第15話 街の目抜き通り


 水車小屋のある川を渡り、道が広くなる。角を曲がると突然、木造の家の並びが連なった。


「ハイ・ストリートだ。街の中心を貫いて、王都に繋がる街道。どん突きに、マリア聖堂を建てたいと思っている空き地がある」

 夫はそこまで案内するつもりなのか、馬をゆっくり歩かせる。


「ルツのご主人の仕立て屋さんはどこ?」

「もっと先だ。後で寄る。この街は元々宿場として民が住み始め、交易が栄えた。うちの屋敷で余った物などを売ったりもするが、こちらが何か買ってやると民はもっと喜ぶ」


 そりゃ、お金が貰えるもの。


「私から得た金で買い物をし、またその者が他の物を買う。すると街は繁盛するらしい」


 あ、そうか、わざわざ王都へ買い物に行くのも楽じゃない。お金はぐるぐるうちの街の中を巡るんだ。金は天下の廻りもの、でちょうど良い。


 だったら、税金を上げてみんなの購買意欲を殺ぐよりも、皆に儲けさせてあげて、儲けた分から少しずつ返してもらうほうがいいじゃない。


 聖堂を作るなら、雇用が増えて、今まで無職だった人がお給料を貰う。所得税という考えはないのかな?

 お店の人からは税金とってない? 事業税とか法人税とか? 法人はまだか、ギルドとかはあったのかな?


 税を上げずに聖堂を建てる方法は絶対ある!


 街外れのマリア聖堂予定地を馬上のまま見廻った。

 リオにはどこが尖塔でどこが礼拝の広間か、建物の形が目に見えているようだ。


 一周してハイストリートに戻った。

 たった数分で、通りには溢れんばかりの人々がたむろしていた。


「おめでとうございます!」

「リー・オフ・リッチ! リー・オフ・リッチ!」

 パッと見、薄汚なそうな子どもたちが、声高らかに馬を取り囲む。


 リオは片手を上げて、「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。


「えっと、何の騒ぎ?」

 群衆の勢いにのまれてしまった私は、一瞬、夫の胸に縋ってしまったが、そっと顔を上げて訊いた。

「私たちの結婚を祝ってくれているんだ。皆はおまえを見るのが初めてだから」

 赤面してしまった。


「あなたの名前がリー・オフ・リッチ?」

 お金持ちそうな名前。

「リオフリッチ。まあ、子どもはみんな、私に小銭をバラ撒いて欲しいんだよ」


「きゃあ!」

 奇声を上げてしまった。誰かが私の足指を触った。


「触るでない!」

 リオのドスの効いた声が響いた。


 馬の近くにいた男の子がビクッとして泣き始めた。人混みを掻きわけて母親が駆け寄ってくる。地面に膝をついて両腕で息子を抱きしめると、慌てふためいたまま

「お許しを、どうかお許しを、お手打ちだけは……」

 と頭を下げた。


「お手打ちって、リオ、こんなことで人を斬ることがあるの?」

「ないよ」

 夫の囁き声はリラックスしていた。

「帯剣もしていない」


 ああ、よかった。ほっとした。

 私は両脚を揃えて、滑り台のように馬から降りた。


 目の前の男の子に、

「ごめんね、ちょっとびっくりしただけよ。泣かなくていいから」

 と話しかけた。


 母親が顔を上げる。

「お許しいただけるのですか?」

「足が目の前にぶらぶらしてたから、ちょっと触ってみただけでしょ? 何でもありません」

 母親は涙目を拭っている。


「ボクは何て名前?」

「トマス……」

「お父さんのお仕事は?」

「パン屋さん」

「わあ、いいなあ、お店、連れてってくれる?」

「お父さん、もう寝てるよ?」

「うん、いいの。お店を見せて?」


 トマスと手を繋いで歩き出そうとしたらリオが止めた。

「イーヴァ、仕立て屋に行く約束だ」

「先に行っていてください。合流します」

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