後悔はしない

「アンタに何が分かるっていうの!? 分からないでしょうね、底辺なんだから! 今の時代、多少のハッタリもきかせていけないと、勝てないのよ! 世の中に駆除会社が何社あると思ってんの!?」

「知らん。300くらいか?」

「8700社よ! サイタマ国だけで、それだけの数が鎬を削ってるの!」


 ……それは凄いな。

 まあ、大中小と全てを合わせた数ではあるんだろうが……俺も一応その中の1つだしな。


「フン、まあ……いいわ。無いって言い張るならそれでもね」

「随分諦めがいいな」

「元々提示されてた予算で買えるわけがないもの。カードの買取の話は破談前提よ」


 ……じゃあ何しに来たんだろうな、こいつは。


「ここからが本題よ。私はね、アンタをうちに勧誘しろって言われてるのよ」

「勧誘? 俺をか?」

「そうよ。今までみたいなただの下請けじゃなくて、エイダ駆除サービスの契約社員待遇ってこと。正直、有り得ない話よ? バイトでも倍率高いんだから」

「……いや、別に要らないな」

「そうでしょう? じゃあ、早速契約を……って、はあ!?」


 ここまでくれば、俺にだって分かる。

 つまるところエイダの「上」の連中は、アシュラゴーレムをも駆除できるという実績が欲しいのだろう。

 俺を中に抱え込む事で、それは実際に嘘では無くなる。

 契約社員という待遇なのは必要なくなった時点で切り捨てる為だろうが……「アシュラゴーレムをも駆除できる人材も我が社の所属でした!」というような、嘘ではない灰色回答が出来る時点で満足という可能性もある。

 まあ、それでもちょっと前までの俺ならば乗っていた可能性もあるだろうな、とは思う。

 だが……今は違う。


「今の俺は、タケナカ抗魔社の社長なんでな。主要取引先は軍務省モンスター対策局だ」

「なっ……アンタ、自分の会社を!? そんなの、アンタみたいなのが申請したって弾かれるはずよ!」

「かもな。だがまあ、色々とあって設立出来たわけだ」

「討伐実績はマジックスパイダーにアシュラゴーレムです!」


 俺の後ろからナナも顔を出して、ついでに軽く舌も出しているのが見える。


「ま、そんなわけだ。今後とも良い付き合いを」


 俺がそう言って一礼すれば、エイダの社員は怒りに顔を染める。


「……後悔するわよ。零細駆除会社なんて、毎日のように消えてるんだから」

「そうならないように努力しよう」

「フン!」


 歩き去っていくエイダの社員にナナがピロピロと舌を出しながら「あっかんべー」を続けているが、どうにも可愛い。抱きしめたくなるな。

 あのエイダの社員……結局名前も分からないままだが、アイツの事も美人だと思ったことも……あった気がしないでもないんだがな。

 こうしてナナと比べると、そんな事があったとしても気の迷いだったと断言できる。

 顔の造作がどうこうじゃなくて、なんだろうな……上手く表現が出来ないんだが。


「オーマさん!」

「な、なんだ?」


 拳を握りしめて俺に振り向くナナに、俺はちょっとばかり失礼な思考を見抜かれたかと動揺する。


「あの女、今度来たら引っ叩きましょうね!」

「いや、それは……」

「ぼかーん、ですよ。ぼかーん! あのムカつく顔にスマッシュヒットです!」


 シュッシュッ、と口で言いながらボクシングのジャブの真似らしきものをするナナに、俺は「殴るのはやめとけ」と言いながらも……なんだか嬉しくなってしまう。

 察するに、ナナは俺の為に怒ってくれているのだ。


「大体、失礼ですよね! 『へへー、今までナメてて申し訳ありません!』って謝るべき場面なんじゃないですか、普通は!」

「そう上手くはいかないさ。『無能』が自分達より優秀かもだなんて、死んでも認めたくはないだろうしな」

「あー、またその達観!」

「いや、達観というか……まあ、達観か」

「ダメですよ達観は! もっと『今まで俺を馬鹿にしてきた世界よ思い知れ!』的なですね!」

「……別に俺はそこまで世界を憎んじゃいないんだが」


 確かに誰にも認めてもらえちゃいなかったし、騙されも裏切られも日常だったが……逆に言えば、それだけの話だしな。

 そのくらいで世界を憎んでたら、世界が幾つあっても足りないだろう。


「なんかまた達観してません?」


 じとっとした目で見上げてくるナナに、俺は目を逸らしながら「そんな事はないぞ」と返す。


「あ、目逸らした! ほらあ、達観してたでしょう!」

「してないぞ」

「絶対してましたー! オーマさんは達観するとき耳がピクピクッてするからすぐ分かるんですよ!」

「え、そうなのか?」


 思わず俺は耳を触ってしまうが、ナナはそれを見てニンマリと笑う。


「嘘ですよ? でも引っかかったお間抜けさんは見つけましたよ!」

「むっ……」

「1度やってみたかったんですよねー、これ! ふふふっ!」


 ……何か元ネタがあるのだろうか。

 あまり突っ込んではいけない気がするが。


「そういえばオーマさん。すっかり聞くの忘れてましたけど、ここってどんな所なんです?」

「どんな所、か」


 中々難しい質問だな。

 だが、あえて言葉にするなら……そうだな。


「トウキョウ域の中心だな。さっきのエイダ駆除サービスも、この近くに本社がある」

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