第13話【自分の一番大好きな人のために】
俺は小道具を脇に抱え自宅を出る。私服より制服の方が桃山さんの母親相手には説得力がある。だから着替えない。俺がいないのに他三人が俺の家にいるのも変なので他三人は野宮此之公園に行くことになった。怪しげな三人がたむろって職質でも受けなきゃいいが。
歩き出してしばらくすると角を曲がる。曲がって少しだけ歩いていると後ろから声がする。王子だった。走って追い着いてきた。
「王女はどうした?」
王子は返答せず、胸ポケットの通信機を渡せとジェスチャーで要求した。俺がなにげに一方を渡した。王子はそのカード状の金属の板を眺め回していたが、それは俺の方に戻された。もう一方の方を寄こせということらしい。王子はもう一方を手渡されるとやはりそれを眺め回す。そしてその金属板に向かって、
「いまからカモさんと秘密の話しがしたいんだ。少しの間切らせてもらうよ」と言った。言い終わるとポケットの中から取りだした金属ケースの中に通信機を容赦なく格納してしまう。そして金属ケースは元の通りにポケットへ。そうしておもむろに言った。
「もし王女や警視にこの間何を話していたのかと訊かれることがあったら『どうしてもミーティーと結婚したいんだ!』とか王子に延々言われてた、とでも言っといてくれて構わない」
「……なぜ来た?」
「姫を救うのは王子の仕事です」
またすっとぼけたことを。
「王子はお前だろうが」
「それはもののたとえです。このままではあなたは仕事ができないかもしれない……」
「……」
「あなたはあの警察官があなたを助けてくれる存在だと心底信じていますか?」
「心底……と言われると迷うけど信じるしかないと思う」
「あの男は怖い」
「何が言いたいんだ?」
「カモさんは喋る以外なにもできないだろう」王子はサラリと気に障ることを言い放つ。
くっそ! 俺には喋ることしかできねーって言うのか! いや……確かにそれが限度だ。
「やめるつもり……ないんだろう?」王子が訊いてきた。
「やめられるわけないだろ!」俺は怒鳴るように宣言した。
「だったら桃山さんが居るのを確認するだけじゃだめだ」
「誰かと喋れ、と言うのか?」
「ああ」
「犯人か?」
「ああ」
「交渉しろと?」
「そう。だって交渉するって言ったよね。よく考え交渉することだ」
「これはお前のアドバイスなんだよな?」
「そこでいまから私のアリバイ造りが始まる」
「ハ?」
「カモさんが交渉に成功してしまうことは、私とミーティーの婚約を破棄しなくてはならなくなることだ」
「……」
「困るんだよね」
「どれが本心だ?」
「だが自分の一番大好きな人のために動くのは当たり前のことだ」
「はぁ?」
「嘘はつけないたちなんだ。これをいま言っておけば私は嘘つきにはならない」
分かったような分からないような……
「危険は承知なんだろ?」王子は俺に訊いた。俺にどれほどの覚悟があったものか、即答できなかった。王子はさらに畳み掛ける。
「他人に動かされているのか? 自分の意思か?」
「自分の意思だ」俺は言い切った。少なくとも桃山さんのために動く義務が俺にはある。
「それを聞きたかった」と王子は言い、
「話しは終わり。通信機のスイッチを入れますか」と続けポケットから金属ケースを取り出し通信機を再び俺に渡す。
「ではカモさん、気をつけて行ってらっしゃい」と王子は言ってこれで締めた。
王子は小走りで去ってしまい俺はひとりになった。王子のヤツ実に色々なことを言っていたな。何が言いたかったのか? 何が一番言いたかったのか? それとも言ったこと全てが言いたかったのだろうか。俺はひたすら桃山さんの家に向かいながら考え続ける。
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