シンジュク・ショウダウン2

 走って、ナナから充分に離れてから。

 俺は、自分の言葉の空虚さに笑いだす。

 人生を変えるチャンス、か。

 そんなもの、誰よりも俺が必要としていないというのに。

 俺が必要なのは、ナナだ。

 人生を変えるというのであれば……ナナと会えたことで、もう俺の人生は大きく変わっている。

 だからこそ、今更そんなものは考えもしなかった。


 それでも何かを変えたいというのであれば、それはきっとナナの為だ。

 だが、それを言えばナナが重荷に感じるのは分かっている。

 だから……だから俺は、あくまで自主的に行くのだ。

 名声も、金も。

 ナナがそれが俺の為だと思うのであれば、喜んで手に入れよう。

 それに喜ぶ俺だって演じてみせよう。


 身符・スピードとレッグブーストで速度を充分に上げた俺は、セメリィ駆除社の東京支社ビルを完全に壊しきったウィル・オー・ウィスプを見上げる。

 力を使い切ったように見えるが……そうではない事は、見れば分かる。

 俺は符を取り出し……その姿を見て、周囲に隠れていた術士達の内の1人が飛び出してくる。


「力を使い切ったな!? くらえ、メガブリザード!」


 杖の先から噴き出した強烈な吹雪の魔法は、かなり強力で……勝利を確信したのだろう、術士の男は笑いながら叫ぶ。


「ハハハッ! 手柄は貰っ……た?」


 ジュッ、と。丁度男を呑み込む程度の大きさの火球が吹雪を押し戻すように放たれ、ただそれだけで男の身体は完全に焼け溶ける。 


「うわあああ!」

「ひゃあああああ!」


 その惨状に恐怖を覚えた生き残りの何人かが逃げていくが、その内の1人がまた焼け溶ける。

 アイツめ……所詮ザコだと判断して、魔力を節約しにきやがったな。

 怒り狂っていたのが落ち着いただけ、ってところか。

 俺の方にも飛んできている火球を回避しながら、俺は使うべき符術を選択する。


「撃符・マジックブラスト!」


 迷う必要はない。俺の使える符術でも最大威力のものを叩きこみ……しかし、ウィル・オー・ウィスプは健在。

 チッ、流石に災害級か!

 続けて符を叩きこもうとする俺をそのままにウィル・オー・ウィスプは空高く飛翔すると、その姿を変形させる。

 先程のトカゲのような形ではなく、今度は巨大な人型。

 当然のように俺めがけて落下してくるソレを……俺は、慌てて避ける。

 クソッタレが、あんなもんに踏まれたら、それだけで死ぬ!


 ズン、ではなくボガン、という爆発音を響かせながら着地する俺の足の近くには……腰が抜けたのか、座り込んでブルブルと震えている術士の姿がある。

 この制服は……セメリィ駆除社の、だな。


「だ、だから言ったんだ。精霊が言う事聞くわけなんかないって……」

「お前等の仕業か」

「ヒッ、俺は関係ない! 上の連中が!」

「それは生き残ったら軍務省に自分で言い訳するんだな」


 俺を踏みつぶしたか足を持ち上げて確認しているウィスプに向かって、走る。

 当然向こうも俺に気付き、顔が割れて炎を吐いてくる。


「撃符・12連・マジックアロー!」


 使うのは、俺の手持ちの符術でも最速の術。

 12本の輝く魔力の矢がウィスプに突き刺さり、その衝撃で方向を誤った炎が空を焼く。

 ……しかし、妙だな。さっきのマジックブラストもそうだが、不自然なくらいに効いてないぞ。

 

「まさか……」


 まさか。まさかとは思うが……こいつ、無属性魔法が効かないのか?

 いや、効いてない訳じゃない。

 恐らくは「物凄く効きにくい」で正解だろう。

 だとすると、かなり拙いぞ……俺は属性魔法は使えないんだ。


「チッ!」


 放たれた火球を回避し、爆発音響く中で俺は必死に頭を働かせる。

 今更逃げるのは無しだ。こいつを引き連れて街中を駆け回る事になる。

 俺の力だけではダメだ。

 つまり、俺の力以外の何かを使う必要がある。

 そして……それは、都合よく俺の手の中にある。

 カードを取り出し、叫ぶ。


「マテリアライズ!」


 そうして現れたのは魔道具……いや、神器の剣。

 ナナの力の籠ったこの剣であれば、どうにかなる可能性は……充分に有る。

 

「っと!」


 火球を避けながら、俺は手の中の剣に視線を向ける。

 ……まあ、剣を使うってことは接近戦だから俺が先にどうにかなる確率も高い上に、この剣でどうにかなるかどうかも賭けなんだが……勝算は充分にある。

 何故なら、これは俺の魔力を吸って攻撃力に変えている。

 だから……。


「ぜやあああああああ!」


 再び飛んできた火球を、俺は正面から叩き切る。

 真っ二つに割れた火球はそれぞれ別の方向で爆発し……多少チリチリしながらも、俺は自分の考えが正しかった事を知る。

 やはりそうだ。この剣は、それ自体が攻撃魔法の一種と化している。

 そして、俺は魔力にだけは自信がある。

 加えて、神器であるこの剣は……符よりも籠められる魔力の上限も高いはずだ。

 試しに符に籠めれば壊れる程度の魔力を籠めても、剣は淡く光るだけだ。


「……ふっ」


 俺を狙う炎を避けながら、笑う。

 そう、そうか。

 つまり、そういうことなのだ。


「いくぞ、ウィル・オー・ウィスプ」


 俺は……今日初めて、全力で戦う。


「お前が……本気で戦う俺の、最初の敵だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る