ナナシヒメ
ナナシヒメ、名無し姫。
それは世界融合によって弾き出されたが故の影響なのだろうか?
本当は、彼女には何か別の名前があるのだろうか?
「つまり、君は名前を失った……と?」
「いいえ、私は私。私の始まりが何処であるのかは想像するしかありませんが、私は自分が何も司らない空虚な神である事を理解しています。たとえば、加護がないという貴方に加護を与える力すら持ちません」
故に、誰からも信仰されません。此処にあるのは、神という名のガラクタなのですから。
そう言って彼女は俺の胸元に触れる。
「見てください。何の力もない私は貴方に触れることさえ……って、あれ? あれれ?」
驚いたようにペタペタと彼女は俺の身体に触れ……それが嬉しくて、俺は彼女の手をギュッと握る。
「ちょ、あれ……ええええ!? なんで!? どうして!?」
「触れられるじゃないか」
「いえ、おかしいですよこんな! 一体何が……って、あっ!」
彼女は俺の持っていた鏡を取り上げ、じっと見つめ始める。
「鏡に神力が……まさか、さっきの告白が祝詞になって……?」
「よく分からないけど、俺の愛が通じたって事だろうか」
「うう……遺憾ながら、そうみたいです……まあ、信仰って神への愛と似たようなものがありますし。てことはさっきの告白も超本気だったってことで……ううー……」
鏡を抱きかかえて顔を赤くしてしまう彼女を見ていた俺は、そういえば自己紹介もしていなかった事を思い出す。
「そうだ。今更だけど……俺はオーマ。オーマ・タケナカだ」
「タケナカ……? 地球っぽい家名ですね」
「地球っぽい家名は人気が無いらしくてな。加護無しが名乗っても誰も文句言わないんだ」
「世知辛い話を聞いてしまいました……」
「まあ、気軽にオーマと呼んでほしい。君の事は……」
「ナナシノヒメ、だと長いですか?」
まあ、普段呼びするには少し長いかもしれないが……問題はそこじゃない。
ナナシノヒメ、という言葉を口にする瞬間、彼女の瞳が曇るのを見逃しはしない。
当然だ。姫はともかく名無しだなんて、そんな名前を好んで名乗りたいわけがない。
「……長いかどうかはさておき。ナナシが名前のない名無しかどうかっていうのは『たぶん』なんだよな?」
「それが何か……?」
つまり、確定ではない。確定ではないのなら……どう解釈するかは自由。
「この世界で属性ってのは、大きく7つに分かれるんだ」
火、水、風、土、光、闇、時空。
それぞれが神の属性でもあるとされ、つまり神々は7種に分けることが出来るとも言える。
「えっと……?」
「此処で大前提となるのは、君は美しく愛らしいという事実だ」
「え、訳が分かりませんよ!? その話、どう繋がってるんですか!?」
「君のような美しい人を、神々が放っておくわけもない。その存在が世に知れれば7つの属性の神々……そのトップである七神王ですら、君に愛の詩を捧げるだろう」
「だ、だから何を」
顔を真っ赤にして鏡を抱きしめる彼女の肩を掴み、俺は「その言葉」を伝える。
「だから」
「だ、だから?」
「だから君は、名無し姫ではない。七神王すら愛の詩を捧げる麗しき姫……七詩姫だ」
俺がそう言い切ると、彼女はキョトンとした顔になった後……プッと小さく吹き出す。
「ふ、ふふふっ! 何を言うのかと思えば……! 無理矢理にも程があるでしょう! その七神王って神、ほんとにいるんですか?」
「知らん。俺は神には詳しくない」
「うわあ、もう! 適当過ぎますよ! ふふ、ほんとにおかしい!」
だが七神王なんてものがいなくとも、言ってること自体は本気だ。
この世界にいるどんな神だって、彼女を見れば愛の詩を捧げるに違いない。
ならばやはり彼女に相応しいのは……これしかないだろう。
「でも、響きは気に入りました。だから……私がその名前を名乗る為に、オーマさん。貴方に約束してほしい事があるんです」
「何でもしよう」
「……神相手に何でもって言うのはやめてくださいね?」
「だが、何でも叶えてあげたいんだ」
「ああ、もう……何が貴方をそうさせるのか、私はまだちょっと分からないんですけど」
そこまで言って、彼女は1つ咳払いをする。
「私が七詩の姫である為に必要な詩は、七つ。だからオーマさん、私に最初の一つ目の詩をくれた貴方が、残り六の詩をいつか捧げると約束してください。そうすれば、貴方という人間に七つの詩を捧げたいと誓われた……七詩姫として私は『私』を定義します」
「約束する。なんなら今すぐ」
「ダメです」
そう言って、彼女は俺の口を人差し指で塞ぐ。
「本気の詩なんて、早々出てこないものです。さっきみたいに自然に流れ出てくるような詩こそを、私に捧げてください」
「む……そうか。だが、それでは」
「いいんですよ、それで。私は名無しではなく、七詩。だから、そうですね……気軽にナナ、と呼んでくださって構いませんよ?」
そう言って、彼女は……ナナは微笑む。
その笑みはどうしようもなく愛らしくて、俺は自分の初恋が彼女であった幸運に強く感謝した。
だからこそ、この言葉が出たのは必然といえよう。
「ナナ、俺と結婚してほしい」
「恋とか愛とかすっ飛ばしてゴールインしようとするのはやめませんか、オーマさん……」
何故だ。
俺は本気なのに。
「本気だって分かるから困るんですよねえ……」
とにかくこうして、俺……オーマ・タケナカと彼女……ナナは出会ったのだ。
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