第23話 パスティのお初客は誰?!


 次の日も同じしつらえでミウと売り子をした。

 ミウは温順しく口数は少ないけれど、出店をするのは嫌いじゃないようだ。


 昨日よりは、街のおかみさん連中がおしゃべりがてらお花とキャンドルを買いに来てくれて、その相手をしている。

「お花は花瓶のどこに挿してもいいの?」

 というお客さんに、

「白いマーガレットの横なら映えますよ、ちょっとこっちに向けて……」

 などと助言している。


「マリア様にお祈りもしてくださいね」

 と私は横から声をかける。

 1ピーをコッファーに入れて両手を合わせて拝んでみせた。

 おかみさんたちは、「今日はお花だけで……」などと言いながらそそくさと去っていってしまった。


 うわぁ、私、マリア様オタクに見えるんだろうなあ。

 マーシア・パスティの並ぶ机の後ろに戻って苦笑した。


 建設現場の労働者たちは相変わらず遠巻きに見ているだけだ。

 おいしいのに。

 食べて元気に働いてくれたらいいのに。


 私の身長くらい聖堂の壁が組み上がっている向こうから、ひとりの男が近付いてきた。

 スラリと背が高い。

 歩く姿勢がいいから余程背が高く見える。

 亜麻色といっていいのか、明るいブロンドのショートヘア。

 首周りにかけた手ぬぐいで無造作に顔を拭きながら歩く。

 長袖の薄いシャツの片袖を脱いでいて、垂れた布地が、タイツのように細いズボンの腰回りをカッコ良く隠している。


 マーシア・パスティのお初客はつきゃく


「ひとつもらえるか? 今こんな格好で金も持ってないんだが」


「リオ!」


 夫だった。短髪の、髭を剃った、リ・オ。


「そんなに驚くことか?」


 そりゃそーでしょ、伯爵様が何で汗だくになって肉体労働してんのよ。

 何で髭がないの?

 何で髪が短いの?

 そんな乱れた格好して、作業員に混じってるの?


 何で、そんなに、綺麗、なの?


「マーシア王の末裔がマーシア・パスティの味を知らないのは問題じゃないか?」


 おずおずとひとつ差し出した。動悸がする。眩しくて顔も、胸も見上げられない。


「ん、うちのザリガニだな。ベックスもいい味引き出してる」

「あ、ありがとう……」


「ど、どうして、働いているの?」

「私はいつも働いているつもりだが?」

「ここで、汗かいてって意味……」

「人を雇う金がないから」


 私のせいだ。お金が工面できてないから。


 怒ってる? 髪型は変わっても、スペードのジャックのように横を向いて、心のシャッター閉ざしたように無表情?


 それとも笑っていてくれる? あの初めて馬に乗せてくれた時みたいに、笑っていてくれる?


 声に抑揚が無くてどちらかわからない。

 確かめようにも、恥ずかしくて、気後れして、顔が上げられなかった。


「代金はどうすればいい?」


「あなたから頂くわけには……。でももし払っていただけるなら、マリア様に、あのコッファーに入れてください……」

「あ、そうなのか、これがおまえの……。わかった」


 夫は歩き去って、遠巻きに見ていた他の作業仲間と話している。何人かがこちらに向かってきた。


「今金払わなくてもいいってほんとか?」

「仕事中、金持ち歩いてるわけねえだろって話してたんだよ」


 あ、そうだ、1ピー硬貨4つをじゃらじゃら身につけていられない。10ピーは穴があって首からぶら提げることもできるけど。


 ――こういうところが盲点だよなあ。


 着ている物は夫と大差ないのに醸し出す気品というものが足らない、などと男たちを眺めた。

 男の人の汗がカッコいいと思ったのはリオだけ。

 短くなった髪は汗を吸ってもいたのに、紫外線をたくさん受けたせいか薄めのブロンドに見えた。

 威厳というより気さくな感じが漂っていた。


 彼を前にした時のドキドキは他の男たちにかき消され、嘘のように引いていった。


「仕事の後でも明日始める前でもいいですから、あの箱に入れてもらえます? ひとつ4ピーです」

「とんずらしてもいいのか?」

「金額、誤魔化すかもしれないぜ?」


 そんなの想定内だ。

「マリア様の御前みまえに恥ずかしくなければ、いいですよ」

 と言って、にっこり笑った。


 男たちはちょっと顔を赤らめて「そんなことしねーよ」と言うと、パスティにかぶりついた。


「うめぇ」


 よかった、これで少しでもリオの助けになる。


 男たちが離れていくと、ミウが急に、

「私も昨日の分払います」

 と言いだした。

「昨日のは働いてもらったお礼よ」

「萎れた分までお花買ってもらいました。パスティの分は未払いです。とってもおいしかった、家族みんな喜んだので」


「お代ということじゃなくて、マリア様にお祈りする分なら、コッファーに入れていいわ」


「もう、奥様ってほんと、ヘンな人ですね。普段はハキハキしてるのに、最初に来てくれた美形のお客さんの顔を見ようともしないで。他の人たちにはポンポン言い返すくせに」


 あせあせ頭を掻いた。「美形の人」が誰だが、ミウは気づいてないみたいだ。


「イケメンの人って顔が凶器じゃない? とっつきにくくて」

「え〜、私は見ているだけでうっとりでしたけど」

「ミウが? いつも落ち着いてて万全の接客なのに?」

「見惚れることくらい、あります!」


 リオに見惚れたんだって。私は見惚れる余裕もなかった。心臓バクバクだったもの。

 うちに帰ってもあんなリオがうろうろしていたら、私キョドってしまう。



 夫はその夜戻らなかったようだ。街に泊まっているのかもしれない。

 少しがっかりした。

「ありがとう、お客さんが来てくれるようになった」って言いたかったのに。

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