路地裏に潜むモノ

 そして、俺はナナを連れて街中へと出ていく。

 1人ではなく、2人。

 ただそれだけの事が、俺の中からマイナスな感情を消し去っていく。

 

「……オーマさん、笑ってます?」

「かも、しれないな」


 だからこそ、ナナの指摘を自分でも自覚していた。


「1人なんて平気だったつもりだが……本当に『つもり』だったんだな」

「……1人で生きられるなら、街なんて形態は出来てませんよ、オーマさん」

「そうだな」

「むしろ、1人では出来ないように人間は創られてる説を私は推します」

「へえ?」


 これがその辺の誰かが言ったなら戯言と聞き流すところだが、他ならぬ神様自身の話だ。

 俺は思わず話の続きを促してしまう。


「だって、1人じゃ足りないから他人を求めるのでしょ? 完璧な人間なんてのがいたら……きっとその人は、永遠に他人と関わる必要性を感じられない人間ってことになりますけど」

「ああ」

「そんな人が居たら、きっと他人の不完全性を許せないでしょう。自分の不完全を知るから、他人の不完全を許容する。たぶん、そういうものですよね?」

「……かもしれないな」


 ……少なくとも今の話で、1つ理解できたことはある。

 他人の不完全性を許せない。

 俺の「加護無し」とはつまり、そういう類の嫌われ方であるのだろう……ということだ。

 加護を受けるのが普通であるからこそ、加護を受けていないなどという俺が理解できず、許容できない。

 だが、それでも誰もが完全な人間というわけではないから俺の加護無しも「不完全性」として認識されている部分がある。

 つまるところ、そういう話なんだろう。


「それにしても……本当に今の世界は何もかもが魔力で動いてるんですね」

「ああ。魔力と加護無しには、今の生活は何も立ち行かない」


 たとえば電気。たとえば水道。そして、その他諸々。

 インフラも便利な道具も、その全てが魔道具だ。

 各属性の加護無き者無しでは成り立たず、もし加護を持つ者が生まれなくなった時……それは、今の文明の終焉とも言えるだろう。

 ……つくづく俺って不吉だな。


「まあ、魔力を使うからこそモンスター被害が出るようになったって説もあるが、な……?」


 言いながら、俺は立ち止まる。

 ……今、一瞬だが何か妙な気配を感じた。

 すぐに消えたが、魔力的な感覚において「勘違い」などというものはおよそ有り得ない。

 つまり……何かが、いる。


「……ナナ」

「なんですか、オーマさん?」

「ちょっと寄り道するけど、いいか」

「ええ、大丈夫です」


 頷いてくれるナナに頷きかえすと、俺は気配を感じた方向へと走る。

 この辺りにいる連中は誰も気づいてはいない。

 だが……何かが、いる。

 先程感じた感覚のままに俺は路地裏へと飛び込み、周囲を見回す。

 この辺りのはず……だが、居ない。


「どうしたんですか、オーマさん。此処に何か?」

「……」


 答えず、俺は周囲に薄く広く魔力を広げていく。

 何もなければ、反応は特にないはず。

 だが……俺の魔力が、何か別の魔力にぶつかり跳ね返る。

 2つの魔力のぶつかり合いが、隠れていた魔力による効果を一瞬乱す。


「お願い! たす……」

「え!?」


 今まで何もなかった場所に現れたおかしなもの。

 巨大なイソギンチャクのような怪物と、その触手に絡めとられた女。

 その姿はまたすぐに消え、そこには今まで通りの路地裏が広がるのみ。


 ああ、なるほど。隠ぺい能力持ちのローパー……それさえ分かれば充分だ。

 俺の手は自然と懐の中から数枚の符を掴み取る。


「撃符・マジックアロー」


 ゴウ、と音をたてて符が一気に魔力へと変換される。

 魔力の矢の群れが先程ローパーを貫き、ただの空中にしか見えない場所に叩きこまれていく。


「ギイイイイイイ!?」

「うひゃあ!?」

「たすけてえ!」


 ナナが驚きの声をあげ、再び女の悲鳴が聞こえ始める。

 ああ、大丈夫だ……もう、見えている。

 俺は走り、1枚の撃符を投げつける。


「撃符・マジックカッター! 身符・ハイスピード!」


 激しい音をたてて切断されるローパーの触手から解放された女を、一気に速度をあげた俺の腕が引き寄せる。

 恐怖の為か、逃げられたという安堵か。

 俺に強く抱きついてくる彼女をそのままに、俺はその場で大地を蹴り後ろへと跳ぶ。


「ギアアアアアアア!」


 逃がさない、と。

 そんな意思を籠めるかのように迫る触手。

 だが、それが叶う事はない。

 何故なら……もう次の符は、俺の手の中にある。


「撃符・マジックバースト!」


 ズン……と。轟音をたててローパーが魔力の光の柱に呑まれていく。

 本体が消失したことで触手も続くように消えていき……カツン、という音と共にローパーのカードが路地裏に落ちる。


「浄化完了、もう大丈夫だ」


 抱きかかえていた女にそう伝えながら降ろすが、どうにも離れる気配がない。


「こ、怖かった……死ぬかと……」

「……もう問題はない。大丈夫だ」

「そうですよ。もうオーマさんが倒しちゃいましたから! ほら、こうしてカードも!」


 ローパーのカードを拾って来たらしいナナがカードをヒラヒラさせるが、俺を掴む腕にぎゅっと力が籠るだけだ。

 ……困ったな。どうしたらいいんだ、これは……?

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