第26話 ストリート・パーティ


 ストリート・パーティの準備はお屋敷の有能な女性陣が、どんどん進めた。

 私は、口コミでお誕生日会の宣伝をすること以外は、やり始めた日課を続けていた。


 パスティの常連客になってくれた、建築現場の石工さん、床の舗石担当、壁のタイル担当さん、地ならし係、石を積む前の木枠係、そんな人々の顔を憶えた。


 トマスのお母さんを中心に、いろんな女の人とも知り合うことができた。嬉しかった。


 本当のお母さんではないけれど、まだ微妙な質問はできる間柄じゃないけれど、「おはよう」とか「元気?」とか声を掛け合うだけで、人は安心するものだとわかった。


 リオが出かけているうちに、生理が来て終わって助かった。

 日本だとしたら平安時代だ、物忌みと称してどこかに姿を隠し閉じ籠っていたはずだ。


 コットンもティッシュも無いけれど、布は麻かウールだから余り吸収はしないけれど、乗馬ズボンがあって、垂れ流しになることはなかった。

 屋敷や庭周りなら動けたから3日間、サラやルツを手伝った。


 サラは私が来る前はリオのお側仕えだったらしく、手もかからないから、周期次第で他の3人といろいろ融通して仕事をしていたらしい。


 生理ひとつでこれだけ大変だと、いざ病気になったときはどうするのだろうと不安になる。

 妊娠してしまったら?

 産褥熱とかってあったよね?

 現代日本でもお産で死ぬ女性はゼロではない。


 痛み止めも抗生物質も無い。


 それでなくても恐いのに、どうやって「夫婦生活」に足を踏み入れたらいいんだろう?


 結婚しているルツもメルもベックスも元気そうだ。

 ベックスは長男が街にいて、ルツとメルは子どもができるとしたら、これからだ。

 誰も恐れているようではない。


 リオのこともっと好きになったら、自然にデキるようになるのだろうか?

 わからない。



 リオが戻らないうちに、マリア様のお誕生日が来てしまった。


 準備は万端だ。

 前日から街に運んでおいたもの、パン屋さんで作ってもらったもの、お供え用のキャンドルもお花もたくさん。


 通りの真ん中に高さも長さもまちまちのテーブルをでこぼこ連ねて、両側にそれぞれのイスを持ち寄り、5メートルはあるハイ・ストリートの道幅を占拠する。

 王都へ行く人も戻る人も、街の南北で足止め、パーティに参加して寄付しないと通してあげない。


 土木作業はお休み、子どもも大人も卓についてお茶やお菓子を楽しんだ。


 お屋敷の女五人組は、ティーポットを手に席を廻った。

 子どもにはきつすぎるお茶もある、自分の持つお茶名を呼ばわりながら、おしゃべりしながら、笑いながらだ。

 ローズヒップ茶にジャムや蜂蜜を入れるのが、子どもに人気だった。


 どこからか、歌が湧きあがる。


「マーシアの国歌ですね」

 隣でお客にお茶をぎ分けていたサラが囁く。

「マーシアの国のうた? 伯爵領の歌ではないの?」

「イングランドの歌をうたえと伯爵は言われて。伯爵領として残してもらえたのは王のお慈悲だと。でもお兄様は、もっとマーシアを愛していた」


「リオのお兄様?」

「デーンとの戦いに征き、戻られませんでした。私の故郷での戦いでした」

「えっと、イースト……」

「アングリア」


「もしかして……サラのために戦いに行ってくれたの?」

 私はおずおずと質問した。


「かもしれませんし、そうじゃないかも。お互い、言葉にするにはまだ、若過ぎて……」

「まだ、好きなのね」

 サラはお誕生日会とは思えない、淋しそうな顔を向けた。


「よかったのに、マーシアで。あのお屋敷で母とあの人と、リオフリッチ様と先代様がおられて、メルもルツもいて」


 サラの好きな人はリオじゃない、リオのお兄さんだ。もう戻らない人。


 聖堂建設現場に近いほうのテーブルから「ほぉ」と感嘆の声が上がった。

 目を向けると、背の高い男が品よく膝をついてコッファーの前で祈り、立ち上がったところだ。


「リオ……」

「あら、ほんと、旦那様ですね。さすが奥様」


 夫はくるりとテーブルのほうに振り向いた。民衆がどよっとした。

「フフ、あの服で髭が無いの初めてみたわ」

「若く見えますよね。でも旦那様があの服以外の時って? 乗馬服か騎士服か、たいして変わらないと思いますけど?」


「何日か肉体労働者さんたちに混ざってたのよ、下着同然の格好で」

「本当ですか?」

「ええ。パスティを買ってくれたの」


「はぁー」

 サラがサラらしからぬため息を漏らした。

「何のため息?」


「心配して損しちゃったって意味です。おふたり凍り付いてるのかと思ってました。街で逢ってたなんて」

「会ってたってわけじゃないわ。冷え込んでるのは確かよ」

「どうだか」


 リオの周りから爆笑が聞こえる。一緒に働いた作業員さんたちに身分を明かして笑いをとっているのだろう。


 いいな、あんな笑顔もらえて。仕事仲間にヤキモチやきそうだ。

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