第27話 疑念
ご丁寧に長々と続くテーブルの並びを一周して、リオは老若男女に声をかけている。私はそれを眺めながら、お茶を
「イーヴァ、ちょっと来てくれ、話がある」
気が付くと、人々のイスの後ろのぎりぎりの幅を、リオは固い表情で馬の手綱を引きながら歩いていた。
「ここは私たちに任せて下さい」
サラに言われて、テーブルを挟んだこちら側を、水車小屋の方へ向けて歩いた。
会いたかった。会いたかったけれど、ふたりで話したらまたうまく行きそうにない。ドキドキもするし、怖いし、意見も合いそうにない。何を言っていいのかもわからない。
事務的なことに頭を向けた。
えっと、私のお金。一度は二千五百ピーに届いたけれど、このお茶会の準備に五百ピー使った。今リオに渡せるのは二千ピー。当初の予定の半分だけ。
今日コッファーに入る金額はどのくらいだろう?
テーブルが途切れたところでリオの後ろについた。水車小屋まで来て、馬に水を飲ませると、夫は私を馬に乗せた。
久々の横乗りだ。男の胸がすぐ私の横にある。頭をもたせかけていいかどうか、わからなかった。
「王都はいかがでした?」
「難しいな」
「大変、だったの……」
「石を積み上げる方が楽だ」
「そう」
「会いたかった」
リオはそれだけ言って、馬を止めてキスするわけでもなく、速めて抱きつかせることもしなかった。
私は俯くしかできなかった。
「どうしたら、笑ってくれるんだ? お茶会であんなに笑顔を振りまいて、パスティの客にもにこやかなのに、私にはまるで冷たい」
「冷たくは……ない」
熱過ぎるせい。
「髪を切っても髭を剃っても、私の方は見てくれない」
「それは……」
声にならない。
私が言ったから髪切ったの? 作業中、鬱陶しいからじゃなく?
「もう街でのお茶会は、止めてくれるか?」
「ダメ、でした? もしかしたらたくさん募金もらえたかもしれないのに?」
「冬が来る前に、屋根は葺かねばならない。マリア像の支払いも迫っている。税を徴収するしかない」
「ダメ、それだけはダメ。税金払わなくていいようにって募金してくれた人々が絶対怒る」
「民もマリア様にお祈りを捧げるために募金したのであって、税を逃れるためではないだろう?」
「それでもだめ。もう少し待って、やっと二千ピー貯まったから、二倍にしてみせるから」
「だめなんだ、おまえから四千ピーもらっても足りない」
「足りない?」
「石の値段が上がった。デーン人がイースト・アングリアに集落を築いている。アイツらの家は全て石造り。その分、こちらに廻ってくる石が足らない」
馬上で頭がぐるぐる痛み始めた。
「詳しいこと、おうちで話して」
そう言って私は夫の胸に目を瞑った。
書斎に入った。
「今、話しても大丈夫か? 疲れているのなら少し休むか?」
「大丈夫です。お話聞かないと落ち着きません」
「おまえが私に気を許すのは体調の悪いときだ」
「そんなこと、ないです……」
と否定しても、そう取られても仕方ない行動をしてきてはいる。
書き物机を挟んで、イスに座らせてもらった。長い話になりそうだ。リオもひとつ文章を紡いでは考え、そしてまた言葉にしていく。
「私はあの聖堂を『純潔の聖マリア教会』と名付けることにしている。作らせているマリア像も、聖母というより乙女の姿だ。そして本当は今日までに完成させたかった」
「マリア様の誕生日を知らしめて祝ってくれたのは感謝する。だが私はおまえにあんなことをさせたくない」
「あんなこと、とは?」
「人足達に言われた、『妻なら大事にしまっておけ、あれじゃ商売女か花売り娘、今日は酌婦だ』と」
「そりゃ、サラにも商人の真似ごとって言われて、お花売ってお茶を
「そういうことじゃない。低俗な意味だ。どれも『金を払えば自由にしていい女』というニュアンスで使う」
そうだ、売春婦とかの婉曲表現だ。
「それで私の心に疑念が湧いた。おまえは私だけ、拒んでいるのではないかと」
「へ? 何?」
聞きとれなかったのか、私の頭が理解を拒否したのかどちらかだ。
「私が王都に行った間に、作業場の皆がおまえを知った。おまえは聖女マリア様ではなく、マグダラのマリアか?」
何ソレ、そんな話どっから出てくるの?
私が娼婦だと言ったの?
「私を知った」ってそれも低俗な意味? 身体を知ったって意味なの?
パスティの常連さんでも名前を聞いてる人なんていないのに?
「おまえになら一回400ピー払ってくれるそうだ」
「はあ?」
「20人相手にしてくれたら税を取らなくて済む。『太ってはいないのに出るとこは出ていてソソる。あの初々しい、本物のマリア様みてぇな身体だったら、裸を拝ませてくれるだけで100ピー』だそうだ」
そんな下品な話をお茶会のテーブル周りでしていたとは。
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