第19話 片想い
夜遅く、自室の机について、手元に集まった400ピーを見ていた。これを元手にして10倍にする。それもまだ非現実的だ。
マリア聖堂の土台ができたら、募金箱を置こう。
盗まれないよう鍵付きの、海賊の宝箱のように外身だけでも重たいのを、鎖で立ち木にでもつないで。
税金ではなく、皆の意思でお金を出して欲しいから。
バタン。
突然部屋のドアが開いた。ノックも無く。
後ろ手に閉めているのはリオだった。
「何?」
ゆっくり立ち上がり、できる限り動揺を隠して言ってみた。
「おまえは、いつになったらふたりの部屋に来るんだ?」
あ、あのお部屋。夫婦の寝室。倒れかけて寝かされた大きなベッド。
夫の声はいつもよりもっと低い。怖かった。
「マリア聖堂ができたら、ご一緒します」
「いつのことだ?」
沈黙が凝る。
「お金ができたら、です」
「金を作るつもりはあるのか?」
「頑張っているつもりですけれど?」
「屋敷の物も以前より安く売り捌いて、得た金も街で使い、貯めようとしているようには見えないが?」
「でしょうね。今、投資期間なので」
「トウシ?」
「私をバカにしているのか?」
「していません」
悲しくなってしまった。リオは私を見失っている。何も説明していない私が悪い。悪いけれど。ちゃんとした夫婦になってない私が悪い、けれど。
「来いよ、抱くから」
丁寧語でない物言いにギクリとした。余裕がない、と思わせた。
紳士でも伯爵でもない、年相応の「男」な気がした。
「疲れているでしょ、あなたも。建築現場と行ったり来たりで」
そう言うのがやっとだった。顔が引き攣って、目が泳ぎ、息が浅いのが自分でもわかる。
リオは返事も無く近付いてきて、私の右手首をぎゅっと握った。
「痛い」
「今日、八百屋で楽しそうだったな。ああいうのが好みか? 短髪で髭も無く、若くて威勢がいい」
答えられなかった。
八百屋は軒先まで野菜棚を出しているから外で話していた。店内で二人っきりになるよりいい気がした。
リオはその光景を見てしまったらしい。
心拍数が上がる。目が潤む。怖い。でも怖いだけじゃない。
悲しい。
このまま抱かれてしまったら、私は後悔する。
抱かれることはできる。抱かれてしまうことはできる。
抱かれてしまうことと抱いてもらうことは、バラの棘と花くらいかけ離れてる。
手首を握り潰しそうなこの力でこの人が私を組み伏せたら、その棘は一生残る。その後どれ程優しくされようと、何年夫婦を続けようと。
リオが無理強いできる人なのなら、どうしようもない。
今日逃げても明日、いずれ、時間の問題だ。
抵抗するべきだろうに、悲しさか諦めかが心に充ちて麻痺してしまった。
夫婦の部屋まで引き摺られても、この部屋のベッドに押し倒されても。
それが私のみじめな、初めての経験になるだけ。
リオは私の手首を放し、抱きしめた。
触覚も痛覚も止めようと頭に
声が聞こえた。
「私はおまえの何だ? ただの同居人か? 保護者か? やはり
「帰れないのです……」
「だから仕方なしにここにいるのか?」
「仕方なしではないけれど、他に行くところもありません」
「そうか……、やはり私の片想いなのだな」
次に聞いたのは、扉が蹴破られる音だった。
独り部屋にとり残されていた。
「リ……オ」
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