第10話【異世界の国にまで響く〝日本〟神話】

「夜中まで道路に立って立ち話しはできないな」俺は言った。

「そうだな一旦引き上げるとするよ」と王子。


 〝そういえばどうなんだ?〟という些末な疑問が湧いてきた。この王子、それに仮称井伏さんもだが、夜はいったいどこで過ごしてきたんだ?


「どこへ引き上げるんだ?」

「わたしの国です」答えたのはまだ涙声の仮称井伏さんだった。王子に訊いたつもりだったが。

「そうですか、帰るんですね。そうですね、もう俺ら素人の出る幕じゃないですしね」

「何を言っているんですか? わたしはあくまで一旦帰るだけで明日また来るつもりです」

「そういやどこからどうやって来たんです?」

「あそこですよ」と、今度は王子。王子がある一点を指をさしていた。


 それは我が家の付帯施設、我が家の膨大な地面のロス。無駄に広いシャッター付き完全密閉型のガレージだった。ガレージと言っても中身はからっぽ。親父が『そのうち必ず外国製高級スポーツカーを買うのだ!』と宣言しつつそんなもの買わずに幾年月——。近頃は俺が国立か公立の大学に入ったら買うことになっている。そんな閉じられっぱなしのガレージを王子は指さした。


 あそこが異世界への入り口?


 そうか『暗い暗い部屋の中から』ってのは正にこのガレージじゃないか。あのガレージの通用扉を開けて外へ出たならウチの庭に王子と仮称井伏さんがいてもなんの不思議もない。むしろ当然だ。それにしてもいつの間に俺の家のガレージと異世界の国がつながってしまったものか。


「王子はどこへ?」俺はまた王子に訊いた。

「王女と同じところへ」王子が言った。

「婚約者なら夜も一緒でも不思議ないか」なにげに俺が言ってしまう。

「違う! 違います!」大慌てで仮称井伏さんが否定する。

「たとえ婚約者でも結婚までは部屋は別々なんです! ほんとうは結婚前に旅行なんてとんでもなくて……」

「婚前旅行ってダメなんですか? 婚約者なのに?」思わず訊いてしまった。

「そう……なんです。知れたらスキャンダルになってしまいます……」

 やんごとなきお方々というのは守らなくてはならないルールが多々あるようで。

「でもその割に来ちゃってますよね?」

「それはどうしても興味が抑えられなくて……それに〝日本〟って安全で人々が親切で旅行しやすいって話しだし……」

「誰の話しです?」

「それはここにいる……」

「王子か」

「ハイ……」仮称井伏さんは消え入りそうな声で返事した。


 王子め、まんまと上手いこと言って婚約者を旅行に連れ出したってわけか。

 しかしそれより問題なのは——

 なんか、日本に対する極端な安全神話が外国人の間に広まっていると思ってはいたが……よく分からない異世界の外国にまで広まっていたのかよ。

 日本人はオモテナシしてくれるとか、日本では百万円街中で落としても戻ってくるとか、夜出歩いても安全だとか神話レベルのヤツが。あっ、そうか。そういうのを真に受けてあんな夜に二人で出歩いていたり、茶封筒の手紙なんか書いて割と平気で俺なんかに頼み事してたりしたのか、もしかして。

 その〝期待〟通りのことをやっちゃう俺もたいがいだよなぁ。だから日本人は……


「事件はどの国でも起こりますよ」俺は言ってやった。

 それは日本だからって安全とは限りませんよ、という意味で言ったのだがふたりの様子がおかしい。

「申し訳ない」「すみません……」とそれぞれ王子と仮称井伏さんに言われてしまった。

 ? と少しだけ思考時間を要したが、どうやら〝平和な日本で外国人(異世界の)が事件を起こしたこと〟について俺が『どこの国でも起こりうることだ。だから気にしてない』と言ってくれたと、そう勘違いされたっぽい。

 訂正は……今さらするなんて……な。まぁ見送っておくか。


 そして現時刻をもって取り敢えず解散となった。解散すると言っても俺の家のガレージに入っていくだけみたいなんだけど。

「ちょっと待ってくれ!」俺のその声で歩きかけた王子と仮称井伏さんが振り向く。

 突如閃いたのだ。

「この世界と王子たちの世界をつなぐ道は俺の家のガレージだけなのか?」俺の声は自分自身で自覚できるほどハイテンションになっていた。

「どういう意味?」王子が問い返す。

「犯人たちはどの道から来たのかと思って」

「なるほど。結論から言うと犯人グループがカモさんの家のガレージから入ってきた可能性は確実にゼロだ。なぜならこの道を造ったのはわたしだから。だがここの国、即ち日本行きのルートなど造ろうと思えば誰にでも簡単に造れる。犯人グループは自分たちの造った道を通ってここに来たと思われる」

「どうやって造るんだ?」

「そうだった。『造る』はまったく不正確な表現だったな。正確には探してつなぐ、だ」

「分からない」

「カモさん、空を見ろ」

「は?」と言いつつ言われるまま空を見上げる。とっくに夜空だ。星は見えない。

「この空を上へ上へと上がっていくとどこに行くだろうか?」

「どこって……宇宙だろ?」

「宇宙っていくつあると思う?」

 なんなんだこの会話は?

「宇宙の中に星が幾つあるとかじゃなくてか?」

「宇宙そのものの数だ」

「ひとつだろ?」

「答えは数え切れないほど。ただしカモさんの答えでも厳密には間違っていない」

「なんだよ? そのなんだか分からない言い草は。それ常識?」

「極端に単純に言おう。宇宙は数え切れないほど存在するが、個々の宇宙は完全な独立体ではない。個々の宇宙の間をつなぐ道が自然界に必ず存在している。そういう意味では全ての宇宙は他のどの宇宙ともつながっている。だから宇宙はひとつしかない、とも言える」

「頓智か?」

「重要なのはこれから。個々の宇宙をつなぐ道を探して利用する技術が私たちにはある。道は既に自然に存在しておりその道を探して利用しているだけ。もっとも私も理解しているわけじゃない。センセイの受け売りだ」

「こんな特殊な技術をどうして犯人グループが?」俺は言った。

「カモさん、特殊じゃないよ。誰でも使えるけど」

「つまり俺が気づかないだけでそこいら中を異世界人がうろついているのか?」

「いや、うろついていないだろう」

「話しが通じないが」

「つながった先がどんな世界か分からないだろ? 怖いじゃないか。そういう意味で出かけてみようと考える者はめったにいない。よって異世界人とはめったに遭遇しない」

「でも王子たちはここにいるよな?」

「世の中には冒険野郎というのがいてね、彼らは見知らぬ宇宙へ冒険に出るんだ。この世界にやってきた彼ら先駆者の記録、即ち座標が示されてあるから私たちみたいなのも来れるわけ。要するにガイド本のようなものが既にある」

「つまり日本のことはその本に載っているのか?」

「そう。先駆者の記録に残された座標がこの国を指していた。ただしこれは広く公開された情報ではない。講習などを受け一定の条件をクリアした有資格者が自己責任で情報を利用できる。冒険まではいかないが冒険旅行ってとこだな。何しろこの国には正式な手続きを踏んで入国してないし」


 王子と王女のくせに不法入国者かよ‼

 しかしどうやら王子と仮称井伏さんは宇宙人と異世界人を混ぜ合わせて二で割ったような人々であるらしい。全然違和感が無いというのが逆に凄い。宇宙って狭いな。


「ちなみに座標を示す桁数はそれこそ天文学的数字になりしかも末端の部分では必ず誤差がでてしまう。ある種の確率論で出口が決まる。これが同じところに出口ができない理由だ。とは言えだいたいの数値さえ分かればほぼ同じところに出られるようにはなっている」


 俺はなんだかよく分からないがウン、ウン、とうなづいていた。


「——そしてここが重要な点だ。私たちがこの世界この時間にやって来て、犯人グループも偶然この世界この時間にやって来たなどという奇跡は起こらない。私たちの行動を予め知っていたからこそ、私たちにとっての異世界で遭遇してしまったと考えられる——。いや違うな。これは遭遇じゃない。犯人グループからみれば必然なんだこれは」

「それって、あの警察官が言っていたのと同じじゃないか」

「残念ながら、ね。私たちは旅行先でたまたま犯罪に巻き込まれたんじゃない。むしろ巻き込まれたのはカモさんの方だよ。たまたまルートの出口がカモさんの家だったために犯罪に巻き込んでしまった……」そう言って王子は頭を深々と下げた。仮称井伏さんはそのまま立ち尽くし、ただ呆然と王子を見ているだけ。

 本来頭を下げる必要などない人生なんだろうにな、この男は。


 ただ俺は感傷的なシーンを演出したいわけじゃないんだ。王子たちと同様、犯人グループも異世界から来たなら——こうは言えないか? 俺は考えついたことを口にした。


「こっちの世界とそっちの世界を結ぶ道……いやトンネルの出口と言った方が良いのか、それを見つけ出し封鎖すれば犯人たちは元の世界に帰れなくなる。そうすればこっちのカードになるし、こっちの交渉ペースに持ち込める。人質をとられていても五分と五分になる! 違わないか?」

「確かに……それは言えるかもな」

 王子を唸らせた! これはいける! 感情がポジティブに爆発するような感覚。

「ぜひこの事を王子の国の警察に言って欲しい!」

「分かった……」

「また明日な!」と口からことばが飛び出し、自然と大きく手も振っていた。

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