第二章 異世界編 誕生・外交官加茂三矢
第17話【邦人を護るのが私の任務です】
「まず考えるべきは犯人たちがどこへ逃げたかだと思うんだ」まず王子が切り出した。
「俺たちも犯人を追うというわけだな」俺が確認する。
「そうだ」と王子が力強くうなづく。
「犯人をわたしたちに捕まえられるでしょうか?」と仮称井伏さんが問う。
「捕まえられない」あっさりと王子は口にした。だが続ける。「そんなことよりもどこへ逃げたかの方を先に考えるべきだ」と、また同じことばを口にする。
やめるつもりなどどこにも見あたらない。俺もやめられるわけがない。王子は持論を述べ続ける。
「警視の見立て云々を度外視しても犯人たちがこの日本に留まっている可能性は非常に低いと思う。だって桃山宅があの有様だ。もう戻れない。そしてあそこ以外に隠れるような場所はこの日本という世界には無いと思うんだ。隠れるような場所があるとすればそれは犯人の故郷、出身国だとしか考えられない」と、ここで王子は一旦話しを区切り仮称井伏さんの方へと視線を送る。
「ミーティーには悪いんだけど、犯人は公国と非常に深い関係があるようだよね」
仮称井伏さんはぶすっとした顔をしていたが黙ったままだった。その視線を切ってまだ王子の話しは続いている。
「一部カンの良い者が人質を連れていち早く脱出したとのことだが、それすら警察側には織り込み済みだったとも考えられる。最終的にどこに逃げ込むかを確認することができれば犯人グループが何者だったか、正体が分かるわけだから——」
「まさかあなた知っていたんじゃないでしょうね?」仮称井伏さんが割り込み王子の独壇場に一区切りをつけた。
「ただのカンです」王子はあっさりサラリと返した。
「いったいどこへ脱出したというんだ?」俺は訊いた。
「確実に言えることはカモさんの家のガレージにつながっているような道が、この街のどこかにまだある。だが我々三人がそれを見つけ出すのは簡単じゃない。他人の家の敷地内や家の中までもしらみつぶしに探さなければ見つけられない。万が一にも犯人たちが使った道が見つかったとしても、果たしてその道に突っ込めるのかという問題がある。どういうことかと言えば、出た先が犯人のアジトで大人数で待ち伏せされていたら洒落にならない」
確かにそれは言える。
「王子の国の警察は犯人たちが使った道の場所を知っているか?」
「知っているかもしれないし、知らないかもしれない。だがそんなものは知っていたとして我々に教えるだろうか?」
こういう場合、警察に頼むのが王道である。期待してもそんな期待になど応えそうも無いが王子の国の警察は秘密めいて危険な雰囲気がする。もう頼みたくなどない。しかし日本警察に『異世界に通じる隠された不思議トンネルを使ってクラスメイトが誘拐されました!』なんて110番しても気違いかタチの悪いイタズラだと断定されるのが関の山だ。頼める警察などどこにも無い。
「肝心なのは今現在の桃山さんの居場所だ! その公国とかいうところに行けばいるんだな?」俺は訊いた。どうやら頼めるのは自身、自身に頼むしかなさそうだった。
「まず間違いない」王子は断言した。
「根拠は?」俺が釘を刺すように言う。
「この件で私の国の警察が動けなくなったような場合には、その手の情報は確実に手に入る」
「よく分からない。どうして動けなくなる?」
「犯人の行き先が公国だった場合の話しだ。王国の警察は外国である公国では捜査権も逮捕権も無いからそうした場合、本国外務省の力を借りないとウチの警察でも何もできなくなる」
本当にあの警察が動けなくなるのか? と俺はあの警察官の顔を思い浮かべながら思った。
「じゃあそうなった時どうして確実に情報が入ってくるって言えるんだ?」とさらに訊く。
「外務省が絡めば父上のところに確実に情報が行くからな」王子が答えた。
「つまり王国の外務省が動いたか動かないかで犯人グループの行き先が分かるのか?」
「そう。外務省が動いていたら間違いなく犯人の行き先は公国だ」王子は断言した。
桃山さん救出のためにはコイツとは友好関係を結んでいた方がいいのはもう間違いがない。
その時だ——
「それは……間接証拠に過ぎないじゃないですか」仮称井伏さんがつぶやくように言った。
「確かにそう。しかし今必要なのは迅速な行動です。確実な証拠を待って行動するなどまどろっこしい!」王子は早口でまくし立てる。
王子の言うとおり犯人の行き先については『確実な情報を待って』では手遅れになりかねない。推理をしその推理を信じ行動するしかない。結局は『カン』か。王子はさらに続ける。
「行き先が公国ならカモさんの家のガレージからでも公国につながっている」
これは明らかに『行くか?』という問いだよな。
「行っていいのか?」
俺はたぶんおっかなびっくり尋ねた。訳の分からん外国にたった一人日本人が——これから俺が独りで行くのか? ここでこんな感情が涌いて出てくるとは! 『どうせやっぱりね』になってしまっているのが嫌だ。心のどこかで〝行けるわけないだろ!〟という返事が戻ってくるのを期待していたかもしれない。
しかし〝行かなくて良い〟なんて選択肢は元から無いような気がする。『桃山さんを追いかけるしかない』じゃなかったのかよ‼ ストーカーみたいだけど。
それに別の意味で自分で自分の感情に違和感も感じる。本来ならもっとうろたえるところではないのか? あたふた慌てて声もうわずって。どうして俺は冷静なのか——。
「行き先は王国じゃなく公国だからな。ミーティー、どう?」王子が訊いた。
「大好きな恋人を助けたいと思うのは当然だと思います」と仮称井伏さんが言い切った。
『大好きな恋人』というのはまるで『大好きじゃない恋人』がいるみたいで妙な言い回し感があるがなぜか仮称井伏さんが言うとリアリティーを感じてしまう。でもあのちょっと、桃山さんとはつき合ってないから『恋人』のレベルじゃないけど。
あっ、つき合ってなくても『大好き』だけは言えるのか……でも王子はたぶん、『密入国者の扱いにされてしまうのかどうか』を訊いたような気がするんですけど……
ふと我に返ればふたりが俺の方をじっと見ている。なんと応えるのかとすごく注目してるよう。ええいままよっ!
「邦人を護るのが私の任務です」
出てしまった! こんなところでこんな台詞が。他に思いついたことばが無かったのかよ俺よ。そんな任務など無いのに。
「——耐えているんですね……そこがあなたの凄いところです」仮称井伏さんはそう静かに言った。
耐える? そりゃ恥ずかしいのに耐えてるけど明らかにそう言う意味で使ってないよね。
「格好いいけど、それは照れ隠しだよね」と王子。
もういいから!
「だけどさ宮廷に入るのに爵位は要らないんだったっけ? ミーティーの国は」
なんだそれーっ! 密入国云々じゃなくて〝身分〟の話しだったのかよ!
「私の国なら私の要請でカモさんを男爵くらいには簡単にできるけど」と王子。
するってえと俺は『カモ男爵』かよ。なんだその間の抜けた名前は。絶対にお断りだ。
「予め言っておくが、くれなくていいから。そんなものもらったら俺が王子の家来みたいじゃないか。そういうのはお断りだ」
「だとするとカモさんは私の国で私と面会できなくなるんだけどな」と王子はぶつぶつ。
「じゃあこうしましょう」唐突に仮称井伏さんが言い出した。『こうしましょう』ってことはどうやらこちらの国も事情は同じようなものらしい。どうもやんごとなき方々と付き合うのは面倒なことが多いようで。
「さっき『邦人を護るのが私の任務です』って言いましたよね? じゃあカモさんを外交官だと偽ればいいんです」
仮称井伏さん! なんてことを! 確かにこれは外交官(の役の人)の台詞だけど。
「そんな嘘すぐにばれます! 十代に見える外交官なんているわけないですよっ」即座に否定のことばが飛び出した。
「だけど『日本』という国の事情など公国では知る者はいないですよ」と返ってくる。
「でもさ、確か本国からの信任状ってのを持って行って
日本政府は確実に俺にそんなもの(信任状)は発行してくれないだろう。
「全権大使じゃないから要らないんじゃあないかなぁ」とまだ仮称井伏さん。
「しかしカモさん、よく〝
「なに言ってるんですか。あなたは。カモさんの国も君主制を採っているんですよ」と仮称井伏さん。
そういうの知ってたの?
「まあ厳密には立憲君主制というみたいですけど」と言っておく。
「じゃあいけますよ外交官。わたしの国も君主制だし、そんな感じで常識的に振る舞ってくれれば自然と外交官になります!」と仮称井伏さん。
「でも身分証を示してくれと言われたら——」と、ここまで言いかけたところで王子が口を開く。
「これは〝嘘も方便〟ってことだよカモさん。『お前は何者だ?』と問われて『外交官だ』と答えておけば問うた方も話しを丸く収められる。バカ正直に『被害者の恋人です』なんて言われたら宮廷の方々がてんやわんやの大騒ぎをするしかなくなる。その結果『外へ出て行ってください』になる。そういうとこだよ宮廷って」
王子よ……そこまで言っちゃっていいのかよ。そう内心で突っ込んだ。しかも王子まで桃山さんを『俺の恋人』扱いにしちゃってるし。
ともかく出立の準備をしなければならない。王子と仮称井伏さんには部屋から出て行ってもらって俺はわざわざ学校の制服に着替えた。きちんとした身なりに見えることが重要だ。そのように見える服は実は学校の制服しかなかったというのはそれなりに問題だな。それにしても制服がブレザーで良かった。かなり無理があるが外交官に見えなくもない。もし学ランだったら外交官と言うよりは海軍軍人になっちまう。
手ぶらで廊下に出るとそこにはふたりが待っていた。王子が俺に声を掛ける。
「そうそうカモさん、出かける前には地図帳持参で」
「なんで?」
「もしも時間ができたなら、カモさんが訊きたがっていた王国と公国について話せることもあるかと思ってね」
そう言や……あんなことも忘れてはいなかったってことか。確かに俺の方から『教えて欲しい』と言ったんだった。机の上に平積みにしてある教科書群の中から地図帳を引っ張り出しカバンに入れた。荷物が少しだけできた。
しかし行くとはいっても行き先はとりあえず俺の家の開かずのガレージ。近頃は家の者でさえ中に入っていないだろう。階段を降り庭に出てガレージに入る扉に手を掛ける。本来なら鍵がかかっていて開かないのだがこの中から王子たちが出てきた関係だろう鍵はかかっていない。扉を開け中に入るとガレージ上方に設けられた採光窓から入り込むかなり弱い消えかかっている光の中にうっすらと何かが浮かび上がっている。
天井に向かって一本のはしご。かなりキている。かなりシュールだ。
はしごって普通壁に持たせかけるように設置する。それがガレージの真ん中で屹立している。脚立じゃないぜはしごだぜ。二本足だけで立ってるぜ。取り敢えず当分高級外車なスポーツカーが入ってしまうことは無いだろうから当分このままでも大丈夫そうだが——。
俺はガレージの真ん中に歩いて行き、いの一番にはしごに手を掛ける。
「カモさん。先頭とは勇ましいね」王子の声。
しまった。勢いで手を掛けてしまった。しかし今さら『お先にどうぞ』とは言いにくい。なにか別に言う必……
「王女はスカートじゃないか。だから王女より後から昇るわけにはいかない」これを言った途端に「ええーっ」とひっくり返ったような仮称井伏さんの声。
「これだけ暗いんだからどうせ見えないのに」と王子の声。
「だからあなたはだめなのです」と再び仮称井伏さんの声。ひょっとして気にせずはしごを上下してた?
ともかく俺ははしごを昇る。普通このまま昇ればガレージの天井に頭をぶつけるが、ぶつからない。辺りは完全に真っ暗になってしまった。手の平にはしごをつかむ感触、足の裏にはしごに足をかける感触しか実感というものがない。いったいどこまで昇る? いやこの場合登山の登ると言った方がいいのかも。暗いからどうせ見えないというのは当たっているが落ちたら真っ逆さまじゃないのか?
しかしこのまま行けば外国とは。こんな手段で行けるなんて。なんとも異世界感満点じゃないか。これが別の宇宙につながっている道。その道を上へ上へと進んでいく。
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