加護じゃない

 鏡を抱えたままのナナを連れて、俺は家の中に入る。

 長い間放置された家は埃っぽく、転がっていた汚い掃除用具で掃除を始めなければマトモに暮らせそうにはない状態だった。


「しかしまあ、床や天井が抜けてないのは救いだったか」

「そこは、ほら。一応私が居る事で神域みたいな扱いになってましたからね。最低限の保護がかかってたみたいです」

「詳しいんだな」

「この本に書いてあります」


 居間の椅子に座っていたナナが持ち上げてみせたのは、ちょっと分厚めの本だ。

 神官登用試験参考書、って書いてあるな。年代はちょっと古めだ。


「凄い神になると何もしなくても神殿が輝くような美しさになるらしいですよ」

「あー、あれって神官が磨いてたわけじゃないのか」

「あれってのがどれかは知りませんけどね」


 言いながら、ナナは再び本に集中し始める。

 確かさっきまで一緒に掃除をしてくれていたはずなんだが、どうやら本が面白いらしい。

 まあ、仕方ない。あんな本読んでも俺の役に立ちそうには無いが、ナナの役にはたつのかもしれない。

 となると、しばらく放っておいてあげるのが度量っていうものだろう。

 ホウキで埃を掃き出し、窓を綺麗に雑巾で磨き上げる。

 ふう、これでなんとか居間は使用可能か。思ったより部屋数が多いな、この家……。


「ねえねえ、オーマさん。なんだか寄付金の適正な基準の算出方法とかあるんですけど。相手の家の財力とかを計算に入れるってのは神的にどうかと思うんですが、今のこの世界の神は違うんですかね?」

「知らないけど、商売の神とかは喜ぶんじゃないか?」

「なるほど……」


 やっぱりナナは読まない方がいいんじゃないか、アレ。もう遅いかもしれないが。

 ナナを居間に置いて廊下を歩き、寝室に入る。

 予め全ての部屋の窓を開けて軽い掃除をしてはいるが、安心して使えるほどではない。

 こうして優先度をつけてやっていかなければ、屋根のある場所で寝ているだけ、ということになりかねない。

 

「……とりあえず布団の類は干さないとな……残されてると知ってたら魔道具屋で器具を買ってきたんだが」


 普通であれば布団を綺麗にしたりフカフカにする程度の属性魔法は誰でも使えるんだが、俺は属性魔法の類は全くダメだから予め魔法の込められた魔道具を使うしかない。

 幸いにも魔法を使える奴でも便利グッズということでその手のものを欲しがるので、俺のような加護無しでも結果的に使える魔道具が開発されている。


「布団干しは火魔法と風魔法、だったか。その手のが使えれば便利なんだがな」


 孤児院に居た頃は、突然使えるようになってないかと何度も属性魔法の練習をしたものだ。

 まあ……結局使えるようにはならなかったんだが。


「リトルファイア……なんてな」


 子供が練習用に使う詠唱を唱え、俺は苦笑する。

 何度も期待しては失望して……いつか口にするのも嫌になった詠唱。

 それを今こうして冗談でも口にできているのは、ナナに会えたせいだろうか。

 天井へ向けた手の平の上でチラチラと燃える火を見ながら「やっぱりダメだよな」と呟いて。


「な、なな……ナナー! ナナ! 火が、火が出た!」

「か、火事ですか!? 困ります、そんな!」


 バタバタと走ってきたナナは寝室を見回して……やがて、俺の手の中でチラチラと燃え続ける小さな火を見て、俺の顔と交互に見比べる。


「火って……」

「これだ。一体どういうことなんだ?」


 ナナはしばらくの無言の後に、大きな……呆れたような溜息をつく。

 何故だ。大事件だと思うんだが。


「そうですよね。加護無しで属性魔法が使えないって事でしたものね。そして私も加護を与えられるほどの神ではありませんし」

「知らずの内に加護を与えていたとかじゃないのか?」

「違うと思います。今読んでた本によると、加護ってのは何か繋がった感覚があるものらしいですし」

「なら、この火は一体……」


 言っている俺の目の前で小さな火は窓から吹き込んできた風に消されてしまう。


「うーん……まあ、私の影響なのは間違いないとは思いますけど」

「なら、やはり加護なんじゃ」

「だから加護ってのは与えるものなんですってば。それとも何か繋がった感覚でもありましたか?」

「それは分からないが、心で繋がりたいとは思っている」

「ま、また本気の顔でそういうことを……! そういう話はしてないでしょ!」


 俺をぺしぺしと叩きながら、ナナは真剣な……けれど赤い顔で「うーん」と唸り始める。


「分かりませんけど……オーマさんに心当たりがないなら、私のせいではあるでしょうね」

「やはり加護が……」

「それは絶対違います。たぶんですけど、何かしらの権能ではないかと」

「権能?」

「神殿では、その神の権能……つまり特徴的な力によって、不可思議な事が起こるそうです。つまりそういうことなのではないかと」

「ナナの権能で俺が属性魔法を使えてる……ってことか?」

「この場所限定だとは思いますし、そんな強い属性魔法を使えるとも思いませんけどね」


 それは同意だ。こうしてリトルファイアは使えたみたいだが、それ以上を使える気は全くしない。


「これもたぶんですが……名前を定義した影響で権能が湧き出たんでしょうね」

「権能って、そういうものなのか?」

「さあ……だからたぶん、って言ってるじゃないですか」

「そう、か……」

「あの、なにか気になる事でも?」

「いや、気になるというかだな……つまり、この場所が神殿……聖域みたいになってるってことだよな?」

「その辺りはよく分かんないですけど、そういうことではないかと」


 なるほど。だとすると……。


「マズい、かもしれないな」

「え、なにがです? あ、まさか既存の他の神に何か言われる的な」

「いや、神の事情は知らない。が、モンスターの事情なら多少知ってる」


 言いながら、俺は窓の外へと視線を向ける。

 ああ……やっぱりだ。

 モンスターが湧き始めてやがる。

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