第3話 伯爵令嬢・伯爵夫人?

 


 屋敷の中を探検して回った。


 ――広い。石でできている。


 子供みたいな感想だが、木造でもコンクリートでもない、大理石になる手前の石を四角く切って積み上げて、何十部屋あるのかわからない建物になっていた。

 写真や映像で見たパリやロンドンの街並みより、荒削りな石っぽいのだ。


 召使が何人いるのかも定かでなかった。会う人皆が、「奥様」とお辞儀をして廊下の壁に貼りつく。

 頭を下げる直前に、元気になってよかったと微笑んでくれる人もいた。「私」は結構好かれていたようだ。


 1時頃から始めた屋内探検は最後まで行きつかずに、お茶の時間前に差し止められた。ドレスを着替え、髪型も変えるらしい。


「ムダでしょ」

 と思ったけど、刻々と着ていいドレスのデザインが変わるらしい。

「朝食用のドレスでアフタヌーン・ティーなどできません」


 午後ティーならペットボトルでたくさん、などと思っていたら、髪を下ろして入念にブラッシングされた。

「食事中髪を下ろしていいのはティーだけです。この艶のある黒髪を見せびらかさないでどうするのです」

 見せびらかすって誰によ? 

 そりゃ自分の身体の中で、長く伸ばしている髪が一番お気に入りではあるけれど。


 胸開きが広くてちょうちん袖の、胸のすぐ下からストンとスカートになったような、ベージュのドレスだった。

「いずれ落ち着いたらお友達をお招きしましょう」

「へ? お友達?」


「アフタヌーン・ティーは女性のおつきあいの場です。およばれしたりされたり。お客様にくつろいで、おしゃべりを楽しんでいただくのが女主人の務めですから」

 あ、上流階級の女子会。

 私は友人がいるのだろうか? 近所に悪役令嬢とか住んでいたりするの?

 私の身分は何?


「あの、旦那様は、今何にお忙しくしてらっしゃるの?」

 全くの無知を晒してはいけないだろう、詳しいことが聞きたい風を装った。

「奥様のお父様と同じですわ。奥様は伯爵令嬢から伯爵夫人になられたのですから」

「では……」

 えっと、伯爵? 貴族で領地があって……。あ、ヒマワリ畑や小麦とか言ってなかった?

「小麦が豊作ならいいのだけれど」


「何とか雨が降る前に刈り取りが済んだようですよ」

「よかった……」

 どういいのか、本当はよくわからない。濡れると小麦はだめになるらしいと漠然と理解した。


「今日は内輪だけですから、裏庭の芝生に座り込んでピクニックが楽しいと思います」

 私のお世話係のおねえさんが言う。名前がわからないのがもどかしい。面と向かって訊くわけにもいかない。


「奥様が元気になられて、皆喜んでいますから。ここで働く者、全員が一緒にお茶したいと言い出しかねません。でも奥様と同席していいのは、料理長、給仕長、庭師頭と私だけです」

 召使の上のほうの女性が集まるらしい。


「私、おもてなし上手なほうかしら?」

 本当は結婚歴が長いかどうか聞きたい。

「さあ、存じません。お嫁に来られてすぐに床におつきになってしまって」

「じゃあ、練習ね」

 口でそう返しておいてゾッとした。


 新婚。


 で、初夜はどうしたのよ? したの? してないの?

 肝心なところはわからない。


 私のこの身体、変わってない気がするけど、アソコは?

 そんなのどうやって調べればいいの?


「肌身を合わせて」寝たがってる男がいるのよ、今晩も来るの?

 いやだ、い、言い訳、言い訳を考えなくちゃ、夜までに!

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