだよ」

「どんな活躍?」

「一度加茂くんからメールを受け取った後、メールがまた来るかもしれないって思って隙をみてひとりで歩道橋から異世界トンネルに突入したり」

「ひとりでやったの? そんな危ないこと。ナキさん無しで?」

「だってナキちゃんは犯人たちに顔を知られてるし、危険な橋を何度も渡らせられないよ。わたしだったらここの世界にいる犯人の人たちからは完全ノーマークだからね」


 しかし警察の方は桃山さんの似顔絵を持っていたはずだし、通信機で連絡があった時間からすると桃山さん〝夜、街へ出歩いていた〟ってことになる。確かに『活躍』だよなコレ。活躍しすぎてる。でも桃山さんがそんな活躍しなかったらナキさんはここにはいない。

 違う! 本当に訊きたいのはそれじゃない。


「あのっ、〝自分の意志で今ここにいる〟ってことで間違いない?」

「加茂くんと同じだよ、わたしは自分の意志でいるんだよ」

「そ、うだったんだ」本当に見捨てないつもりだったんだ。

「うん」

「あのっ、危険なことに巻き込んでしまってごめん」そう言った。

「気にしてないよ。終わりよければ全てよしだし」

 いや、厳密には終わってないけど。

「加茂くん、今日月曜日だよね?」

「あっ、そう言えばそうだね」

「わざわざ学校を休んでまで助けに来てくれたこと、一生懸命になってくれたこと、忘れないからね」桃山さんからそういうことばをもらった。


 考えてみればつい数日前俺は桃山さんのことが気になりつつも学校へ登校してたっけ。それを王子が強引に学校から引きずり出してくれた。今じゃ自発的にそれをしている。


 頃合いを見計らっていたのか「では事情を聴取したいとのことですのでこちらへ」と公国の侍従はそう言った。侍従の後ろにはまたも公国の警察官がふたり。

「そうだ。ちょっと待って」と桃山さんはその侍従に言うと、こう続けた。

「加茂くん、筆記体、上手いね」と。

「ひっきたい?」

「あれ? 書いたの加茂くんでしょ? ポスターに書いてたやつ。わたしが加茂くんのノートに書いたあれ」

「あぁ、あの英語のサイン文字、『ひっきたい』っていうのか」

「知らないで書いてたの? いまやわたし達と同じくらいの歳だとイギリス人やアメリカ人のコでも書ける人は稀みたいだよ」

「あれ見て加茂くんのメッセージだってすぐ分かったよ」

 この桃山さんの静かな優しい笑みは俺のために。そう信じ込める。

「じゃあ」と桃山さんは声を残しその場を去ろうとする。


 違う。違うぞ。言わなければならん。今ここで言わなければ。俺が伝えたいメッセージはポスターなんかに書いてないんだよ。

「あのっ、桃山さん!」これでもう三度目だよ、「はい?」と桃山さんが振り向いた。語尾が上がっている。

「今しか言えないことを言いたいんだけど」

 おおっ! と王子が歓声を上げる。お前『告白する』とかそっちに勘違いしているな。

「はい」と桃山さん。語尾は静かに下がっている。

 今の俺は外交官の立場でものは言わない。加茂三矢の立場で言うんだ!

「桃山さんは不良だよね」

「はぃ?」

「見かけはぜんぜん不良じゃないけど、中身は不良だよね」

「……それはどういうことなのかな?」桃山さんはぎこちなく微笑みながら言った。

「怒ってない?」俺はびくびくしながら訊いた。

「なんというか、怒るに怒れない状況で訊いてきたよね」

「そう。良かった」

「それで、どういうことなの?」

「桃山さんのお母さんは桃山さんにすごくびくびくオドオドしてた。それに男女のグループが泊まりにやってきて泊めちゃうなんて、なんか行動が『不良』なんだよね」

 急に怒り出すんじゃないかと注意深く桃山さんの表情を観察する。しかし怒気は感じない。

「ナキさんにとても親切にしてたよね。その理由を考えたんだ。桃山さんは誰とでも口をきくし困っている人を放っておけない性格だから、って考えたんだけど。それだけじゃない。それだけだと不自然だと思うんだ」

「うん」桃山さんはうなづいた。ここからどう話しを持っていく? 考える。

「『るいとも』ってあるよね。『類は友を呼ぶ』ってやつ。桃山さんが不良だからナキさんに親切にし過ぎるくらい親切にしちゃったんじゃないかって。似たもの同士だから——」


「……わたしが美化されないなんて不思議」

「それで、結論があるんだ」

「あるんだ?」

「桃山さん」

「はい」

「不良をやめて下さい」

「はい?」、意表を突かれたといった桃山さんの顔。

「……それはつまりナキちゃんなんて助けない方が良かった、ってことなの?」

「それじゃあ『日本亡命』の件が無くなっちゃう」俺はことばを一旦区切る。


「——ナキさんが日本に来たら言おうと思っていることがあるんだ」

「なにを言うの?」

「できるだけ不良をやめて下さいって」

 桃山さんが吹き出した。

「きっと、『ぷろんとさんはわたしのやっていることが不良に見えるのか⁉』って言われるよ」

 こっちも思わず吹き出しそうになった。

「なんかそれ言いそうだね。『わたしがわたしのやってることをやめたらわたしじゃなくなる』、とかもね」

「あ〜解る解る。ナキちゃんっぽいよそれ」

「だから『できるだけ』って言ったんだ。もう少し別の『るいとも』なってくれたならって思って」



「——これが俺の話したかったことです」

「これは……一応わたしを心配してくれて、ってことでいいの?」

「『一応』は抜いてくれても良かったけど」

「……もう昔のわたしには戻れないかもしれないよ」

「じゃあ『不良』の方も『昔のわたし』にできるかも」

 今度は桃山さんが〝くすり〟と笑った。

「なんだかおもしろくなりそうね」桃山さんがにこやかに言った。複雑な壊れ方しているなあと思った。妙な表現だけど。

「——加茂くんは気づいているだろうけど、わたし中学で没落してルートから外れちゃったんだよね」

 なんとなくそうじゃないかとは思っていた。こうなった原因は。失礼だし触れて欲しくないようだから口にしなかった。


「だけど小さいのかもね」桃山さんは言った。

「これでこの話しは終わりです」俺は言った。

 それを待っていたかのように侍従が「では」と言い、そして公国の警察官が桃山さんを先導していく。桃山さんの事情聴取が行われるその場所はナキさんとは別で、目の前の大公大邸の中だということだ。

 桃山さんが振り返る。目が合う。「また日本でね!」行きしなに桃山さんはそう声を残した。

 そうだ。ここは外国だった。なんか、外交官っぽい。


 外交官には目の前にいる人物の性質を見抜ける力が必要なんじゃないかと俺は思っている。

 俺は桃山さんとナキさんとの間について、『類は友を呼ぶ』と表現し、『似ている』と言ったが、実はこれには少しだけ注釈が入る。


 ナキさんと昔の桃山さんが似ている。

 真面目で、自分が信じる道を危険だと解っていてもただまっすぐに行く。そういうところが。ただ、ナキさんの場合、それをやると不良にしか見えないだけだ。


 どんな人間でも誰でも、少し考えればすぐにピンと来るだろう。

 〝クラス〟という集団の中にあって〝誰でも分け隔てなく〟がどれほどたいへんで勇気が要る行動かが。

 クラスの中には意図的に排除されている人間が必ずいる。そういう人とも〝分け隔てなく〟だった。

 そんな桃山さんが好きだ。だから好きになってしまった。


 しかしその桃山さんは失われつつある。

 今さらながらに解ったことは、〝勉強ができる〟、は単純に進学のためだけに役に立つ能力じゃなかったってこと。〝勇気ある行動〟を裏打ちする能力だったんだ。

 とは言え今さら勉強ができるようになっても、もう元には戻らないかもしれない。


 でもナキさんなら——戻せるかもしれない。桃山さんがナキさんに惹かれるのは、自分でも無意識に『過去の自分に戻りたい』と思っているからじゃないのか。

 それくらい『わたし達のおじいさんや、ひいおじいさんが造ったんだ』は、強烈な印象を残した。あの声、あの表情とともに、頭と言うより心に焼き付いた。

 結果論とは言えナキさんの日本行きは良かったような気がしている。

 しょせん俺は『もう昔のわたしには戻れないかもしれないよ』と言われてしまう人間だ。

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