俺を心配してくれるから
「でも、なんで目を閉じてろだなんて?」
言われて、俺は思わず驚きに目を見開く。
オークなんてのは女の子が嫌がる代表格でもあるし、結構グロいシーンだと思ったんだが。
「……平気なのか?」
「はあ。別にあのくらいでしたら平気ですけど」
「そうか。なら余計な気をまわしたな」
「いえいえ、心配してくれてたのは分かりました」
ニコニコと笑うナナだが、どうやらこの子は予想以上にタフらしい。
元からそういう性格だったのか、それとも失われた記憶の中に「そういうもの」に慣れるような経験があったのかは分からないが……。
でも、その割にはモンスターを怖がってたよな?
うーん、分からん。
「それより、これで終わりですか? もう出ませんか?」
「たぶんだけどな」
思ったよりは居たが、それでも多すぎるというわけではない。
まあ、人死にが出たわけでもない場所なら、こんなものだろう。
「ふうー……安心です。あんなのが出るような場所、怖いですし」
「まあ、外から入ってくる可能性がないわけじゃないけどな」
俺がそう言うと、彼女は懐の中の鏡を入れているらしい場所をぎゅっと抑える。
「で、でも今までそんな事なかったですし」
「これからはあると思うぞ。聖域として完成すると寄ってこないとは聞くけど、どうもそんな感じじゃなさそうだしな」
聖域っていうのは、俺にでも分かるくらいになんだか侵し難い雰囲気を放っている。
この場所には、残念ながらそういうものは感じない。
それがナナの力が足りないせいなのかどうかまでは……俺には分からないんだが。
「うう……怖いです。怖いです……」
「心配いらない。俺が居る間は大丈夫だ」
「でもオーマさんだってお仕事があるでしょう? 一日中家にいるってわけにも」
「君がついてくるっていう選択肢はないのか?」
俺がそんな当然の疑問を投げかけると、ナナはキョトンとした顔をする。
「私がですか?」
「ああ、君がだ。家に居たいなら、勿論守る方法を講じるが……」
結界用の護符くらいなら、俺にだって作れる。それで彼女を守る事だって充分に可能だろう。
「ん、んんー……余所の神が何の用だって絡まれたりしませんかね?」
「しないだろ」
「変な呪いかけられてバケモノの類にされたり、従属しろとかって戦いを仕掛けられたり」
「しない。他所の神がそんなに信用できないのか?」
「いえ、なんか私の認識だと神ってのはそういうの平気でしそうな感じが……」
この子の記憶にある神々は何をやってたんだろうか。
ちょっと気になってきた。
「まあ、そんな事は無い。神々は時折姿を見せるとも言われてはいるが、実際に見た奴なんてほとんど居ないからな」
「どうしてですか?」
「地上に降りてくる時は神殿に居るからな。神官と交流してて、滅多に外には出てこないらしい」
「ほへー」
そういう意味では、常に地上にいるっぽいこの子は色々と変なんだが……まあ、そのおかげで会えたんだから言うまい。
「……だが、そういうのはまた今度だな。とりあえずは家の掃除を終わらせないと」
「あ、そうですね。早くしないと夕飯も作れませんよ?」
「そうだな。だがまあ……用意にはたいして時間はかからん」
「男の時短メシってやつですね!? 私知ってます!」
「君は妙な言葉を知ってるな」
言いながら部屋の掃除を続けて、なんとか夕方前までには一通りの掃除を終えていた。
旧時代の家具がそのまま残されていたのは、俺にとってはありがたい話だった。
何しろ買い揃えなくて済むからな。
「さて、と」
用意するのは古びた陶器の皿を1つと、ナイフを一振り。
「包丁とか使わないんですか?」
「要らないな」
取り出すのは、一塊の岩塩。
「ん?」
皿の上で軽く削り、丁度一つまみ分削り終えたら大事に包み、掃除したての棚へと入れる。
「俺の分はこれで完成だ」
「いやいやいや、待ってください。なんですかコレ」
「見ての通り、塩と水だ」
「塩と水だ、じゃないんですよ。もう1度聞きますけど、なんですかコレ」
「俺の夕飯だ。安心してくれ、君の分は、とっておきの干し肉がある」
「私の心配してないで、自分でそれ食べればいいでしょうが!」
「君は優しいな」
「困った顔するんじゃないですよ! なんで私がワガママ言った風なんですか!」
バンバンと台所を叩くナナだが、仕方ないと思うのだ。
何しろ俺は家を買ったばかりで金がない。
この辺りは税金もタダ同然だが、それでも払わなくていいというわけじゃない。
しっかりと貯金しておかなければ、折角の家を失いかねない。
そしてもう1度言うが、金がない。
仕事が不定期である以上、節約はしておかなければいけないのだ。
「大丈夫だ、ナナ。塩と水をとっておけば、人間は結構生きられるものだ」
「それは断食っていうんですよ! なーんかオーマさんって魔力高いなー、どうしてかなー、と思ったら! 日常を修行にしちゃってるせいじゃないんですか!?」
「それはない。その理屈だと貧乏人は皆魔力が高くないと理屈に合わない」
「そんな反論求めてません! いいからそこ座りなさいオーマさん! 私が正しい人間の生き方ってのを教えてあげます!」
怒るナナも可愛いな……などと思っていたら、やはり声に出ていたらしく怒られた。
だが、仕方ないと思う。
俺を心配して怒ってくれる人なんて……俺の今までの人生には、いなかったのだから。
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