第22話 名物-マーシア・パスティ


 そうこうしているうちに、ベックスの「ザリガニ・パスティ」が完成した。コロッケのようなパイのような三日月型で、確かにロブスターのように美味しかった。

 調理前のザリガニは小ぶりで、見た目も川エビのように透き通っている。アメリカザリガニとは別ものだ。

イケる、と思った。


「ひとつ作るのにコストはいくらかかるの?」

「ザリガニ捕まえるお駄賃とかも入れるんです?」

「入れて。普段のお屋敷のお料理に使わない分全部」

「20個作るのに52ピーでした」

「そんなにかかるんだ。1つ2.6ピー。3ピーかあ」


「黒パンひとつ3ピーだと思えばこれはご馳走ですぅ」

 ムッとしたベックスを宥めた。

「10ピー出してもいいできよ。でも聖堂を建てる人々がお昼にそんなにお金を使うとも思えない」

「4ピーがぎりぎりでしょうね」


「これ、明日も作ってくれる? 人気が出るまで毎日になっちゃうんだけど」

「いいですよ。そしたらもう少しコスト安くなります」


 11時頃から聖堂の建築現場、募金箱の近くに机を置いて、出店を開いた。商品は、「お昼に最適、マーシア・パスティ」と「白玉キャンドル」と切り花。

 同い年くらいのお花屋さんと売り子をした。


 でも筋肉隆々の作業員さんたちは遠巻きに見ているだけで、買いに来てくれない。


「オダイバおねえちゃんだー」

 興味津々のトマスが友達を引き連れて遊びにきた。


「少し食べてみない?」

「お金、ない」

「いいの、いいの」


 サクラになって口コミもしてくれれば、十分。


 1つを4つに割って、子供たちに渡した。

「マーシア・パスティって何?」

「何が入ってるの?」

「食べてみて」


 どうしても、ザリガニという言葉の語感が悪い気がする。子どもの頃、兄貴とドブでアメリカザリガニ釣りをしたせいだ。


「クレイフィッシュっていうの。美味しいでしょ? カニとかエビの仲間」

 教えてもらった別名のほうを使うことにした。


 伯爵領マーシアは内陸で、池や湖、水路が多いから、ザリガニも多い。郷土料理にならないかしら?


「なんだ、肉入ってないじゃん」

 一番年上の子が言う。

「でもおいしかった」

「明日も売りに来るから、それまでにみんなに『おいしかった』って言っておいてね」

 トマスは基本、食べているとにこにこ顔だ。可愛い。


 パスティはひとつも売れなかった。キャンドルが2つ、花が4本。


 天日にさらしたから、残ったお花は萎れかかっている。私が買い取ってマリア様の花瓶に活けさせてもらった。

 退屈で楽しくも無かっただろうから、マーシア・パスティをお花屋のミウに5つあげた。


 残ったパスティは半分を旅籠に、半分をパン屋さんに引き取ってもらった。ただでいいから誰にでも食べさせてと。


 うちに帰ってから肩で息をいた。

 こんなことで募金箱に四千ピー、溜まるだろうか。

 マーシア・パスティの味には自信がある。何と言ったってベックスのお手製なのだ。

 4ピーという単価も変えるつもりはない。

 下手に安くすると、パン屋さんや旅籠の迷惑になるかもしれない。


 明日だ、明日がある。

 リオにはまだお金を請求されていない。四千ピーの支払期限はまだだ。焦らない、私が焦っても仕方がない。

 売る方がおろおろしたらお客さんは寄ってこない。

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