第32話 準備作業
60枚の広告を書いた。もちろん手書きだ。
自分の作文ながら、書けば書くほど煽り文句に心が冷える。
建築現場前にマリア様の立て札を建てたとき、読みやすいと言われた私の文字が、薄っぺらな言葉の羅列をただ繰り返していく。
何度も何度も。
開始時間は11時に早めた。
リオが王都から戻る前に、済ませてしまうために。
私自身は「純潔」にそれ程意義があるとは思っていない。自分を大事にして、相手に誠実である、それだけでいい。
例えばヒマワリ畑で気絶中に誰かに襲われているかもしれない。あの服装で、酷い格好で倒れていたなら。
それでも私は純潔だと思う。リオに対して、私自身にとって。
純潔かどうかは私が決める。
ただこの時代、たくさんの異性と付き合わないほうが安全だったのは確かだ。ピルもゴムもないのだから。
私がそうやすやすとリオとの「夜」に踏み切れなかったのも、この医療の未発達な世界で妊娠して母になる決心がつかないせいもあった。
宗教やら道徳やらが、病気や祝福されない妊娠を抑止する役割を、ほんの少しは担っていたのかもしれない。
そういえばキリスト教もまだ、カトリックだ。保守的なんだろう。イギリスとはいえプロテスタントじゃない。新教はまだどこにも存在しないんだった。
リオは「純潔」が好きらしい。
私はかなり、意地になっている。
リオが汚いかもと思ったこの身体を、マリア様みたいだと言ってくれた男がいる。
私の知る限り、誰にも触らせていないこの肌だからこそ、胸を張って晒せる気がする。
マリア様にも恥じることは何もないと。
安っぽいヌードじゃない、私には純潔のマリア様の真似ができるのです、と。
サラには内緒で一言付け加えた。
「純潔にして高貴、無原罪のお宿りより乙女になられた、生まれたままのそのお姿」と。
そして夜、街に帰るルツと仕立て屋さんに手渡して街中に貼り出してもらう。何か訊かれても「マリア様の像のお披露目だから」で通そう。
わざわざリオの街の名前「コヴェントリー」を入れたのは、王都にも侯爵領にも持って行ってもらうためだ。旅籠の親爺さんに駄賃とともに50枚を託す。
旅人達が興味本位に、きっと拡散してくれる。
観客は多いほうがいい。私の裸に100ピー払える男がたくさん集まればいい。60人より多く。
次に考えたのは馬のことだ。
いくらなんでも馬上でないと危ない。
全裸で街中を歩くわけにはいかない。
教会に辿りつく前に、路地に連れ込まれてそれで終りだ。
ハイ・ストリートをゆっくり馬で行く。
それを横から、通りの端から、家の中から拝んでくれたらいい。
私の裸にそれだけの価値があるなら。
ただ、やはり全裸で馬には跨がれない。横乗りでも心配だ。
鞍があってもアソコが当たるのが嫌なのだ。
清潔な布を置く。
清潔とはいってもこの世界での清潔。
どうしてもダニやらノミやらひそんでいそうだ。
煮沸消毒しても安心できない。
遊び
それで思いついたのが「お母さんのトートバッグ」だった。
あのラミネート加工の上だったら当たっても清潔な気がする。
中にクッションを入れることもできる。
屋敷の裏の洗濯場で、名前も憶えてあげられていない若い女の子が、他の汚れ物と格闘していた。
私は黙ってバッグを洗って、裏返して天日に干した。
馬上で揺れるだろうが、腰まで届く黒髪がある。乳首はある程度隠せると思う。
隠せちゃだめかもしれない。胸ぐらいご披露しないと男たちはお金を払う気にならないかもしれない。
いや、チラ見の方がセクシーと聞いたこともある。
今、そんなこと考えても仕方ない。
もうやると決めたことだ。
結果は勝手に付いてくる。
トートバッグの中に転がっていた小さな裁縫セットの中に毛抜きを見つけた。
最大限に活用して、ムダ毛処理をする。
夜、ろうそくの灯では一本の毛なんて見えないから、昼間部屋に閉じ籠って。
マリア様らしくを目指したけれど、すぐ目がしばしばし始めた。
「生まれたままの姿」ならあるものはあっていいだろうか?
この時代もマリア様の時代も気にしなかったように思う。完璧を求めるのは止めた。
後は、当日、水車小屋に脱ぎ捨てる服と、事後、教会から旅に出るための荷造り。
物置小屋で見つけた
最初の朝に着た青いドレスも捨てがたいけれど、入らないものは置いていくしかない。
馬番の一人にひとっ走り、聖堂の祭壇まで持って行ってもらった。「旦那様が持って帰るマリア像のための飾りつけだから」と説明して。
これでよし。
残り二日はサラや誰かに勘づかれないよう、いい子にしていよう。
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