第34話 当日の朝
9月15日がやってきた。
悲しみの聖母の日。
息子のイエス様が否定され迫害され磔刑にされる人生を見届けなくてはならなかった女性。
母の悲しみは私にはまだわからないけれど、21世紀の日本から11世紀のイングランドにすっ飛ばされて、AVまがいのパフォーマンスをして、ホームレスになって堕ちていく私の人生もまあ、憐れなものだろう。
その姿をお母さんに見せなくていい点だけは、イエス様より孝行者だと思う。
心の準備が要ると思ってかなり早めに屋敷を抜け出す。
馬であちこち駆けてみた。
まずはヒマワリ畑へ。
収穫はまだ終わらないようで、干乾びて縮れた花びらの名残をつけた花冠が、その種子も重たげに俯いていた。
「みんな、そんなに悲しそうにしないでよ……」
あんなに光輝いていたじゃない。黄色い帽子の小学校低学年の遠足みたいに。トマスがお菓子を食べながら笑うみたいに。
水車小屋の辺りを駆けてみた。
大通りを右に、コヴェントリーより北には行ったことがない。マンチェスターとかバーミンガムとかいった街に続くのかもしれない。
景色はのん気な放牧地ばかりだ。
お日様がどんどん高くなる。
土手に馬を繋いでとめどなく廻る水車を眺めた。
小屋に粉をひく者は誰もいない。
川の流れに押される水車は、何を思って廻り続けるのだろうと漠然と思う。
ストリート・パーティの帰り、リオが馬に水を飲ませた時は、自分がこんなことをするとは想像もしていなかった。
私はリオの頭の構造が欠片もわかっていなかったんだ。
リオ……。
時間が近付いてきてもすぐには服を脱げなかった。
着物と長襦袢のような、上着のドレスと下着のドレス。それからレースのもんぺ。それだけだというのに。
そうだ、ここで水を浴びよう。
そうしたら目的を持って裸になったような気分になれる。
釦に手をかけた。
川の上を抜ける風に髪が遊ぶ。
土手の上に脱いだものを畳んで置いた。
胸を見せるより下の毛が恥ずかしい。恥ずかしいけれどこれが自分の身体だ。今まで生きてきて、これからも生きていく、郷田愛葉のカラダ。
水車を挟んで落差のある川の下流側、淵のようになっている水辺へ下りる。
キラキラと反射する眩しい水にゆっくり入った。
水車がどんどんさざ波を寄せてくる。
しばしの間、目を瞑って浸っていた。
濡れた身体で岸に立つと、このままでいいとやっと思えた。
お日様は暑い位で、そよ風が心地いい。
その場でくるりと廻ってみる。
身体がすぐに乾き始める。
絶好のまっパ日和。
馬の横に戻り、鞍の上のトートバッグを撫でる。
「お母さん」
と心の中で呟いた。
トートの位置を直してから馬に跨った。
折しも、屋敷の聖ミカエル聖堂から11時の鐘がなる。
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