国家権力にもレベルがある

「……ど、どうやら通報者が誤解をしていたようだ」


 通信を終えた後、警官が絞り出したのはそんな言葉だ。


「そうか。じゃあまず、その身分証を返してもらえるか?」

「……ああ」


 すっげえ睨んでくるな。

 そんなに俺が嫌い……ってわけでもないだろうな。

 恥をかかされたとか思ってるのかもしれない。

 俺がカードを受け取ると、露骨な舌打ちが聞こえてくる。


「で、俺達に魔法で襲い掛かってきた連中……おい、逃げてるぞ。いいのかアレ」


 自分達の旗色が悪くなったのを感じたのかバタバタと逃げていく男達を示してみせると、警官はそちらにチラリと視線を向ける。


「互いにたいした怪我もないようだ。あまり大事にする必要もないと思うがね」

「……おい、それでいいのか」

「きさ……君もあまり誤解を招く行動は慎んでくれると助かる。絡まれやすいと分かっているのだから、もっとだな……」


 ……なんともなあ、露骨なものだ。

 モンスター対策課の威光があってコレということは、カードを見せなかったら俺を牢屋にでも突っ込むつもりだったのは間違いない。

 ナナの機転には感謝すべきだが……そのナナの声が俺の背中の後ろから聞こえてくる。


「はい、分かりました。あの腐れ官憲に渡せばいいんですね?」

「く、腐れ官憲!? おい君、何を」

「はい、どうぞ」


 ナナに腐れ官憲呼ばわりされた警官が、ナナから通信機を渡される。

 最新型の魔導通信機に見えるが……ミーシャから渡されたのだろうか。

 通信機を渡された警官は電話口に何かを言おうとして……直後、その背筋がピンと伸びる。

 ……ちょっと気になるので、服に仕込んだ聴力上昇の符をこっそり起動する。


―……さんから聞きましたよ。いい度胸じゃないですか域警官の分際で。いつから域警察に軍務省の邪魔をする権限が与えられたんですかね?―

「い、いえ。そんな……本官は警察法に基づき職務を」

―ほぉー? 警官法には軍務省の任務を邪魔すべし、なんて記してありましたっけ。ていうかモンスター対策法の内容知らないわけじゃないですよね? 知らないかなあ、域警官は。ねえオイ。特務官に関する条項言ってみなさいよ。黙ってんじゃねえですよ―

「も、申し訳ありません! 本官はそんな」

―そんな……なんですか? そんなつもりじゃないで済んだら法律は要らねえんですよ。この件は警察庁の方に抗議しておくんで―

「ちょ、待ってください!」

―じゃあ、恥の上塗りだけはしないように―


 ……通信が切られた音がする。

 怖いな、権力……警官の顔が青を通り越して紫だぞ……。


「じゃ、通信機返してくださいねー」


 崩れ落ちるように膝をついた警官からナナが通信機を取り上げると、警官がハッとしたようにナナに縋りつく。


「た、頼む! 誤解なんだ!」

「知りませーん。行きましょ、オーマさん」

「あ、ああ」


 五月蠅そうに警官を振り払ったナナに手を取られ、俺は歩き出す。

 力尽くで止めるわけにもいかないのだろう、警官達が半端に手を伸ばしているのが見える。

 ……うーむ。


「……ナナ。その通信機だが……」

「ミーシャさんが何かあったらコレで連絡しろって、くれました!」

「そうか。俺は何も聞いてないんだが……」

「オーマさんは高確率で絡まれるだろうから、その隙にって」

「……そうか」


 まあ、確かにそのおかげで助かりはしたんだが、釈然としないな。


「オーマさんをサポートするのは貴女です、って言われましたからね! 頑張りました!」


 えへん、と胸を張るナナに、俺は思わず小さく笑ってしまう。

 ……ミーシャなりに、ナナに気を使ったということだろうか?

 まさかナナが神だということに気付いたわけではないだろうが……。


「あ、それとミーシャさんから伝言も預かってますよ?」

「ん?」

「活躍を期待してます……って」


 ……なるほど。

 報酬の前払いみたいなものか。

 何はともあれ、邪魔なものを薙ぎ払ってくれるなら有難い。


「よし、なら遠慮せず行くとしようか」

「はい! またその辺の路地裏行くんですか?」

「そうだな。まずはこの辺りからしらみつぶしにいくとしよう」


 言いながら、俺は近くの路地裏に足を踏み入れる。

 ゴミのすえた匂いの漂う路地裏は……この辺りだと何処に行っても同じ香りだ。

 モンスター以前にネズミや黒いアレも多く湧くから、衛生的にも問題があると思うのだが……まあ、それは俺の仕事じゃない。


「あ、オーマさんアレ!」

「ああ。ナナ、俺から離れるなよ」


 ナナの指した先、ビルの壁に張り付く巨大すぎる蜘蛛の姿。

 モンスター、ヒュージスパイダー。

 その素早く多彩な動きで人間を簡単に捕食する、要注意指定のモンスターだ。

 符を取り出そうとして……だが、その瞬間ヒュージスパイダーが高速で足を動かし始める。

 くそっ、俺に気付きやがった!


「撃符・マジックア……ッ!」


 発動しかけた符を、俺は手の中で握りつぶし消滅させる。

 暴れ出しかけた魔力が手の中で暴れ、痛みが走る。


「オ、オーマさん!?」

「……あの野郎……!」


 先程までヒュージスパイダーが居た場所に残された、粘着質の糸で巻かれ壁に張り付けられた男達の姿。

 先程逃げて行ったナンパ男達が、其処に居た。

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