第21話【王国と公国の事情(歴史編)】

「カモさん、不思議に思いませんか? なぜわたしがこの人にそれでも付き合っているのか?」


 なに? この話し。


「わたしはわたしなりに公国の厳しい現状を理解しているので、むげに失礼な振る舞いはできないのです」

「そんなに厳しいの?」

「いま王子が『歴史的に南側の異教徒からの圧迫に脅かされている』と言いましたが、歴史的に見て現在が一番厳しい状態です。南側の国々の軍備増強と軍の近代化が恐ろしいくらいの速度で進んでいます。もちろんわたし達も何もしていないわけでは無いですけど」

「はい……」

「だけどもう公国一国だけでは護りきれないくらいです。もし公国が南側の軍事的圧力に屈服したらこの運河も南側の持つところとなります。もしそうなったら隣国である王国の国益は失われ脅威は増大します」

「それで政略結婚ですか?」


 戦国時代・中世じゃあるまいし、今時政略結婚など、と思ってしまったのだ。


「軍事同盟というか、条約でよくありませんか?」俺は訊いた。


「政略結婚は王国が求めてきたものです」

「なぜ政略結婚にこだわるんだろう?」

「カモさんはなぜ国を超えた〝政略結婚〟が可能であると、王国側が判断したと思いますか?」そう逆に訊かれてしまった。


 間違っても〝異世界だから!〟などという答えじゃなさそうだ。


「さあ……よくは……」

「人種も民族も違いはないからです」


 え、なんか物騒な話し?


「王国は厳密には〝連合王国〟と表現するのが正しいです」井伏さんは言った。これは王子からは聞いていない話しだ。

「王様同士が連合してるの?」

「元々は、ということです。僅か200年ほど前は王国は100近い封建領主がそれぞれ国王を名乗っていた。そんな状態でした」

「それが合併してひとつの国に?」

「〝合併〟ではなく〝合邦〟と言います。それらの国々がまとまってひとつの王国になったのです」

「よくそんなことができたよね」

「構図は同じです。めいめい勝手に王国を名乗っていても人種も民族も違いは無いからです」

「でもなんのために一つに?」

「よくある話しです。外敵に対抗するにはバラバラじゃダメだ、ということで」

 俺はうなづく。

「だけどこの時、たった一カ国だけ合邦しなかった国がある。それがこの公国です」

「あっ、そういうことなんですか?」

「宗教の宗派もそうですが、あの山脈のせいで容易に行き来できないことも〝独立〟の状態を選択した有力な理由です」

 実に解りやすい解説だ。

「だけど南側の国々が軍の近代化と軍備の増強を続ける中、だんだんと国の安全が怪しくなってきました。そこで王国側から降ってきたのが政略結婚という話しです。この現状を却って奇貨として公国と王国を合邦させようという動きがあるのは間違いありません。残念ながら公国の立場は弱く、お父様もこれに同調するより他は無い、と判断したということです。〝政略結婚反対派〟は将来この国が無くなってしまうかもしれないという焦燥感から反対しているのです」


 そうか。それであの〝ナキ〟って女とその一味はこんな事件を起こしてるのか……


「ちょっと、ちょっとミーティー。政略結婚したら公国が亡国するってのはひどくない?」とここで王子が横やりを入れた。

 井伏さんはジロッと王子を見て、

「わたしとあなたが結婚したら子どもが生まれますよね?」

「いやぁ、ハハッ」と王子。

 そうか。子どもが生まれるのか……、っていうかなんで俺が殺伐としてる⁉

「生まれた子どもには当然王位継承権がありますよね。その場合、王国と公国の君主を兼任することも理屈の上では可能です。そうしたら〝合邦〟じゃないですか」

「まあ、誰かが宮廷謀略劇を仕組んだらそうなるかも」

「〝かも〟じゃなくて、なりそうですよ」と井伏さん。


「——それに」と眉根を寄せ顔を曇らせる井伏さん。「怖いんですよ。王国の人たちが」と言った。

「なぜ?」と思わず俺が訊いてしまう。

 しかし井伏さんは伏し目がちになり、なにか言うのをためらっているよう。


「私が言おう」とここで王子が話しを引き継いだ。「——200年ほど前、いくつもの王国が合邦して今の王国ができあがったという話しをしてたよね」

「だな」

「その時、たったひとつだけ合邦しなかった国が公国で、その公国の王女の血を引く者が王国の次期君主だということになったら、元王様連中の子孫達がどう思うと思う?」


「ああ〜、解った解った! じゃあ宗教だけの問題じゃないんじゃないか」

「まあ立場によって反対の理由はそれぞれってことで」


 なんか、みっともない話しはしたくなかっただけのような気がする。


「あれ、そういえば今〝元王様連中〟と言ったけど、今は王様じゃないの?」

「今はね、王族でもなんでもなくて単なる貴族。だけど気分だけは未だに王族」

「まあ、地理だけ知っても歴史を知らないとダメってことだな」と応じた。


「でもこうしたお話しは、とーこさんと全く関係ないお話しですよね。気分を紛らせてるだけじゃないですか」そう井伏さんが口にした。

「でも知って良かったです」俺は言った。

「どこがです?」

「この人質・誘拐事件、王女と王子の婚約を巡って起きた事件です。なんで事件が起きたのか理由も分からないまま巻き込まれてるより、意味なんて無いかもしれないけど理由を知っていた方がいいかなって思うんです。少しだけマシというか」

「こうしている間にもとーこさんがひどい目に遭っているかもしれません……」井伏さんがうつむいた。

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