前向きな人間になろう
そして、翌日。色々あった末に、無事に朝を迎えていた。
「……まさか電気が通ってないとは思いませんでした」
「旧世界のとは出力が違うだろうしな。ランプがあって助かった」
ついでにいえば、この家の中であれば小さな火魔法が使える事も大いに助かった。
まさか風呂がマキで沸かすタイプだとは知らなかったし、問答無用で着火できる火魔法がなければかなり苦労したはずだ。
1つしかないベッドについても、とりあえず俺が床で昨日は寝る事で決着させたが……まだ納得してない顔をしてるので、どうにかしなければならないだろう。
「……やはり夫婦にならないか? それなら1つのベッドでも問題ないだろう」
「倫理観はちゃんとしてるのに台詞にすると最低ですよね、それ……ドン引きなんですが」
「何故だ……」
「オーマさんは距離感が変なんですよね。なんとなく分かってきた気がします」
距離感が変。
つまり俺の対人能力に難ありということだろう事くらいは分かる。
……まあ、仕方ないと思う。
何しろ、物心ついてからマトモに他人と深い付き合いをした記憶がない。
「それで、ですね。さしあたって私はオーマさんの生活改善計画を提案したいと思うんです!」
食卓で塩を舐めていた俺に、ナナは真正面からそう告げてくる。
「……具体的には、その塩をおかずに水を飲んでる生活を早急にどうにかしたいと思います」
「ちゃんと干し肉も食べてるぞ。見切り品のクズ野菜も買ってる」
「そういう! 生活を! どうにか! したいと! 思います!」
食卓をバンバンと叩くナナから、俺は塩の皿をひょいと持ち上げて保護する。
こぼれたらもったいない。
「だが、ちゃんと生きてこれている。これは、人間にはそれ以上のものは必要ないという何よりの証拠ではないだろうか?」
「悟り開かないでください! なんで人生の真理を掴んだ風の顔してるんですか!?」
「金が無いからだな」
「それです!」
どれだろう、と一瞬思ったが、まあ、金の事だろう。
しかしそれは難しい話だ。
「金を稼ぐという話なんだろうが、無理だぞ。俺みたいなのにはクズ仕事しか回ってこない。世の中がそういう風に出来てるんだよ」
「そんな事ないです! これを見てください!」
言いながらナナが出してきたのは、やはり発行年度の古い本だ。
タイトルは……開業の為の完全読本。要は新しく会社を作る為のハウツー本だ。
「まさか、自分で駆除会社を立ち上げろっていうのか?」
「その通りです!」
グッと親指をたててくるナナだが……。
「それは難しいと思う。そもそも、俺みたいなのに仕事を回す奴がいない」
そう、難しい。
だから今も駆除会社から回されてくる仕事で日銭を稼いでいるというのに。
そんな想いを籠めて言ったのだが……ナナは黙って立ち上がると、俺の横にやってきて座る。
「あのですね、オーマさん」
「ああ」
ぺたっ、と。俺の頬がナナの手で挟み込まれる。
そして、そのまま顔が近づいて……ガツンッと激しい音をたてて額をぶつけられる。
「ぐっ……」
「いったあー! オーマさんのおでこ、超硬い!」
涙目になるナナだが、それでも俺の頬を離さない。
俺をキッと睨むと、ナナは俺を覗き込むように視線を合わせてくる。
「否定から入らない! 人間としてダメですよそれ!」
「う……」
「簡単に出した結論じゃない事は分かりますけど、諦めない! 今までとこれからじゃ状況が違うでしょう!」
「……それは」
「そうです。私がいるでしょう!」
ナナの瞳が、俺の瞳の奥底を覗き込んでくる。
何もかもを見透かすようなその瞳は……とても、抗い難くて。
「だが、君がどうやって」
「フフン」
ナナはそこでようやく俺の頬を離して、人差し指をステッキか何かのように振ってみせる。
「簡単ですよ、オーマさん! つまり……私がオーマさんのマネージャーになればいいのです!」「マネージャー……窓口になるってことか」
「そうですよ。家にあった本を色々読みましたけど、戸籍に関するものはありませんでした。てことは、ちょっと信じがたいんですけど戸籍、今の時代はないんでしょう?」
「戸籍?」
「うぐっ、そこからですか。身分証明とかです。何処で生まれて何処に住んでてどうのこうのってやつです」
「ないな。だが会社に所属すると色々登録することになるから、専用の身分証が出来るらしい」
なるほど、確かにそれであれば問題が色々と減ってくる。
今の俺は駆除協会に登録しているから、そちらからの身分証がある。
だが……そういうのはちょっと、憧れる。
それにナナの立場を確定させる上でも、有利ではあるだろう。
「……確かに、有利な点は多いな」
「でしょう!?」
「だが生意気だと今まで仕事を回してくれていた会社がむがっ」
「はい、ネガティブ禁止です!」
ナナの手で口を塞がれて、俺は仕方なく黙り込む。
「人間、未来を見なきゃダメです! 運気ってのは前向きな人間にだけ寄ってくるんですよ?」
「……そうなのか?」
「はい、神様の保証付きです!」
……なるほど。
惚れた神様の保証付きともなれば、それは……信頼しなければダメな気もする。
まだ、不安ではあるのだけれども。
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