第20話【王国と公国の事情(地理編)】

「海峡って知っているかい?」と王子が俺に訊いてきた。

 なんだ、この関係の無い話しは。

「知ってるが」

「じゃ地峡って知っているかい?」

「ちきょう? 知らん!」

「やれやれやれ」「やれが一つ多いっ」

「まァ早い話しが地峡とは大陸と大陸を結びつけるような細くなった陸地のこと。この公国はね、〝海と海の交点・大陸と大陸の交点〟という、そんな場所にある国なんだ」

「よく分からん」

「地図帳、持ってきてもらって良かったよ」王子は〝それを渡してくれ〟と手で合図した。

「異世界の事情を説明するのに日本地図が載った地図帳が役に立つのか?」そう言いながら俺は持ってきた地図帳をカバンの中から取りだし王子に渡す。

「立つから言っている。異世界の事情なんか説明されてもどうせチンプンカンだろう? だったら馴染みの地図で説明された方がストンと腑に落ちる」


 王子は俺の地図帳を手に取りパラパラとめくり始める。そして或るページでその手を止め、そのページを俺に指し示した。そして右手の人差し指を立て、その地図の上でくるりと円を描いてみせた。「だいたいこんな条件のところにある国さ。この公国は」


 そのページは世界地図、中東あたりの世界地図。描いた円の中の国名、イスラエル、エジプト——そしてその中心にスエズ運河。


 なるほど。ユーラシア大陸とアフリカ大陸をつないでいる地点、大陸と大陸の交点だ。同時にインド洋から紅海、地中海から大西洋をつないでいる地点でもあり、海と海の交点と言える。


「その顔はようやく理解してくれたって顔だね」王子が言った。

「じゃ窓の外に見えた川は……もしかして運河?」

「その通り。この運河はこの世界の大動脈だ。通行する船の数はたいへんなものだ。そしてそうした船の通行料は莫大な富をこの国にもたらす。それも毎年。なにもしなくてもね」


 まさか……これが欲しいのか? こいつは今とんでもないことを言っちゃってるよな。


「そうなると王子、王子の国はとんでもなくあくどい目的で公国をその影響下に置こうとしていて、王子はその利益をかすめ取るための駒ということになるが」

「私をあくどい仲間にしないとはカモさんはさすがだねぇ」


 当たってるのか? しっかしずいぶんと自虐的だな。


「公国の中に婚約を破棄させようとする勢力がいる理由はなんとなく分かった。しかしなぜこの公国の中に〝政略結婚推進派〟がいるんだ? おかしいじゃないか」


「ミーティー、この本の山の中にこっちの世界の地図が載った本ない?」

「しょうがないなぁ。勝手に触らないでくださいね」と言い井伏さんは立ち上がるとある一角まですたすた歩き、一冊本を抜き出してきた。王子は本を受け取ると丸テーブルの上に置き、或るページを開いて俺に示した。その本も地図帳。示されたのは今俺のいる世界、異世界の地図だった。


「ここが公国だ」王子は言った。なるほど確かにこの地図は〝スエズ運河周辺的〟だ。


 次に王子が示したのは公国の北西、公国の9倍から10倍くらいはありそうな大きさの国があった。

「わたしの国だ」王子は言った。なるほどなぁ、国力は国の面積に比例してしまうだろうなぁ。人口だってそうだし。


「これじゃあ王子の国は脅迫者ということになるが。推進派は〝脅迫に屈した派〟なのか?」

「それは反対派の常套句。事情は別にある。ここを見てくれ」王子は公国の南側の陸地を指さした。そこには公国とほぼ同じか少し広いくらいの国々がいくつか並んであった。


「この国々が脅威だと言うのか? 王子の国の方がよほど危険に見えるが」

「カモさん、地図というのは地形を見るものだよ。地形を読んでみて」

 なるほどこっちの世界の地図にも〝等高線〟というものはある。

「これは……」

「どう? 分かった?」


 地図によれば公国の北西にある王国との国境のあたりに高い山々が連なっている。今窓からも確かにその山々は見えている。ヨーロッパアルプスみたいな山々が。その一方で公国の南側には目立つ等高線が無い。この手の地図が似たようなルールで描かれているとすればこう考えて間違いない。南側の陸はほぼ平坦としか理解できない。


「だとするとこの公国の外交政策はおかしい」

「どこがおかしいの? カモさん」

「だってそうだろう? 政略結婚するってのはたいていの場合軍事同盟を組むって意味があるはずだ。南側には面積基準で似たような国力の国々が集まっていると考えられる。こっちの国々と同盟を組んで強大な北方の国に対抗するのが筋じゃないのか? だいたい地形だって南側に対抗しようとしたら防御に不利そうだが、北側には障害になるものがある」

「カモさん、陸ばかり見て海を忘れてないか?」

「そうか海軍か!」

「そう、我が国はこの世界第一の海軍力を誇る」


 そんな国がこの世界の大動脈ともいうこの運河を支配下に置けばこの世界の海運、物流は王子の国が握ることになる。世界超大国になってしまう。


「いや……でもそれだとやっぱり公国における〝政略結婚推進派〟は軍事的脅迫に屈した派になるじゃないか」

「地図に載っていない情報というものがある」

「なんだよ?」

「私の国の中にもこの婚約に反対する者が議会の中に一定数いるって話しを前にしたよね?」

「ああ」

「どんな理由で反対しているって思う?」


 どんな理由? はて? 王国側から見て良いことずくめのこの政略結婚に政治家がどんな理由で反対するというのだろうか?


「やっぱり好きでもないもの同士を結婚させるのは人道上問題があるとか……」

 ハハッ! 王子が乾いた笑いをした。

「それほどお優しい政治家たちが議会に半分近くもいるなら世の中もっと良くなっている」

「違う……のか?」

「王国と公国、信じる宗教の宗派が違うって話ししたよね?」

「まさか、たったそれだけ?」

「なにしろ〝天から石が驚くほどの速さで落ちてくるのです〟だからね。威圧的というか脅迫的というかいろいろ教義が過激でね」

「……」

「カモさん、卑しくも外交官のフリをするんだから宗教を過小評価するところがあっちゃいけない」と、ここで王子は一拍の間を置く。「——だが南側の国々はね、宗教の宗派が違うどころじゃない。完全な異教徒だ。この公国はね、歴史的に南側の異教徒からの圧迫に脅かされている。過激な宗派ができたのもそのせいだと言われている」


 なんと! そんなんで同盟関係が決まってしまったら孫子の立つ瀬が無いだろう。


「そこで宗派こそ違え同じ宗教を信じる我が国だ。この際そこは乗り越えられるだろうということにしたと。王国と本格的な同盟を組む同盟国となれば異教徒に対する強力な後ろ盾を得たことになる」

「なるほど、それが大公様始め推進派の論理か」

「そういうこと。これにて王国と公国の事情の説明終わり! どうミーティー?」

「あなたにしては比較的公正に話したとは思いますけど、公国側の視点が足りないし、説明が地理に偏っています。地政学で全ては片付きません」

「じゃあミーティーもカモさんに説明してみる?」

 井伏さんは少し不機嫌そうな顔をしたものの、

「不十分な情報じゃあ無い方がいいくらいですから、わたしも説明させて頂きます」と、そう言った。今度は井伏さんの口から王国と公国の事情を聞くことになる。

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