第12話【囮捜査】

 次の日、金曜日になった。しかし俺は学校に行かねばならない。ただでさえ昨日の無断早退だ。桃山さんの来ない三日目の学校へと行く。律儀に日常生活を消化する。

 昨日王子がこの学校の生徒に化けていた一件については知らぬ存ぜぬでごまかした。吐きそうなほど気分が悪くなったまさにその時に通りがかりの見知らぬ親切な生徒が助けてくれたことにした。あとはほんの僅か一日の早退。学校生活における影響はほとんどなかった。


 学校における日程をこなし俺は大急ぎで家に帰る。本当はこんなことしている場合じゃないんだよな。桃山さんが何だか分からない奴らに人質にとられているのに学校に行っていた俺ってなんなんだろう。


「それで良いんですよ」あの異世界の警察官が言った。学校が終わり俺が家に帰ると俺の家の前で三人が待ちかまえていた。他二人はもちろん王子と仮称井伏さんだ。

「主もいないのに勝手に入り込むわけにもいかないのでね。中で話したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」と、さらに警察官が訊いてきた。

 慇懃無礼だな。と俺は思いながらも三人を昨日と同じく俺の部屋に招待する。母親が『また来たのか』といった顔で驚いている。

「こんにちは」「おじゃまします」「失礼いたします」

 それぞれが俺の母親に挨拶し俺を先頭に二階へと上がる。俺も含めて四人が俺の部屋に入る。


 俺はまず警察官に通話を録音したケータイをそのまま渡す。異世界でこの手のフォーマットのデータが使えるかどうかは知らないが一応約束は約束だ。

 警察官は持参したアタッシュケースの中から金属製の小箱を取り出し、その中に丸ごと俺のケータイを放り込んだ。こんなんでデータがコピーできるのか? そういえば王子はこんな箱の中に辞書を丸ごと放り込んで日本語が堪能になっていたよな。どういう仕組みでスキャンしてるんだ? そんなことを考えているうちに〝ピンカンっ〟と小さな音がした。済んだらしい。警察官は俺にケータイを返しながら言った。

「データの提供ありがとうございます」

「犯人たちが使った出入り口を見つけて押さえて交渉する、って案はどうなりました?」

「ああ、王子から話しは聞きました」

「で、どうなんだ?」

「それでこれからですが、なるべく手短に事実と方針と今後の行動について説明します。腹立たしいこともあるでしょうがまずは最後まで話しを聞いてくださるようお願いします」と断りを入れ間髪入れず次の話しへと進んでいく。

「第一回目の脅迫電話の後も我々のところに脅迫電話がありました。最初のものと会わせて全部で三回です。要求内容は以前お知らせした通り『王子と王女の婚約破棄』、その上で『婚約破棄を両国政府名で報道に乗せ発表すること』というものです。結論を言いましょう。我々はこれに応ずるつもりはない。我々はこれに応じない」


 俺は先行き真っ暗、頭が真っ白になった。


「〝我々〟ってのは誰のことです?」そう言うのが精一杯だった。

「私の国の政府と、あなたの国公国の政府ですよ」警察官は俺ではなく仮称井伏さんの方に向かって言った。

「そんな。わたし聞いてません!」仮称井伏さんが驚いたように言う。

「聞く必要がないと考えたのでしょうな。もし信用できないなら本国に戻り確認をとってもらっても差し支えありません」

 仮称井伏さんは明らかに他人を恨むといった形相で警察官を睨みつけている。

「じゃあ〝とーこさん〟はどうなるんですか?」

「王女様、落ち着いて考えましょう。常識で考えて下さい。犯人はあなた方の婚約破棄を目論んでいます。犯人は両国が強く結びつくのを快く思っていない。にもかかわらず当事国と関係のない第三国の人間がなぜ誘拐されるのでしょうか? 理由があるはずです」

「……」仮称井伏さんはなおも睨み続けている。

「王女様、これはあなたが攻められているんです。あなたの性格が狙われている。この手の要求に次々屈服していったら、あなたの性格こそ犯罪を引き起こす原因になりますよ。あなたは犯罪者達に利用され続ける。犯人は明らかに王女様の性格に期待している」

「どういうことです?」

「お優しい友だち思いの王女様が大切な友だちを見捨てられるはずがない……ってことを期待しているんですよ」

「わたしはその期待に応えます」

「応えてもらっては迷惑なんですよ。我が国と貴国との外交問題にまで発展しますよ。確かに建前としてこの場合は『友だちは見捨てられない』と言うべきなのがあなたの立場です。だが私の見たところあなたの場合、どうやら本気で言っているようで怖い」

「なんですって」

「論争をしている時間はありません。しかし私だって薄情者ではない。何しろ私が薄情者だということになれば我が国が薄情者、王子までもが同様にされる。対策は考えています」

「どんな対策です?」なおも仮称井伏さんは食い下がる。本当は俺が食い下がらなければならないのに——

「桃山さんを救出するべく我々が動きます」

「できるの?」

「それにはまず犯人グループの居場所を突き止めるところから始めなくてはなりません」

「なにか情報があるのか?」王子が問う。


「カモさん、」なぜか警察官が俺の方に話しを振ってくる。

「はい?」意外な〝振り〟に語尾が上がってしまう。

「あなたには活躍してもらう必要がある」

「どんな?」

「その前に順を追い説明しましょう。桃山さんが人質に取られて既に三日目です。別の言い方をすれば誘拐されてから三日目です。ところがね、妙なんです。事件が起きている気配が無い」

 この警察官は相変わらず一昨日から誘拐事件が始まっているっていう説に固執しているようだ。

「本国に脅迫電話が掛かってきているんじゃなかったのか? 気配が無いわけないだろう」王子が言う。

「我々の国ではありません。この日本という国において、です」

 ここで警察官は少し間をとる。


「娘が誘拐されたかもしれないのに家人が警察、むろんこの警察は日本警察ですが、に相談しないわけがない。我々が事件を知って以来我々は桃山さんの家を張っていました。ところが警察とおぼしき人間の出入りが無い。国は違えど同業者ですからね、そういう人はなんとなく分かるんですよ。当初は日本警察が家人を別のどこかの場所に保護してそこで犯人とのやり取りをさせているのかと思ったくらいですが、家人は常に家にいるようだ」

 この男しか見ていないが他に異世界警察が来ているのか? 連中から見てここが日本という外国だからよほど隠密裏にやっているのか。

 警察官の話しは途切れること無く続く。

「我々は桃山さんが学校に来ないことをもって『誘拐されている』と判断しましたが、実際に誘拐事件は『形の上では起こっていない』んじゃないでしょうか?」

「形の上?」思わずさっきよりさらに盛大な語尾上がり。

「そうです。誘拐事件は実際に起きているにもかかわらず形の上では起こっていないんです。だから家人も日本警察に通報できないでいる。いや、どうも分かりにくいですね——具体的に言ってしまいましょう。桃山さんは自宅に監禁されている可能性大です」


 犯人グループが誘拐現場に居座り続けるだと? そんなバカな。


 しかし推理としては辻褄は合っている。確か仮称井伏さんの証言では犯人グループは桃山さんの部屋に押し入り桃山さんを連れ去った。話しの流れとしては仮称井伏さんはその後桃山さんの部屋を出て公園にいた。で、部屋に仮称井伏さんがいなくなったとたんに犯人グループはとんぼ返りで桃山さんの部屋に戻り居座ったことになる。


 さっきの『お優しい友だち思いの王女さま』がこれ以上ない強烈な嫌味となる。そうなると仮称井伏さんは『怪しい』となってしまう——。


 いやダメだ俺は。『信じますよ』と仮称井伏さんに言ったんじゃないか。


 警察官の話はいよいよ佳境に入る。

「ここでカモさんの出番となります。まず桃山さんが本当に自宅にいるかどうかの確認をお願いしたい。任務は何としてもあの家に上がり込み桃山さん本人を肉眼で確認すること。なぜあなたなのかと言えば理由は簡単で彼女の家を訪ねる人物としては我々の中では最も自然な立場だからです。学校を三日休んでいるのですし、課題を届けるよう先生に頼まれたとでも言っておけばいいでしょう」


 なるほどそういう理由をでっち上げるなら、学校が終わってからの今のこの時間帯こそ自然だ。


「そうそう、通信手段を渡しておきましょう」と警察官は或る機械を取りだし渡そうとした。それは昨日王子から渡された通信機と全く同じもののようだった。

「それなら持っている」と言うと「私の方の物を使って下さい」と言われ一式身につけさせられた。警察官はもはや言うべき事は言ったとばかりに、

「行動は早いほうが良いでしょう」と行動を急かされた。が、ブレーキをかける者アリ。

「そんなものは勧められない」

「王子?」と怪訝そうな顔をする警察官。

「警視、もしあなたの読み通りに犯人たちが桃山さんの家にいたらどうなる? カモさんは危ない目に遭うんじゃないか」

「〝危ない目〟を言うのなら王子、あなたはなぜまだこんなところにいるんです? 早く本国に帰国すべきでしょう。あなた、ともどもね」と警察官は王子から仮称井伏さんに視線を移しながら言った。

「こんなところで帰ったら〝人間失格〟になるだろう!」と王子。

「ほう」と警察官。

「私は今話しを逸らされた。犯人がかなりの確度でいる場所にカモさんをやるのはどうなんだ? と訊いている!」

「しかし人質がどこにいるのかが分からない以上は事件解決の糸口すら掴めません。我々が犯人グループの要求は吞まない方針である以上は何もしないことは人質の今後の可能性を考慮しないことを意味します」警察官が返答した。


 『人質の今後の可能性を考慮しない』か…………。回りくどい嫌な言い方だよな。これって『死ぬ』ってことじゃんか。

「行くしかないってことだな」俺は言い切った。

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