加護をどうこういう奴は無能

 こういう時にどうしたらいいのか、俺には分からない。

 泣いていてもウザがられるだけであって、早々に泣くのをやめたからだ。

 だが、何かしなければいけないということくらいは分かる。


「大丈夫だ」


 だから、いつだったか魔道具屋のテレビで流れていたドラマの真似をしてみる。

 ポン、ポン、と。軽く音がなる程度に彼女の背中を叩く。

 何度も「大丈夫」と繰り返し、落ち着かせようと試みる。

 それが功を奏したのだろうか……彼女の呼吸が、やがて落ち着いてくる。


「あの……」

「ああ」

「あ、ありがとう……ございます」

「気にしなくていい」


 まだ怖いのだろう、落ち着いてはいても俺から離れない彼女に、そう言ってもう1度背中を叩いてみる。


「だが、どうしてこんな場所に?」

「あ、はい! えっと……」


 そこでようやく思い出したように彼女は俺から離れると、自分の服のポケットを探り出し……やがて、1枚の名刺を取り出す。


「わ、私! サイタマ国軍務省、モンスター対策局のミーシャ・グッドマンと申します! この場の安全調査に来ていたんですが、その……」

「あのローパーに襲われた、と。調査員は常に駆除士とセットだと聞いたが」


 モンスター対策局……それもサイタマ国、ときた。

 国家公務員でしかも軍務省……この辺りじゃヒエラルキーの頂点だ。

 背後でナナが「サイタマ……国……?」と訝しげに呟いているが、とりあえず国家公務員が相手ともなればミーシャの対応を優先するしかない。


「はい。エイダ駆除サービスの駆除士と一緒に来ていたんですが……」

「居ないようだが」

「逃げちゃいました」

「え?」

「自信満々にローパーに雷魔法放ったはいいんですけど、全く効いてなくて。2体目が出た時点で私を置いて逃げちゃって……」

「2体……? だが、此処には1体しか」


 俺がそう聞くと、ミーシャは周囲を見回し……隅に落ちていた1枚のローパーカードを示してみせる。


「その、いざという時の為の手段が支給されてまして。1体しか倒せなかったんで、もうどうしようもなかったんです」

「そ、そうなのか」


 1体は倒したのか……流石、国のモンスター対策局ともなれば良い装備が支給されてるんだな。


「この辺りは安全だと聞いてたので、地元業者の顔をたてる意味で武装はほとんどしてなかったんですが……ちょっと調査が甘かったみたいです」

「いや、俺もこんな街の中心に近い場所でローパーが出たなんてのは初めて聞いたが……まあ、俺がクズ仕事しかしてないせいかもしれないな」

「え? でも、あんなにお強いのに」

「加護無しなんだ、俺は」


 加護無し。そう聞いて、ミーシャはピクリと反応する。

 ああ、彼女も同じか。

 そんな失望すらしなくなった自分に苦笑していると……ミーシャは「加護無し……」と呟いていた。

 だが、その表情に嫌悪感はない。


「なるほど、加護無し! それでさっきの魔法は全部無属性だったんですね!?」

「ん!? あ、ああ」

「それにしても思い返せば、妙に威力が高かった気がしますけど。何か特殊な修行を?」

「い、いや。ていうか、ちょっと待ってくれ」

「はい、何か?」

「加護無しなんだぞ? 俺は」

「はい。それが何か……ああ、そっか。そういうことですか」


 ミーシャは軽い咳払いをすると「私は軍務省ですから」と言って胸を張る。


「軍務省だと……何かあるのか?」

「はい! そりゃ生活省のエネルギー課とかだと加護無しってのはお仕事できませんから嫌がられるかもですけど。軍務省は実力主義なとこありますから、加護がどうこうってのを自慢する人から出世コースを外れてくんですよ」

「だが、加護は実力の証だろう?」

「実力の証になるのは魔力ですよ? そりゃ加護の超強い人は特殊能力持ってる事もありますけど。そこまでいくのは稀ですし、大体神官になるでしょう?」

「……かもな」

「加護がどうこう言うのは無能の証! それが軍務省のモットーです!」


 えへん、と自慢げなミーシャの様子に、俺は思わずクスリと笑ってしまう。

 彼女を助けられてよかった。

 そう思いながらも、同時に「どうしたものか」とも思う。


「それで……これからどうするんだ? 調査はこれで終わったのか?」

「うーん……」


 ミーシャは悩むように口元に手をあて、俺をちらりと見る。


「……そういえば、お名前を伺ってませんでしたが」

「オーマ・タケナカだ」

「そして私はナナです!」


 俺の背後からヒョッコリと顔を出すナナにミーシャは「え!?」と声をあげる。


「い、いつから其処に……!?」

「最初から居ましたけど……」


 オーマさんしか見えてませんでしたね、さては……と呟くナナからミーシャは視線を逸らし、「そ、それで、ですね」と話を続けてくる。


「タケナカさんはこれからのご予定などは?」

「これから駆除協会に行って開業手続きをしてくる予定だったが」

「ということは、やはりオーマさんは地域の駆除協会にご登録されてるんですね」

「まあな」

「ふむふむ。で、これから開業手続き……ふむ。あ、ちょっと待ってくださいね」


 そう言うとミーシャは魔導通信機を取り出し、俺達に背を向けて何処かに通信し始める。


「あ、局長ですか? ミーシャです。はい、いいえ。エイダ駆除サービスはゴミですね。対象から外してよいかと」

「うわ、オーマさん。あの人怖いですよ……?」

「国家公務員様だからな……」


 ナナと俺の呟きにミーシャは振り返ると、「怖くないですよ!」と笑顔を向けてくる。

 実に怖い。


「……あ、はい。それで、ですね。これから開業するらしい有望株を見つけまして。ええ、あ。言質取りましたよ? 後で詳細送りますから。ええ、それでは」


 通信を終えると、ミーシャは俺達にペカッと音が鳴りそうなくらい眩しい笑顔を向けてくる。


「あのですね、タケナカさん。開業したら、うちと契約結びませんか?」

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