第22話【まだできることがあるはずだ】

「こうしている間にもとーこさんがひどい目に遭っているかもしれません……」


 井伏さんのことばが胸に突き刺さる。周囲がこれほど心配していても桃山さん本人はたいした目に遭わないだろうと高をくくっていた節がある。あの部屋でのやり取りが頭の中に蘇る。

 『いいよね、とーこ』、そう犯人の女〝ナキ〟は言い、その後に『いいよ』と、桃山さんが返事した。まるで迷いも無く。

 そのせいで桃山さんが今どんな目に遭っているかは解らなくなっている。今や共犯者と化している可能性も————


「もしかして——ひどい目には遭っていない可能性もあります」俺は別の可能性を口にした。これを言わねば〝良心を欠く〟と、思ってしまったのかもしれない。

「どうしてそんなことが言えるんです?」と井伏さん。

「俺の……いや私のカンです!」問われればそう言うしかない。

「王子病がうつってしまいましたか⁉」

「そうですね。でも犯人グループの女リーダー、確かナキさんとか言いましたか、彼女と桃山さんの仲は奇妙なんです」

「どう奇妙なんですか?」

 少し意外な気がした。

「通信機を通してのやり取りは聞いていないんですか?」

「すみません。とーこさんがいっしょに行ってしまったことを知らされただけで、中身については聞かせてもらってません」

 あの警察官、自国人と外国人を区別するよな。

「どう奇妙なのか教えて下さい!」と井伏さんに急かされる。

「傍目に友だちのように見える」俺は率直に言った。

「そっ、そんなことあるわけないです。とーこさんはわたしの友だちで、危害を加えるような悪い人と友だちになるわけないです!」


 このたった今のことばで瞬時に納得できた。井伏さんとナキとかいう女リーダーはグルじゃない。いまの声の質にあの表情、確実に〝嫉妬〟が入ってる。


「ところがそれもあり得るんです。桃山さんは昔から誰とでも話しができる性質で、周囲からは面倒見が良くて誰に対しても親身になれる女子だと思われていました。当然友だちは多いように見えました。ただ——」

「もったいつけないでください!」

「時間は有限なので友だちの数が多すぎると一人当たりの持ち時間が短くなっちゃいます」と、気がつけば不思議なフォローをしていた。

「ですよねっ。そうですよねっ。こんどとーこさんに逢ったらそこを言っておかないと」


 下手なことを言って墓穴にならなきゃ良いけどと思ったがさすがにそこは黙っておくしかない。誰とでも話す桃山さん。俺とすら話す桃山さん。

 だけど桃山さんから見たらどうなる? 桃山さん自身の持つ〝友だちの定義〟は俺には解らない。


「カモさん、冗談みたいな話しはさておき、救出作戦始めないと」微妙に不機嫌さの入った声で王子が言った。もうこの手の話しは聞きたくないといった風だ。

 王子からしたら井伏さんと桃山さんの〝間〟が垣間見えてしまったことに不快感を感じたということなんだろうか。桃山さんは井伏さんを匿った人間だから当然そういう感情にもなるだろう。

「単なるプラス思考だから気にするな」俺は言った。

 王子は合点がいかないという顔のまま。

「井伏さんが悪い方の目を考えて桃山さんのことを心配しているから、そうじゃない目もあると言ったまでのことだよ」

「そうなんですか⁉」と井伏さん。

「ちなみに今言った事は根拠の無い気休めではありません」

「すっ、すみません」と、またうつむいてしまう井伏さん。

「しかしプラスに考えてるだけじゃ事態は動かない。探さないと」と王子が言う。

「探すにしたって当てが無い」俺は言った。

「そりゃ無いだろう。探そうにも犯人はもちろん被害者の顔もここの警察が知らないんだから」と戻ってきた。

 ……我ながら間が抜けているな。



「カモさん、真面目に考えてる?」と王子。

「考えてる!」

「大公陛下との会談がまずまず上手くいった一仕事終わった感で、精神がくつろいでないか?」

 む……、王子め、言うよな。


 だけど確実に言えることがある。細かい手段は別にして、どう解決したら確実安全に桃山さんを奪還できるかについては青写真は一枚しかない。


「救出作戦は一つしかないんだから考えるまでもない」

「というと?」

「こっちが呼びかけこっちに足を運んでもらう」俺は言った。

「人質が勝手にこっちにやってくるの?」

 王子め、あからさまな疑問を。

「これは作戦だ」と俺は断言する。

「それは単なる〝待ち〟じゃない?」

「確実に言えるのは事件解決のために『もっとも避けるべき解決方法』を採らないことだ」

「避けるべき解決方法って?」王子が問うてきた。 

「犯人グループがどこかの建物に立てこもり周囲を警官隊が包囲、警官隊が強行突入し銃撃戦の末強引に解決するという方法だ」


 どうもこれを王子の国の警察が桃山さんの家でやらかしたようだ。王子も死亡者すら出たかのような考察をしていた。これをやられた場合、下手をすれば桃山さんが異世界で死んでしまう。探し出して突入すればいいというものではない。これだけは確実に『正しい』と俺は確信している。


「それはけっこう難しい話しだぞ」王子が言った。

「他にもっと易しい方法があるのか?」

「そういう意味じゃない。外交官には捜査権は無い。つまりここの国の警察の指揮権など無い。公国の警察が事件解決のためどう青写真を描いているか分からないが、カモさんが犯人と交渉するってことは、ある意味警察の裏をかき、出し抜くってことだ」

「……確かに、そうですね……。せっかく外交官としてこの国に入り込めたのに〝好ましからざる人物〟にされてしまうかも……」井伏さんも不安を口にした。


 外交官、なったばかりでいきなりペルソナ・ノン・グラータかよ⁉


「ちょっと待って! 俺、大公様に会ったとき『交渉する』って言って、特に何も咎められなかったんだけど!」

「カモさん、上は上、警察には警察の論理がある。君主だろうと王族だろうと上意下達で全てが動くわけじゃない。だからこれは〝早さ〟の勝負になる」王子が俺の顔を見る。

 確かにあの王国の警察官は別に王子に従順というわけではなかった。何処だろうとそういうことなのか?

「警察と競争するのか?」俺は訊いた。

「そう。警察が本格的に何かを始める前に先んじて解決策を提示するくらいやらないと」


 急かすな。しかしこれは正論だ。今はあらゆることを急がなきゃいけない。

 しかし、なにかやるにしてもあらかじめ断っておかなければならないことがある。

 俺は井伏さんに顔を正対させる。

「申し訳ありません。公国の中に犯人がいるという前提で考えます」俺は言った。

「もういいでしょう」井伏さんの声にドギリとするが、その後続いたことばは「カモさんの信じる道を」だった。

「どうも、です」としか口にできない。

 今まで〝公国の人間が犯人じゃないか?〟という説を嫌がっていたのに。


「犯人たちはもめていたんですよね。だったら余地はあると思います」

「ミーティー、余地って何するの?」王子が意地悪なことを言う。

「余地は余地っ、交渉ですっ! カモさんも言ってたでしょう!」


 たぶん一人きりだったら途方に暮れていただろう。だがこの二人のおかげで俺がやるべきことが見えてきたような気がする。

 そう、俺は交渉する。犯人と。その内容をこの国の警察が快く思わないかもしれないことを理解しながら——


 井伏さんはくるりと身体の向きを変え王子を指差し、

「いまから警察の人を呼んで似顔絵作りますから、あなたは横で見ていてくださいっ」と宣告風に言い切った。

 とは言え〝顔〟のことをいの一番に指摘したのは王子ではある。


 ただ、似顔絵を作っている間、王子はひとり部外者扱いになる。桃山さんの顔も犯人のナキの顔も知らないわけだから。

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