第18話 八百屋の若旦那
ある日お茶会で、メルが
「夏野菜がどれ程余るか、今なら予測がつきますけど、どうします?」
と訊いてくれた。
「少しでもたくさん収穫して街に持って行きたいわ」
と答えた。
「じゃ、明日収穫手伝ってくださいます?」
「もちろんよ!」
一番多かったのは、ベニバナインゲンだ。平べったく長い豆で、鞘ごと食べるから保存がきかない。私の身長より高く蔓を伸ばし、4つ5つと束になってここかしこ、ぶら下がっている。
そしてエンドウ豆。冬季保存用はもっと熟してから摘むのだそうだが、それでも余る分を旬のうちに収穫した。花もまだ咲いていて、これからも余分ができる由。
後は、アサツキがたくさんと、マローと呼ばれるズッキーニのお化けのようなもの5つ。
リオは一度野菜畑に顔を出し、「おまえがそんなことをしなくても」とぶつくさ言ってうろついてから書斎に戻った。
馬に乗せてもらうことがなくなったので、てんで密着していない。
日曜日の朝、裏の聖ミカエル礼拝堂で隣り合って座った時だけ、そっと手を握ってきた。
キスもハグもされてない。可哀想な夫だとは思う。
それより今は、聖堂を建てる方が大事でしょ。
リオはもう既に土木作業に着手した。自分のお金、六千ピーでできるところまで進めるつもりだ。
私のお金が間に合わなかったら、その場で税の徴収を宣言しかねない。
初めて会話した八百屋の若旦那はかなり口の悪い、やりにくい相手だった。
伯爵夫人という肩書に敬意を払ってもくれない。
「そっちの野菜とこっちの野菜、分けて売るなんてできねえんだよ。お屋敷モンでモノがいいってのは見てわかるよ。それを安売りされちゃ、こっちの商売あがったりだ。そっちがベニバナインゲン1ピーなら誰がこっちに2ピー払うんだよ?」
ごもっともだ。価格破壊することになる。
「あの、今まではどうしていたの?」
「仕立て屋が持って来た時に金渡してた」
「うそ? 前払い? できるの?」
「金額にもよるさ。それでいくら欲しいんだよ?」
「ベニバナインゲンが10本あるから20ピー」
「それなら何とかなる。他のもんは?」
「へ?」
「そっちのマローとかアサツキはいくらかって訊いてるんだ」
「全部で20ピーよ」
「そんなバカな」
「いいのよ。お屋敷で食べきれないの。私が儲けたいんじゃなくて、あなたに儲けて欲しいの。好きな値段つけて売ってちょうだい」
「何だよ、それ。儲けの無い商売するんじゃねえ」
「儲けはあるのよ。20ピー貰えれば」
パン屋では25ピー貰えた。日毎に増える取り分は、少しずつ、みんなにお金が渡っている証拠のように思える。
もちろん、これはリオが聖堂建設を始めたから、現場で働いて臨時収入を得る者が出てきたお蔭でもある。
となるとだ、次に考えるのはその作業員たちの食事じゃないだろうか。
領民ならうちで家族と食べるだろうけれど、他の街から来て働いていたら。
もらった日当を使わずに持って帰ったり、家族に仕送りするかもしれない。
リオのお金はこの街で使って欲しい。
お料理だ。元手のかからないお料理をして仕出しをする。
建築現場の近くに出店を開く。
働く合間に食べられるような、ハンバーガーみたいに手軽な何か。
これはベックスと相談しなくっちゃ。
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